37.狐顔の再出発とアイナのお父さん



「帝国からはローレンス姉妹の粗相を遠回しに謝罪する旨の手紙が来たよ。だが、交流戦に部外者であるアイナを参加させたこと、スパイに関しては知らぬ存ぜぬだ。お互い探られたくない部分があるからな、今回の交流戦自体、有耶無耶となった」

「えぇ……俺の頑張りは?」

「それは無駄ではない。現にわたしは完全復活したからな、はっはっは!」


 城郭都市ハーディー外周にて。

 城壁近くをうろつくダーティーベアなる熊の討伐に赴いた騎士団に同行して、俺とアイナはイヴの最後の監視に来ていた。


「回り込めッ」

「爪に注意しろよ、馬鹿力だ!」


 やや離れた場所では、はやり目に罹っていた面々が綺麗なお目目で熊と対峙していた。


「元気なこって……」

「これが我が騎士団の本来の姿だからな! わたしも行ってくる!」


 オレンジの瞳を煌めかせ、イヴは握った剣に炎を宿す。他の面子が注意を引いている間に、彼女の炎剣えんけんが熊を焼き切る。アイナが新調した、イヴの新しい炎猩々の魔眼レンズである。


 ──guooooooooo


 激しい叫びと共に、熊は泥のような何かを吐き散らす。聞けば触れると暫く匂いの取れない汚泥とかなんとか。だがそんなことは織り込み済みのイーヴァ副団長は笑みを浮かべる。


「ウェイド!」

「了解です」


 隊列後方に控えていた狐顔の青年が前へ踏み出し抜刀一閃。ばら撒かれた汚泥を、刀身から放たれた水流で包み、彼方へ吹き飛ばした。


 ──水狐テウメソスの魔眼レンズ。

 ウェイドに魔眼レンズを作る為、新たに手に入れた魔眼。本人を従えて取りに行ったが、相性は抜群。なにより、魔物と出会った時点で選定の魔眼がウェイドを選んだのだ。


『逃げ足が速くて捕まえるのに苦労したねー。川の水面を逃げるすばしっこい奴だったし』


 とは、アイナ談。

 正直、追いかけっこはもうこりごりである。


「使いこなしてるみたいだね」

「アイナ先生、カンペーさん……はい、まるで最初から持っていたように扱えます」

「気をつけてね、つけっぱなしだとイヴみたいになっちゃうから!」

「ははっ、肝に銘じておきますよ」

「これからイヴの魔眼レンズケアはお前が監視するんだからな」

「わかってますって、保健衛生担当として頑張りますよ……本当に、なんてお詫びとお礼をしたら良いか」

「金くれりゃいいんだよ、金くれりゃ」


 騎士団のはやり目治療で金貨200枚。ウェイド・エッジへ作成した水狐の魔眼レンズが金貨100枚。イヴに作り直した炎猩々の魔眼レンズが金貨100枚、しめて金貨400枚。

 この時点で7万円×400という計算式が頭の中で巡ったが……まぁやめておこう。俺は俺の取り分が手に入ればそれでいい。


「そういやウェイド、お前に病気の元を渡した奴ってどんな見た目だったんだ?」

「日焼けとはちょっと違う、浅黒い肌に銀色の丸刈り……あ、そうそう少し目が赤かったですね」

「そいつ……⁉︎」

「あの人……ここで関わってくるのか」

「おいアイナ、やっぱ知り合いなんだろあいつ」

「まさかお知り合いですか?」

「お知り合いも何も、俺はその男に追いかけ回されて困ってんだ。アイナの商売敵らしいけどな」

「その男の名はランドル・グレイ。帝国でも指折りの魔法使いにして魔眼レンズの共同研究者であり……私の父親だよ」

「お……お父さん⁉︎」


 なんか……いきなり話がスケールダウンしたな。


「ウェイド、全員の手洗いだ!」

「今行きますよ! ではお二人ともすみません、ボクの仕事やってきます」


 軽くウィンクしてみせて、ウェイドは魔眼の力で水を生み出し騎士団の手を洗い流していた。


「手洗いってそういうこっちゃないんだが……」

「いいんじゃない? まずは習慣づけることが大事だし!」

「つーかお前、剣も使えるんだな」

「私を誰だと思ってるんだい? 極めて優秀な天才魔眼研究者の医師アイナ・グレイだよ?」

「父親と喧嘩中のな」

「むぅ、違うってば! それは」

「はーいはい、親子喧嘩に僕ちゃんは干渉しませんよ」

「んもぅー結構深刻なことなんだからね。はい、カンペー今回の報酬だよ。お疲れ様!」


 雑に手渡された3枚の金貨と共に、光の扉が俺を覆う。

 気になることはあるが今回は一旦終わりだ。はやくふかふかの布団で寝かせてくれ……


「あ」


 帰ったら……午後の診療からじゃねぇか……!


 そして気づけば走り回った跡の路地に戻っていた。時刻は14:30、まだ休憩時間だった。


「あーぁ、だる」

「ドンマイデース」

「……は?」


 隣にはカタコトで慰める異世界の雇用主。なんの因果か仕事終わり(休憩中)にまでついてきやがったのである。




  第3章 幼馴染み副団長と結膜炎

       おわり



 

水狐テウメソスの魔眼レンズ


 水を操る狐の幻獣。装着すると水の生成と操作が可能になる。

 水狐は非常に素早く捉えるのも一苦労。グレイ診療所にあるアイナのコレクション。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る