31.交流戦 取引色々 カンペー君


「ティラーニー……俗に言う帝国とはこの地方における最大国家であり我々とは表面上同盟国の存在だ」


 消毒の徹底とイヴの監視を続け、はや1週間。


 交流戦・当日。


 結局『はやり目』に罹った騎士たちが寛解には至らなかった。

 しかし代わりに選んだ騎士の面子には、イーヴァ副団長による果てしなく厳しく素晴らしい訓練が課され、付け焼き刃であるが鍛えるだけ鍛えていよいよ本番。いつもの兵舎ではなく、同組織である一般兵の方の兵舎に着いたころには簡素なリング(?)を兵士たちが囲んでいるのを遠目で眺める。別の世界でも似たようなものはあるらしい。


「ルールは簡単で、決められたこの舞台で剣一本で模擬戦をして相手を無力化するか、降参させるまでの戦いだ」

「シンプルでわかりやすいねぇ」


 いい加減腰と背中が痛いのでさっさと終わって欲しいと思っていたところ、イヴが今更ながらに帝国とやらの説明と模擬戦の話に入った。騎士団長とウェイドは、先に帝国側の来客へ挨拶に行っているそうな。一応イヴも先に顔合わせは済ませたものの、部下が心配になってこっちに早めに来たらしい。ちなみに俺はイヴに併せて帝国側の連中を見ることなく現地集合。


「前回、前々回と我々が2連勝。帝国と対等に並ぶなら、それ相応の武力が必要なのだ」

「騎士7人ぽっちで比べるのおかしくない?」

「そういう習わしだからな……それに、交流戦に優秀な人材を出しても問題ないという帝国側のアピールでもある」


 いっぱい武力ありますよって余裕を伝えたいわけか。だからハーディーで交流戦をやるのね。


「騎士とはいえ、まだ兵士から上がったばかりの者達で勝てるかどうか……」

「大丈夫だろ」

「またいい加減なことを……」

「上が下を信じなくてどーすんだ」

「それはそうだが……」


 控室に向かってみると、若干緊張した騎士の面々が疲れてもいないのにグロッキーになっている。アイナは部屋の隅でカルテを綴るのみ。


「ど、どうしたんだ……?」

「ん~本人たちに聞いてみたら?」


 …………こいつは緊張なんてしなさそうだな。

 椅子に座って唸り続ける騎士に、イヴが声を掛けると苦笑する。


「訓練はしましたけど、いざ本番になったら緊張してきまして…………」

「相手は前も出てるベテランの騎士だろ? 勝てるかなぁ……?」

「何を弱気な…………!」


 まずいな、俺は見てないけど帝国側に気圧されたか? さすがに煽りだけで1週間もたせるのは無理だったか…………!

 イヴがごちゃごちゃ言ってるが、右から左だ。うーん……このままでは勝利ボーナスがなくなってしまう。それは困る。


 俺の意思に共鳴したのかそれとも呆れて指示を出したのか、『選定の魔眼レンズ』はイヴと騎士たちを金の糸で繋げる。この際勝てればいい、ニンジンをぶら下げておこう。


「整列ッ!」


 イヴにも目配せして、前に並ぶよう指示を出す。

 1週間前、唐突にやってきた消毒男に対する信頼度は未だ低い。低いが別にそれは構わない…………勝ってくれればボーナスがもらえれば


「俺は見てないが、帝国っつうのは相当に強いとみえる……現に、副団長を支えようという君達の気概が薄くなっているのが素人の俺でも分かった」


 グダグダ語るのは好きじゃない。さっさと餌を撒こう。


「もしこの交流戦――各々勝てたら副団長とデートする権利をやろう!」

「な……! 聞いてないぞカンペー⁈」

「先生、応援の一言を」

「イヴぅ〜? みんな頑張るんだし、何か見返りがあってもいいと思うなぁ〜?」

「いいだろう! わたしにエスコートされたい奴は剣を取れ!」


 勝鬨よろしく、空気が割れんばかりの気合いの入った大声が響く。自分でけしかけておいてなんだが、現金な奴らである。


「でもいいのカンペー? 約束を反故にしたら、騎士のみんなにも、イヴにも後で何されるかわからないよ?」

「どこでなにをするなんて言ってないからな。朝から晩までイヴに訓練で扱かれればいいんだよ。それに、事が終わったら俺は帰る」

「その選定は間違ってる気がするよ…………あ、そうだ。イヴが付けないように魔眼レンズは持ってるよね?」

「おう、肌身離さずな」

「頼むよカンペー、あくまでイヴは『レンズなし』でやってもらうんだから」


 ニンジンで釣った騎士と魔眼レンズなしの副団長、果たしてどこまでできるものか…………



 ◇ ◇ ◇



 しかしぶら下げたニンジンは絶大なる効果を発揮するのが世の常だ。

 繰り返される剣戟の末……黒い鎧を身に纏った帝国側の騎士の剣が宙に弾かれた。一瞬の間を置き、ドッ、っと歓声が沸く。


「そこまで!」

「ぃよしッ‼︎」


 若干血走った眼で勝ちを噛み締める騎士に引きつつ流れを見守る。


 はやくも7戦の内、3戦2勝1敗。

 先に4勝すれば確定の試合を既にこちらが優位となっている。惜しくも一敗しているものの、押せ押せムードである。……こりゃ、本格的に逃げ道を確保したほうがいいかもな。


 少し離れた位置で眺めていると、さっきまでいなかったウェイドが隣にやって来て呆れていた。


「やれやれ……副団長とのデートがそんなに欲しいんですかねぇ」

「あら、冷ややか」

「まぁ勝つこと自体は良いと思いますけどね…………ボクはそんなものより、副団長のつけていた魔眼レンズの方が俄然興味あります」


 味方の応援すらせず、ウェイドはこちらに怪しく笑みを向ける。

 交流戦の当日まで隙あらば魔眼レンズのことを聞いてくるもんだから困ったものだった。


「……カンペーさんどうでしょう、もしボクが勝てたら、あの処分予定の魔眼レンズ、頂けませんか?」

「いやあれ、もう劣化しててつけると目に悪いぞ」

「構いませんよ」


 狐顔の開かれた目がこちらを射抜く。

 まさしく獲物を狙う獣の目つきだ。間の悪いことにアイナやイヴは今しがた勝利した騎士の方にいる。


 自分で決めろ、ということか。

 万が一のことを考えてレンズは俺の懐に入れているんだが……どうやら魔眼は俺の手とレンズを繋げている。どういう意味かは分からないが、俺から離れることはないと信じておこう。


「勝ったら、な」


 まずいフラグを立てたような気もするが……魔眼を信じよう。

 …………というより、他人が付けたレンズが欲しいって狐顔ウェイドも相当に変態だな。


「その言葉お忘れなく」


 得意気に剣の柄を撫でながら、騎士団第三席の青年は自分の出番へ向かっていった。もしかして選択間違った感じ?




 ……なんてことはなく。



「そこまで! 帝国側の勝利‼」

「そ…………そんな、ボクが…………?」


 高速のフラグ回収。

 ナンバー3同士の戦いは、呆気なく帝国の勝利に終わってしまった。

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