30.指導と消毒と参加者『選定』



 騎士たちの戦闘訓練と並行してイヴが無理しないかの監視。


「むぅ……魔眼が使えないのは不便だ」

「訓練中に使うことないだろ……」

「お守りのようなものだ、親友からの大切な贈り物なんだぞ⁉︎」

「なら今の魔眼も同じだろ」

「ずっとうるうるして変な感覚なんだ。これはアイナの愛とは呼べない! 身を焦がす熱がわたしには必要なんだ!」


 知らんがな。

 熱のこもった眼差しを弾き返してあしらっていると、遠方でトイレから出てきた男たちがそのままやってくる。


「そこぉっー! 昨日の今日で手洗いをサボんな!」

「えぇ〜たかが小便で……」

「万が一病気になる奴が増えたらお前らのせいになるぞ」

「面倒かもしれないがカンペーとアイナの意見が正しいと思ったほうがいい。手を洗ってくれ」


 渋々ではあるが、騎士たちは手洗いに向かった。アイナは用意周到で石鹸まで用意してくれたのだからありがたい。ちなみにこれも魔法だ。


 色々と問題はあるが、現状はこれが最善といえよう。


「しかし……訓練はしているものの交流戦に間に合うかどうか……」

「そんなにお相手はつえーのか?」

「騎士団長は参加されないが、少なくともわたしと同格が1人、ウェイドと同格が何人もいる。基本は1対1の形式だから実力差がはっきり出るな。本来は7人ずつ選出しての勝負となるんだが、わたしとウェイド以外の参加者は全員『はやり目』? に罹っている」

「残り5人全員?」

「あぁ……昨日の発症者で5人目だ。実際はもっといるがな」


 都合よく参加予定者が感染するかねぇ……? 衛生状態考えればおかしくはないが、それでも作為的すぎる。


「どうも〜カンペーさん。衛生指導はいかがですか?」


 考えの外から手を簡素な布で拭いているウェイドが近づいてきた。さっきの騎士たちの後に用を足していたようだ。


「お、なんだかんだ洗ってんねー」

「ボクも病気は嫌ですからねぇ。生意気言ってすみませんでした」

「別にいいけど」

「それよりカンペーさん、あなたは魔眼レンズ? の作成に携わっているんですか?」

「まぁな、雇われだけど」

「だから目のことに詳しかったんですねぇ」

「おいウェイド、喋っている暇があるなら……」

「わかってますよ副団長。ではカンペーさん、また」


 わざわざ肩をポンと叩き、狐顔の青年は訓練に戻っていく。あからさまに不思議なボディタッチなので、見えないように持参していたウェットティッシュで肩を拭う。


「なぜ拭くんだカンペー」

「言ったろ、はやり目は接触感染。どうして注意しろっつってんのに触るのかね。言わなくても手を洗う奴が」

「まさか……ウェイドを何か疑っているのか⁈」

「逆にこの状況で副団長を糾弾してたあいつの何を信じるんだよ。今はイヴが指揮するんだろ?」


 スライムの時といい、不用意な接触、そして魔眼レンズへの興味。怪しさ100パーセントである。


「つってもなーんも証拠はないし、俺の仕事はイヴの監視だからどうでもいいけどな」

「……ウェイドは一般兵から上がってきた奴でね、ふらっと現れていつのまにか三席まで出世したすごい人物なんだが……」

「入る時に身辺調査とかしねぇの?」

「怪しい組織に関わりがないかくらいだな。兵に志願するなら基本的に差別しない、都市を守る意思があればという理念のもと動いている」


 理想が高いのかガバガバなのか……

 ともかく、交流戦が無事終われば俺のやることは終わりだ。

 終わりなんだが……交流戦が成り立たないとそれはそれでアイナに文句を言われそう。


 さて、どうしたものか。



 ◇ ◇ ◇



「交流戦のメンバー決めぇ?」

「どうせ1週間後なんだしやらないとダメだろ」

「それはカンペーが決めてよ。私の仕事は目の治療と魔眼レンズ」


 分業がしっかりできてますね先生。

 案の定押し付けられている。


「ちょっと待てアイナ! 目に関することならわかるが、交流戦の参加者を素人に決めさせるのは……」

「素人じゃないよカンペーは。選び定める能力に関しては騎士団長……いや、神に等しいね」

「盛りすぎだアホ」

 

 カルテに記載中のアイナの頭をガシガシと掻き回す。


「イヴも見ておいた方がいいよ〜『選定の魔眼』レンズ」

「そんな触れ込みだったな……できるのか?」

「衛生管理と監視以外は契約外でございます」

「金貨追加1枚、交流戦が勝利に終わればボーナス1枚!」

「なんなりとお申し付けください先生」

「それでいいのかカンペー……」


 金はいくらあってもいいものである。

 その日は訓練中に新たな感染者が出ることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。

 眼前にはウェイドを含め、感染していない無事な騎士が並ぶ。

 

「ん〜! アイナ先生の目薬が効いたよ」

「さすがは騎士団長……って言いたいところだけど、まだ保菌者だからみんなとは距離を取ってね」


 腫れていた目は元通り、ちょいワルな風体の壮年──ケルン騎士団長がアイナと並んでいた。


「カンペー君だったね、先日はすまなかった。改めてよろしく」

「握手はナシっすよ」

「おいカンペーっ」

「はっはっは! 構わないよ、本来なら下がっているべき病人だしな!」


 自称するわりにずいぶん元気である。

 ……ま、今回は目だけの症状だから元気でもおかしくないが。


「それで? 今朝は交流戦の参加者をこの魔眼フィッターが決めてくれると?」

「ハーディーの名誉に関わることだ、大丈夫なのか?」

「さぁ?」

「この交流戦は国代表の戦いなんだぞ⁉︎」

「その前に呪いって騒いだのはどこの誰ですか副団長ーっ!」


 返す刀にイヴは言葉に詰まる。

 そのやりとりを見て、騎士団長とアイナはクスリと笑う。


「むぅ……ならばカンペー! 栄誉ある帝国との交流戦の参加者を『選定』しろ!」

「うーぃ」


 話ではイヴとウェイドは決定としてあと5人。ケルン団長は除いて……


 選定の魔眼レンズは俺にしか見えない金の糸を前へ伸ばす。会議室でイヴを鼓舞していた面子だ。やる気満々の眼差しがこちらに向けられている。


 まるで、オレ達を選べと。


「じゃあ……あんたとあんたとあんたとあんた、あとあんたな。はい、決まり!」


 えぇ……と、一同から呆れた声。

 何も知らない奴からすれば、ものすごーく適当に指を差したように見える。


 ……俺も適当に選んだようにしか思えない。

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