第二章 ~『訪問者と借金完済』~
夜が深まり、
頭の中に浮かんだのは
中級女官である
さらに下剤を仕込む行為は、単なる妬み以上の恨みを感じさせるが、
(後宮に入る前に恨みを買ったとしたら……)
宝石を扱う仕事に関わっていたのだとしたら、過去に接点があったとしても不思議ではない。だがその可能性を
(
悩みが膨らむばかりで解決の糸口は見つからない。頭を抱えて、思案に耽っていると、部屋の扉がノックされる。
ほとんど音がしない小さなノックだが、沈黙を破るには十分すぎるものだった。
「誰でしょうか?」
「儂だ。
扉を開けると、
「夜分遅くにすまんな。少し良いか?」
「もちろん。どうぞ、部屋の中へ」
「いや、ここでいい。儂も宦官ではあるが、一応、男だからな。配慮はしたい」
さすが総監の立場にまで登りつめただけはあると感心させられる。だがそんな気配りのできる彼が夜中に訪れたのだ。より緊張が増す。
「大食堂での騒動について聞かせてもらった、大丈夫だったか?」
その問いかけは
「私に怪我はありませんでした」
「それなら安心だ。
「――ッ……
「儂は宦官たちを統括する立場だ。故にあらゆる場所に後宮の動きを把握するための目を配置しているのだ」
客のいない大食堂も人がいなかったわけではない。料理人や皿洗いの宮女たちの姿はあった。彼女らが
「この話は広まっているのですか?」
「口止めしてあるからな。一部の者しか知らんことだ」
「それは安心しました」
「
「私もお茶をかけちゃいましたから。お互い様です」
「そうか……人が良いのだな……」
「
「最近、友人になりました」
「良好な関係なら何よりだ……それで
「優しくて素敵な人ですよ」
「そうか、そうか。それは重ねて素晴らしいな」
「
「息子のような存在でな。目に入れても痛くないほどに可愛がっているのだが、向こうからは煙たがられている」
冗談を口にする
「これからも
「もちろんです」
「友情といえば、
「
「後宮のことなら知らぬことはないからな……その
後宮は常に人手不足だ。優秀な人材のスカウトは頻繁に行われており、珍しいことではない。
だからこそ
「謹んでお断りさせていただきます」
「四代女官の
「はい。でも誤解しないでくださいね。
「ならどうして?」
「
「残念だが、仕方ないな。諦めるとしよう」
「もしかして他にも話がありますか?」
「なぜあると分かる?」
「
「…………」
「これは驚いた。さすがの洞察力だな。
「内容を伺っても?」
「聞いたら驚くぞ」
「良い意味での驚愕なら望むところです」
「お主の連帯保証になっていた借金が完済された。これで後宮が宝石店を担保に取って、守る必要もなくなったことになる」
「本当ですか!」
「儂がこんな冗談を口にするものか」
「私はお店を守り抜けたのですね……」
明軒の借金がなくなり、連帯保証の義務が失効した以上、
「返済のために、やはり織物屋は売却されたのですか?」
「ああ。おかげで利子含めて、借金は綺麗さっぱり完済できたそうだ」
「そうですか……」
宝石店ほどの思い入れはなく、母たちの自業自得だと納得はしている。ただ生まれ育った織物屋が第三者の手に渡ったと知り、内心は複雑だった。
その心を見抜いたのか、
「どうやら話はまだ終わりではないようですね」
「肝心の話がな。織物屋は売れた。だが買ったのは誰だと思う?」
「もしかして
「なぜそう思う?」
「こうして質問する以上、答えは私の知っている人です。その中で、私の実家が織物屋であることを知る人物は三人、人事情報にアクセスできる
「三択からどうやって答えを絞ったのだ?」
「借金返済には多額の資金が必要ですから。
「素晴らしい推理だ」
「では、やはり
「半分は正解だ」
どういう意味かと
「実はな、織物屋を最初に買ったのは儂だ」
「
「その後、
「いえ……」
「
事実、
「借金が完済されたことで、いつでも宝石店の経営を再開できるようになった。さらにだ、織物屋のオーナーが
織物屋から追い出したり、従業員としてこき使ったりするのも胸三寸だと、
「復讐なんて愚かな真似はしません。それに織物屋が他人の手に渡った時点で十分にお灸は据えられたと思いますから」
「それでこそ儂が認めた女だ」
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