第二章 ~『エメラルドの謎が解ける時』~
「私は
「
「お世辞にも愛想が良いタイプではありませんよ。それに私のことが嫌いなようで、態度も威圧的です」
「そうか……」
「ですが良い面もあります。私のために美味しい茶を御馳走してくれましたから」
「待たせたわね。
「
「
以前、
「話は道中で聞かせてもらったわ。皇后様から宝石の謎を解くように依頼されたようね……でも無駄よ。あなたに分かるはずないわ」
「その心配は無用です。既に謎は解けていますから」
「え?」
「結論から伝えましょう。エメラルドの輝きが失われた事件の犯人は、
ビシッと放たれた言葉に、
「私が犯人? 馬鹿らしいわね」
「そうでしょうか?」
「自由自在に宝石から輝きを奪える力が私にあるとでも? そんなの噂になっている先帝の呪いと同じよ。できるはずないじゃない」
「いいえ、逆です。あなたは輝きを失わせたのではありません。凡庸な宝石にオイルによる艶出しを行うことで、一時的に輝きを増していたのです」
エメラルドは硬度が高くないため、微細な傷が残りやすい。また内包物によって透明度が落ちる課題も抱えている。
それらの問題を解決する手段こそがオイルによるコーティングだ。微細な傷をオイルで埋め、屈折率を変化させることで透明度を増し、輝きを生み出せるのだ。
もちろんオイルは永続的に効力を発揮しない。抜け落ちていくため、輝きも衰えていく。それこそがエメラルドの輝きが失われる謎の正体だった。
(この推理には確信があります)
自信に満ちた宣言に、
「反論がないようですし、続けて、事件の全容を時系列順に説明しましょう」
「事件は
「このトリックの肝は、エメラルドが粗悪品であると判明するのが、売買成立から数ヶ月経過した後ということです。購入した時点では一級品だったのですから。
買った当時は正常だった品が時間を経て劣化した場合、最初から粗悪品だったと疑う者は少ない。
使い方を誤ったか、保管方法を間違えたか、それとも別の要因か。どちらにしても、原因が使用過程の中で発生したと疑う。
「ですが、このトリックには大きな穴がありました。それは宝石に詳しい者なら、謎を解き明かせてしまう点です」
「故にあなたは私と
「
言い逃れのできない状況に陥った
「面白い推理ね。でもそれはただの仮説でしょ。証拠がないわ」
「証拠があれば認めるのですか?」
「出せるものなら出してみなさい。できるわけがないわ!」
「証拠ならありますよ。それは皇后様のネックレスです」
「あのネックレスがどうして私が犯人という証拠になるのよ!」
「嵌め込まれた宝石もオイルコーティングされたエメラルドですよね。なら暖かい湯や石鹸を使えば輝きを失うはずですから」
天然の輝きならば湯や石鹸で輝きが衰えるはずもない。その提案に
「なんでしたら皇后様の前で実演してみましょうか」
「――ッ……うぐっ……それには……及ばないわ……」
「では認めるのですね」
「ええ、一連の事件の犯人は私よ」
「私は家が貧乏でね。借金があるの。覚えているかしら?」
「覚えています」
「その借金を返済するには女官の給金だけでは足りなかったの。だから皇后様を騙すしかなかった……もちろん良心の呵責はあったわ。でもね、後宮への復讐だと思えば、私は心を鬼にできたの」
「復讐ですか?」
「私の両親は二流の宝石商だった。でもね、食べるのには困らなかったわ。大口の顧客を抱えていたおかげで、日銭は稼げていたの……でも、あるキッカケで家業を畳むことになったわ。そしてそれは私の善意だった……」
「後宮の外に買い出しに来ていた宮女が、財布を落としたの。私はそれを拾って、警吏に届けた……そしたらね、冤罪で逮捕されたの。牢屋に閉じ込められた私を、商談中だった両親が迎えに来てくれたわ……でもね、理由がまずかった。娘が宮女から財布を盗んだと噂が広がり、後宮との揉め事を恐れた顧客たちは離れてしまった。経営は悪化し、私たち家族には借金だけが残ったのよ」
「…………ッ」
「もし、あの時私が財布を拾わなければ……ぅ……家族はみんな笑って暮らせたのに……」
絶望で沈む
「
「
「部下が犯した過ちは、上司である私の責任でもあるわ。一緒に罪を背負ってあげるから。安心なさい」
ただそんな彼女たちに、
「皇族を騙したとなれば、最悪の場合に死罪にもなりかねない。熟慮した上で決断を下すべきだ」
現実に引き戻すような忠告に、
「誤解しないで欲しい。脅したいわけではないんだ。僕の方で手を尽くして、君を無罪にできないか掛け合ってみるから、それまでは慎重に行動して欲しいんだ」
そんな彼の優しさを感じ取った
「
「どういうことだい?」
「この謎はこれで終わりではないのです。私が最後まで解決させますから、どうかお願いします」
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