第二章 ~『ただいま宝石店』~
揺れる馬車の中、
街の人々の好奇の目を集めながら、馬車が宝石店の前に停まる。
扉が開き、外の空気が流れ込むと、そこには
(門番様が見回りをしてくれると聞いていましたが、ここまで管理していただけるとは……あの方には感謝しないといけませんね……)
留守にしていた間に店が荒らされた形跡もない。店先に掲げられた木製の看板に『後宮管理物件』と明記されているからだろう。
「ここが
「店内はもっとこだわっているのですよ」
合鍵の場所は以前と変わらない。植木鉢の下から鍵を取り出すと、扉を開ける。懐かしい空気を感じながら、
木製のショーケースが整然と並び、高級感を感じさせる赤い壁紙は暖かみのある雰囲気を演出している。
カウンターの奥には特別な顧客のためのスペースも用意されており、テーブルセットと落ち着いた色調の絨毯が敷かれていた。
「
「亡くなった父から引き継いだ自慢の店ですから」
「お父さんのことを尊敬していたんだね」
「とても優しい人でしたからね」
妹贔屓の母と違い、姉妹両方に平等に愛情を向けてくれた父は、子供の目から見ても優れた人格者だった。いつも笑顔を絶やさない彼のような大人になりたいと、子供心に願っていたことを思い出す。
(また父のように宝石鑑定士として働ける日が楽しみですね)
時が流れるのは早い。一年間の後宮での勤務もきっとあっという間だろう。その日を夢見て、心を踊らせていると、店の扉が開かれた。
「
扉を開いたのは元婚約者の
しかし、今の彼は目の下に暗い影を落とし、かつての輝きを失っている。その変わり果てた姿は、彼の身に起きた艱難辛苦を静かに物語っていた。
「どうして
「店を見張っていたんだ。絶対にお前が戻ってくると信じてな」
静かながらも力強く語る
そんな彼女を庇うように、
「お前は?」
「僕は
「なら部外者だろ。引っ込んでろ!」
「俺は
「話は聞いているよ。元婚約者だとね。つまりは君も部外者だろ?」
「ぐっ……」
「
「馬鹿馬鹿しい提案は止めてください。あなたは私を騙して、借金を押し付けようとしたのですよ」
「それについては悪かったと反省している」
「ならここから立ち去ってください。私はあなたの顔を見たくありませんから」
「実はな、借金返済のために織物屋を売却することになった。もうあの店は俺達のものではなくなったんだ」
「そうですか……」
「だから頼む。この通りだ。俺を助けてくれ」
「頭を下げても無駄です。私に助ける力はありませんから」
「この宝石店を売ればいいだろ。そうすれば、織物屋を買い戻せる」
「あなたは本当に変わらない人ですね」
「なら
「お断りします」
「どうしてだ!」
「私にとってこの店が命より大切で、あなたはそうでない。ただそれだけですよ」
静かに紡いだ言葉だが、そこには強い拒絶の意思が込められていた。だが
「家族が酷い目にあってもいいのか?」
「脅しなら無駄ですよ。妹も母も、あなたの味方ではありませんか」
「誰も俺がやるとは言ってないだろ」
「では誰が?」
「新しい織物屋のオーナーだ。そいつは酷い奴でな。高齢の
額に汗を浮かべながら、必死に助けを乞う
(織物屋を購入したオーナーが
念の為、
「
「あるとも。鬼のような顔をした巨漢だ。荒い口調で怒鳴られたからよく覚えている」
人はここまで迫真の演技ができるのかと、ある意味で感心しそうになる。
「なにを笑って……」
「あなたが嘘吐きで最低な人だと改めて認識したからですよ」
「俺は嘘なんて吐いてない。信じてくれ!」
「織物屋のオーナーは私の友人です。だからあなたの言葉が嘘だと分かるんです」
「――――ッ」
「なら最初からそう言え。下手な三文芝居をさせやがって……」
「開き直りですか?」
「それの何が悪い。俺は
悪びれた様子のない
「僕は平和主義者だ。でも大切な友人を馬鹿にするなら放ってはおけない。大人しく立ち去るか、僕の怒りを受け止めるか。君が選ぶと良い」
威圧された
走り去りながら「覚えていろ」と負け惜しみを残していく。屈辱を滲ませた彼の背中を眺めながら、
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