第二章 ~『お裾分け』~
「
「気にしていませんよ。むしろ、お土産まで頂いて感謝したいくらいです」
「優秀な上に人格者だなんて……やはり
キラキラと瞳を輝かせるのは、宴での
「お土産を
「あの宴にいた綺麗な男性ですよね?」
「その人です」
「申し訳ございませんが、私もあの場で初めて見た人でした……ただ同じ宦官なら何か知っているかもしれません。試しに聞いてみますね」
「お願いします」
(お菓子はたくさんありますし、
文書管理課を訪れると、
「
「お菓子のお裾分けを持ってきました」
「さすが
菓子と聞いて
「豪華なお菓子ね。誰から貰ったの?」
「上級女官の
「え……」
「本当にあの
「それほど驚くことでしょうか?」
「
親しみやすい性格のおかげで感じさせないが、
「
「私がですか?」
「
「私はただ周囲の人に恵まれているだけですから」
出世に興味があるわけでもない。優秀だと認めてもらえるのは嬉しいが、成り上がりたいと願ってはいなかった。
「でも、もし
「当分はこの部署で頑張るつもりですから。安心してください」
「絶対よ」
「約束します」
軽口を交わし合いながら、
主な話題は
「どうして、
「側近の立場が
「
「ですがどうやって?」
「忘れたの? ここは文書管理課よ。個人情報には困らないわ」
女官たちがどのような家庭で育ち、どのような背景で後宮に採用され、どのような人事評価を受けてきたのか。それらの情報が資料として集約されているのが、文書管理課だった。
「職権乱用になりませんか?」
「私たちの仕事は書類整理の過程で個人情報の閲覧を避けて通れないわ。業務上、知ってしまったということにしましょう。それにこの場にいるのは
「
「でも下級女官のままのようね……きっと性格が足を引っ張っているのね」
宝石の買い付けスキルや事務能力が高く評価されている一方で、攻撃的な性格が多くのトラブルを引き起こし、中級女官への昇格の道から遠ざかっていた。
「
「それの何がおかしいの?」
「
「それはきっと窃盗で捕まった罪歴があったからね。宝石の知識がある優秀な人材でも、前科があるとどうしても不利になってしまうもの」
経歴書には
「変ですね……」
「何か気付いたの?」
「
「あ、本当だ」
「宮女からの窃盗は後宮に対する謀反のようなものです。罪も重くなるはずですから、普通ならすぐに解放はありえません」
「まだ子供だったからかも?」
窃盗で捕まった時の
「もっと幼い子供が長期間勾留されていた例があります」
「年齢でないなら、いったい……」
「きっと冤罪だったのではないでしょうか……」
「どうして分かるの?」
「
「いくら人手不足とはいえ、後宮のお金を盗んだ罪人を雇わないものね」
「はい。ですので、ここからは私の予想です。きっと宮女は財布を落としたのです。そして
落としたのなら叱責されるのは宮女だ。それを恐れ、矛先を盗人に向けるために、
「その後、真実が明らかになり、後宮は謝罪も兼ねて
「たったこれだけの情報から当時の状況を推理できるなんて、
凡人では決して辿り着けない能力の高さ。才覚では決して敵わないと、
そんな時、文書管理課の居室の扉が開かれる。宮女に案内されてきたのは
「
「僕を探していると聞いたからね。迷惑だったかな?」
「いえ、丁度良かったです。渡したいものがありましたから」
月餅の美しい模様を眺めながら、繊細な指先でそっと半分に割る。豊かな餡の香りに表情を綻ばせながら、ゆっくりと口に運ぶ。
餡の甘さが口の中で広がったのか、
「美味しい菓子をありがとう」
「
「それでもさ。君が僕のためを想って分けてくれた。それだけで嬉しいんだ」
天仙のような美しい笑顔で、心からの感謝を伝えられる。友人に向ける表情だと理性で分かっていても、心臓が高鳴るほどに魅力的だった。
頬が赤くなっていくのを自覚し、
「そういえば、
「気になるかい?」
「会いたい時に会えないのは不便ですから」
「僕は宮殿に住んでいるんだ」
「あれ? ですが宮殿は……」
皇族やそれに連なる者しか住めない場所のはずだ。
「事情があってね。詳しくは話せないけど、僕は宮殿で暮らしているんだ。会いたいなら門番に伝えてくれればいい。いつでも参上するよ」
それだけ言い残して、
「凄く綺麗な男の人ね……もしかして恋人?」
「ここは後宮ですよ」
「そっか。宦官とは恋人になれないものね……でも、あれほどの美丈夫なら恋人でなくても羨ましいわ」
「自慢の友人ですから」
胸を張る
「ただ謎多き人のようね。宮殿で暮らしている宦官なんて初めて聞いたわ」
「前例はないのですか?」
「少なくとも私は知らないわ。ただ宮殿は
「もしかすると噂の皇子かもしれないわね」
「まさか。ありえませんよ」
「そう?」
「断言できます。なにせ、もし本当に
皇族なら周囲に華やかな美女はいくらでもいる。地味な自分をわざわざ友人に選ぶはずがないと、
(でも、いつか宮殿に住んでいる理由を知りたいものですね)
秘密を詮索するつもりはない。ただ
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