第三章 ~『失われたオパール』~
翌朝、薄明りが窓を通じて部屋を優しく照らし始めると、
室内はほんのりと暗く、外の空気は朝露に濡れて新鮮な香りが漂っている。彼女は鏡の前に立ち、慣れた手つきで髪を櫛で丁寧に整えていく。滑らかな髪の束を
身支度を整え、部屋の外に出ると、涼しい空気が
宝物殿に近づくと、扉の前で待つ
「お待たせしました」
「時間通りだから謝る必要はありませんわ。それよりも早く鍵を開けて頂戴」
「
「宝物殿の鍵は厳重に管理するために二つに絞られていますの。その内の一本は
だからこそ、
「
「掃除は終わりましたのね?」
「はい。ですので今日こそは検品させていただきますね」
「好きにしなさいな」
渋々ながら認めた
「私は目録の下から確認していきますわね。あなたは一番上から確認して頂戴」
二人はそれぞれの持ち場に移動し、宝物の検品を始める。
目録の一番上に記された宝物は、オパールのネックレスだ。展示ケースに掛けられた遮光用の黒い布をそっと取り外し、中身を確認する。
本来なら、その下に隠れていた輝くオパールが彼女を迎えるはずだった。しかし眼の前に広がる光景は想定と異なり、ケースからネックレスが姿を消していたのだ。
「ありえません……どうして……」
「どうかしましたの?」
「オパールが……消えたのです……」
「どういうことですの! 私が検品した段階ではあったはずですわよ!」
「
「盗んでいません!」
「状況証拠的にあなたしか考えられませんわ」
「私の無実を信じてはくれないと?」
「ええ。私は
その声には断定的な響きが含まれていた。なぜその結論に至ったのかと、
「まず私は犯人ではありませんわ。なにせ部屋を去る際にボディチェックを受けていますもの」
鍵は
「私が昨晩、検品した段階ではオパールのネックレスはありましたわ。つまり犯行が可能なのは、私が去った後に自由に宝物殿に出入りできる人物のみ」
「鍵を持つ私と
「ふふ、でも
「つまり消去法で
追い詰められながらも
(宝物殿の出入り口は一つだけ。なら犯人はどうにかして扉のセキュリティを突破したはずです)
鍵は偽造防止のために特殊な合金で作られており、表面には微細な凹凸が施されている。複製の可能性もゼロではないが、著しく低いだろう。
(私が寝ている間に部屋に侵入して鍵を奪われたとしたらどうでしょうか……)
鍵はベッドの下に隠していたため、夜中に忍び込んで、発見するのは困難だ。ロジックとして密室を破る手段の一つとして成り立ちはするが、現実味がなかった。
(私が盗んだと思われても仕方のない状況ですね……ただ私は自分が無実だと知っていますし、宝物が勝手に消えるはずもありません。何らかのトリックがあるはずです)
鍵を使わなくても、オパールのネックレスを運び出せた密室の謎があるはずなのだ。思考を高速回転させ、その秘密を暴こうとしていると、
「大人しく罪を認めた方がいいですわよ。どうせ言い逃れできませんもの」
「私は無実ですから……」
「ふふ、この状況で誰が信じてくれると言いますの」
「それは……」
天翔を始めとした周囲の者たちは
「逃げたければ逃げても構いませんわよ」
「その手には乗りません。私は真っ向から無実を主張するつもりですから」
後宮に逃げ場はなく、すぐに捕まるのがオチだ。その上、逃亡は暗に罪を認めたことにも繋がる。どれほど不利な状況に陥っても、
「ふふ、
「この事件、あなたが犯人ですね」
「は?」
「私の無実は証明されていますわ。それとも、私が犯人である証拠があると?」
「ありませんし、今はまだ密室トリックの謎も解けていません。ですが、私に罪を着せようとする意図は説明できます」
振り返ってみれば不自然なことが多かった。それも
「
「掃除が終わるまで待つほど暇ではありませんもの」
「ですが、これはおかしいです。なにせ私に悪意があれば、宝物を盗み出せてしまうのですから」
セキュリティの穴を作らないためには、互いにボディチェックをしてから帰宅する必要があったはずだ。
だが
「そしてもう一つ、私の前任者も冤罪を主張したと聞いています。この密室トリックを使うのは二度目ではありませんか?」
「ふん、バカバカしい。どちらも言いがかりですわ」
「密室の謎は必ず解いてみせますから」
「やれるものならやってみますのね」
二人は視線を合わせて、火花を散らす。
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