33.魔眼憑依


「綺麗な瞳ね、もしかしてイーヴァの恋人?」

「帝国さんは冗談が上手いなぁ、俺は……ただの雑用っす」

「ふぅ〜ん……そう」


 上から下まで舐めるように見定められると、ベラは興味をなくしたのか話題を戻した。


「ところで、1人体調不良? 今年のハーディーは体調管理もできないのかしら?」

「まったく面目ない」

「ケルン騎士団長も挨拶して席を外してしまったし、やる気を感じないわね。2年勝ってるから、眼中にないということかしら」

「辛辣パート2ぅ」


 帝国さんは相当ギラギラした目をイヴに向けて皮肉る。こちらのゴタゴタなど知らないから仕方ないけど。


「……まぁいいでしょう。先に副団長同士の試合をしましょう。帝国こちらが勝てば、もう終わりですし」

「む……迷惑をかけたことは謝罪するが、ベラ……貴様に負けるつもりはない」

「ふふ……期待しています」


 帝国側が了承したことで、はやり目となった騎士の試合は後回しに。それにしても……


「2年連続で負けてる割に偉そうだな」

「団体戦という意味ではな。わたしとベラは、2年前から試合をしているが1勝1敗だ」


 なるほど、互角なのね……

 だから気後れせずにイヴへ軽口も叩いていたわけか。


「奴の魔眼は炎、強力な魔法の炎だ。対抗するためにはアイナからの愛──炎猩々の魔眼レンズが不可欠だったんだ」

「そりゃ大変」

「カンペー頼む、試合の間だけでいい……魔眼レンズを」

「ダ・メ」

  

 即答。


「これは、この城郭都市の誇りがかかっているんだ!」

「アイナは医者の誇りにかけてお前を診てんだぞ」

「そ、それは……」

「お前の間違ったレンズの使い方で起きた結膜炎も、騎士団内のはやり目も、アイナが自分の使命で治療してんだぞ? これでアイナとの約束を破って何かあったら、俺は何のためにお前といたんだよ」


 金の為でもあるんだが。

 誇りとか、栄誉とかで目に無理をするのは褒められたものではない。


 目に代わりはないんだから。


「……わかった、お前も誇りを持って仕事をしていたのだな」


 沈黙を返答としておく。

 あぁ……今回は金貨1枚で終わりかな。ま、患者の目をないがしろにして金もらってもしょうがないか。


 少し萎んだ様子でイヴが舞台へ上がっていく。割とヒートアップした観客もテンションは最高潮に近い。


「それではハーデイー精鋭騎士団・副団長イーヴァ・クロウ、帝国騎士団・副団長ベラ・ローレンス……試合はじめぇっ!」


 開幕速攻、ベラの剣を黒い炎が包む。


「前回は負けましたが……使貴方など敵ではありません」

「なっ──」


 言葉の意味が確かなら、あのベラとかいう女はイヴの不調を知っている。だが始まった試合を中断する方法などない。


 イヴはベラの放つ炎を避け、追撃の刃を捌くのに手一杯だった。


「くっ……!」

「どうしたのイーヴァ・クロウ‼︎ その程度⁉︎」


 防戦一方なイヴをただ見守る。

 そんな中で、アッシュグレーの少女が隣に戻って来た。


「どう、試合は?」

「責められっぱなし。患者の方は?」

「点眼と一時的な隔離はしたから、交流戦が終わったら兵舎に移すよ。やっぱり苦戦してるね、イヴ」

「あちらさん、イヴが魔眼使えないって知ってたらしいぞ」

「……同盟国とはいえ、さすがに3連敗するのは否が応でも阻止したかったのかな」

「カンぺーの世界でもあるでしょ、国同士の大会」


 ……わからんでもないが。

 人為的にこちらの陣営を弱体化させるとして、イヴは別だがどうやってウィルスを持ち込んだんだ?


「結局イヴはただの結膜炎だから実力で勝たないとだけど、あちらとしては副団長まで倒せれば万々歳だろうね」

「最後までレンズに頼ろうとしてたけどな、断ったけど」

「さすがカンペー、君を信じて正解だった」

「いいのかよ、このままじゃお前の友達負けるぜ」


 後退と防御に追われるイヴを、アイナは静かに見つめる。


「国の威信とかなんて、1人で抱え込むものじゃないよ」


 含みのある発言だが、それは置いといて。このタイミングで選定の魔眼レンズは働けと促した。

 守りに徹するイヴと、アイナを金の糸で繋いだのである。勝利時のボーナスへの道筋かもしれない。


「せーんせ、魔眼レンズは副団長とせんせを繋げてますよ」

「変なとこまで見てくれるなぁ……」

「幼馴染みなんだろ、考え抜きにちったぁ応援しろよ」

「えぇ……」

「1週間連続勤務なら本来もっと請求したいんすけどね」

「わかったよぉ」


 しょうがないなぁ、とアイナはため息をつき空気を吐き出したのちに大きく息を吸う。


「──イヴぅーッ! 大好きーっ‼︎」

  

 『頑張れ』とか『負けるな』じゃねぇのかよ! 

 

「アイナァッ────!」


 瞬間、舞台リングにオレンジの炎が踊る。イヴの両目が橙色に輝き、スライムの魔眼を染めていく。


「馬鹿な、そ……その目は⁉︎」

「愛さえあれば奇跡も起こそう! この炎は、アイナへの愛だぁーっ!」


 攻防逆転、黒色の炎をオレンジの炎が飲み込み押し返す。イヴはここぞとばかりに剣を振り上げる。


「愛が……負けるものかァッ!」


 結膜炎に苦しめられていた姿はどこへやら、帝国騎士を圧倒する。


「あれまさか……ホントに愛の力?」

「そんなわけないでしょー。魔眼レンズをずっとつけてたから、魔力の残滓が今のスライムの魔眼レンズに移ったんだよ多分……魔眼憑依とでも言えばいいかな」


 レンズのつけすぎが不幸中の幸いだったのか。理屈はわからんでもないが……


「愛、愛、愛ィッ!」

「……濃ゆいなぁ」

「言わないでね? イヴだと変な解釈して暴走しそうだから」


 笑いながら剣を振り回す幼馴染みを、先生は遠い目で見つめる。呆れ……じゃくて、照れ隠しとしておこう。


「違うからね⁈」

「心を読むなよ……でも、大好きな友達ってことはホントだろ?」

「……まぁ、ね」


 激突する金属音が10回を超え、ついにベラの剣が弾き飛ばされた。


「そこまで! イーヴァ・クロウの勝利!」

「くっ……報告と違うじゃない……⁈」

「愛さえあれば魔眼は使えるということだ、覚えておけ」


 違うと思う。が、勝てばよかろうなのだ。


 これで3勝、リーチである。

 しかし次のメンバーはもういない……困った困った……


 いや、いた。隣に。今

 になって選定の魔眼は雇用主と繋がる。


「カンペー?」

「せんせぃ、選定の魔眼はほんっとに便利ですなぁ」

「見えるの?」

「ばっちり、金の糸が。イヴの剣とせんせぃを繋いでますぜ」


 アクシデントさえなければ順当に選んだ奴が戦っていたがこの際仕方ない。魔眼が言うなら雇用主だって使ってみせよう。


「はぁ〜刃物は得意じゃないんだけどなぁ」

「まぁまぁまぁ」

「アイナ! アイナとの愛で勝利したぞ!」

「はいはい、じゃあその縁起の良い剣貸してくれる?」

「まさか、アイナが出るのか⁈」

「カンペーのお願いだからね」


 副団長戦の余韻もそこそこに、最後の試合の参加者、アイナ・グレイが舞台へ上がった。


「心配だな」

「俺も選んどいてアレだけど、大丈夫かな……グリフォンの時は」

「いや、わたしが心配しているのは相手の方だ」


 アイナとは反対側に、舞台に出てきたのは屈強な男だった。が、そこで意識がぷつりと途切れる。


「アイナはわたしなど相手にならないくらいの腕だからな……って、カンペー……?」


 舞台で静かに佇む上司の結果を俺が見届けることはなかった。

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