第一章 ~『宴への参加』~
宮女に案内された
大窓から望む庭園では、夜風で樹木が揺れている。見る者を飽きさせない景色からは、後宮の細部まで拘った美意識が感じ取れた。
(完全に場違いですね……)
先客たちはテーブルを囲むように腰掛け、周囲の者たちと会話の華を咲かせている。
前菜としての蒸し鶏の冷菜に、彩り豊かなサラダが並び、メインディッシュとして
食堂で桃饅頭を食べたばかりの
(私も正式に招待されたのですから、食べても良いのですよね?)
本来なら
(駄目なら後で謝りましょう)
そう決めて料理に手を伸ばすと、一人の女官が近づいてきた。
「新人がどうしてこの場にいるのよ?」
「あなたは?」
「私は
「その髪飾りの宝石、とても綺麗な赤ですね……」
思わず感想を口にしてしまう。鑑定士として多くの宝石を見てきた
「物の価値は分かるようね。これは、皇后様からいただいた特別な髪飾りなのよ」
毒気を抜かれたように
「私は
「こちらこそよろしく……って、誤魔化されないわよ」
「駄目でしたか」
「残念ね。私にそんな子供騙しは通用しないんだから」
場の空気に流されてくれないらしく、
「改めて伝えるわね。ここは新人が来ていい場所ではないの。即刻立ち去りなさい」
「それはできません。私は
権力に対抗するには、それを上回る権力をぶつけるしかない。
「誘われた以上、断っては
「それは……でも……」
「聡明な
思わぬ返答に
「……っ……あなたの好きにしなさい!」
負け惜しみの言葉を残して、
(あの中の誰かが焚き付けたのでしょうね)
上級女官の立場にある
ただ
(騙されやすそうな人でしたし、心配になりますね)
様子を伺っていると、
ご馳走は時計の針を進めてくれる。宴は急速な盛り上がりを見せ、酒で顔を赤くした宦官が騒ぎ、女官たちは舞や演奏を披露していた。
(私もお酒が飲めれば、盛り上がれたのでしょうね)
酒の味は嫌いではない。ただすぐに酔ってしまう体質のため自重していた。冷えた体を温めるために部屋の隅に設置された火鉢の傍に移動すると、先客の男がいた。
(綺麗な男の人ですね……)
黒髪は光に透けて艶やかにその肩を飾り、瞳は純度の高い黒曜石のように輝いている。
顔立ちは女性と見間違えるほどに繊細で、その完璧な容貌はこの世のものとは思えないほどに美しい。
彼は
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「構わない」
「では、失礼しますね」
隣に腰掛け、その横顔を一瞥する。炎の光を浴びて映し出された姿は、まるで御伽噺の登場人物のように幻想的だった。
「僕の顔に何かついているかな?」
「いえ、ただ綺麗な人だなと」
「良く言われる。女性に生まれていれば、国を傾けられたのに残念だよ」
軽口に笑みを零す。接しやすい性格に安心していると、彼もまた
「君の名前は?」
「私は宝石鑑定士の
「見ない顔だと思ったけど納得したよ」
「あなたの名前を聞いても?」
「僕は
その言葉は大袈裟ではない。彼と比較されれば、天界で暮らす仙郎でさえ裸足で逃げ出すだろう。
「冗談だからね?」
「分かってますよ。ただ女官や宮女から慕われることも多いのでは?」
「まぁね。ただ僕は生涯独身を貫く予定だからね。こんな僕が異性から好かれても、あまり意味はないさ」
その言葉で
「そもそも僕には欲がなくてね。何かが欲しいと心が動いたことがないんだ」
「宝石はどうなのですか?」
「僕の顔より美しい宝石があれば興味を示すかもね」
「ふふ、愉快な人ですね……では食欲はどうですか?」
「味は分かるよ。ただ食事はいつも一人だからね。栄養摂取の作業と変わらない……まぁ、幼少の頃からそうだから慣れたものだけどね……」
「家族とは不仲なのですか?」
「残念ながらな。立場上、純粋な友人もできたことがない。残ったのは口うるさい爺さんたちだけ。そのせいか楽しい食事を体験したことがないんだ」
「なら私がお付き合いしますよ」
「まさか君から食事に誘われるとは思わなかったよ」
「控えめな性格ですから。普段なら誘ったりしません」
「ならどうして?」
「家族と不仲な状況に親近感が湧いたんです」
妹や母から裏切られ、婚約者からも捨てられた。だからこそ彼の寂しさは痛いほどに理解できた。
「君も苦労したようだね」
「苦労話なら誰にも負けない自信があります」
「その話、僕が聞いても?」
「楽しくはありませんよ」
「構わないさ。君のことをもっと知りたいんだ」
「では……」
「最低の婚約者だね……」
「それは否定しません……ただ私に魅力があれば結果は変わっていたでしょうね……」
「僕はそうは思わないよ。今の君も十分に魅力的だからね」
「お世辞として受け取っておきます」
「本音さ。君は地味だけど美人だし、それに何より面白い人だ。後宮はつまらない人間ばかりだからね。君のような人は貴重だよ」
真面目や地味などの評価を受けたことはあっても、愉快な女性だと言われたのは初めての経験だった。
だが悪い気はしない。微笑んで、彼なりの賞賛を受け入れる。その反応が予想外だったのか、
「君さえよければ、僕と友人にならないかい?」
「私とですか?」
「縁は大切にする主義でね。君との繋がりをなくしたくないんだ。駄目かな?」
探るような目を向ける
「私で良ければ喜んで」
「本当かい!」
「嘘は吐きませんよ。なにせ初めての友達ですから」
「奇遇だね。僕にとっても君が初めての友人だ」
二人は互いを『友達』と認め合い、共に笑い合う。この縁を繋げただけでも宴に参加した甲斐があったと、誘ってくれた
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