第三章 ~『帰宅時の静寂』~
宝物殿の外はほんのりと薄暗く、月明かりが僅かに光を投げかける時間帯になっていた。
道々、夜風が
「天翔様!」
「やぁ、
「そんなことは……私の方こそ、お待たせしました」
「僕が突然押しかけただけだからね。それに僕もいま来たところだから……」
天翔は穏やかな笑みを浮かべる。声も柔らかく、夜の空気に溶け込んでいるかのようだった。
「宝物殿の管理を任されたと聞いたよ。重責を任されたね」
「本日は掃除で一日を終えましたから。本格的な仕事は明日からですね」
「それは大変だったね」
天翔は
「でも君が無事なようで安心したよ」
「天翔様は大袈裟ですね。私の仕事は宝物品の管理ですよ」
「知っているさ。でも不穏な話が僕の耳に届いていたからね」
天翔の声には
「
「慶命様から聞いております」
「実はね、その内の一人は容疑を否認しているんだ」
「え……」
知らされていなかった事実を前にして
「驚くのも無理はない。慶命でさえ先ほど知ったばかりの情報だ」
「誰かが隠蔽していたのですか?」
後宮内の情報に精通している慶命が把握していないなら、そこに何らかの力が及んでいるはずだ。天翔は静かに頷く。
「四大女官の一人、桂華が口外しないようにと関係者に命じていたそうだ」
「なぜ横領事件に桂華様が口出しを?」
「理由は分からない。ただ気になるのが、容疑を否認している前任者は、
「なるほど。天翔様が心配してくれた理由が分かりました」
「ただ捕まえた警吏によると、本人の主張とは違い、状況証拠から満場一致で有罪になったそうだ。だから冤罪を着せられたという話もただの言い逃れの可能性が高い」
天翔の心配は杞憂で終わるかもしれないと、曖昧な笑みを浮かべるが、
「二人の内、一人は冤罪を主張しているのですよね。もう一人はなんと?」
「行方不明になってね。捕まる前に逃げたのではと噂されている」
「では、どうして横領があったと?」
「置き手紙が残っていたそうだ。罪を告白する内容から横領犯だと断定された……でも一部では桂華の派閥に消されたのではと、疑う声も挙がっている」
「そのようなことが……」
「起こりえるのが後宮という組織だからね……それに行方不明になった前任者は、元々、桂華の派閥に属していた。知られたらまずい情報もたくさん知っていたはずだし、罪を着せるだけでは口を封じられないと判断して、行方不明として始末されたとしても不思議ではないよ」
事実だとすれば恐ろしい話だと、
「ただこれも証拠のない話さ。この話も行方不明になる前日に、
娯楽の少ない後宮では憶測による噂話が付き物だ。話半分くらいに考えておいたほう良いと天翔が続けると、
「あの宝物殿にはまだまだ闇がありそうですね」
「もし困ったことが起きればいつでも僕を頼って欲しい。微力ながら君の力になるよ」
「ふふ、天翔様が味方なら百人力ですね」
「あの、
期待とわずかな不安が混じった問いに、
「少し先になりそうですね」
「そうか……」
「ですが天翔様のお誘いですから。なるべく早く予定を空けられるように調整しますね」
「ありがとう!」
「なら、その日に一緒に外出するのはどうだろうか?」
「天翔様の迷惑でなければ喜んで」
「迷惑なものか。
完璧なエスコートをするから楽しみにしていて欲しいと、天翔は続ける。彼の目は熱意に燃え、外出日に対する期待が表情に表れていた。
「私のために気負わないでくださいね」
「僕のことは気にしなくて良い。君を楽しませてみせると約束するよ」
天翔の言葉には自信と期待が込められており、外出日を特別なものにするという意志が示されていた。
「では楽しみにしていますね」
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