29.スライムの魔眼レンズ


 翌朝。 

 朝の日差しと共に、溌剌とした少女の声が部屋に響く。


「朝だ、起きろカンペーっ!」

「うぇ…………ぅぉ、腰が…………」


 長椅子にリュックを枕にして寝たせいか、非ッ常に痛い。せめてソファに……いや、それでも同じか。骨が軋むぜぇ……


「はっはっは、アイナの目薬でふっかーっつ! 昨日までの目の状態が嘘のようだ!」

「さいですか……」


 寝ぼけまなこでイヴの顔を見ると、目脂はない(洗ってきたのかもしれないけど)。それに、白目部分の充血は引き、症状はかなり引いていた。一晩寝ただけでこれとは……やっぱり副団長は頑丈なのかもしれない。


「今日は何かあるかもしれないし、目も落ち着いたいまならもうレンズをつけても……」

「ダメダメダメダメダメ!」


 机に置いていた魔眼レンズの容器に少女の細い手が伸びるのを、飛び起きて制止。こいつの頭は鳩並みか? ダメっつったろ⁉ どうしてこう無茶をしようとするんだよ!


「多少違和感があるだけで……もう治ったんじゃないか?」

「その多少が問題なんだよ。油断してると、また目が赤くなるぞ」

「うっ…………」


 …………そういやこっちに来る前、あの銀髪坊主も目が赤かったな。

 充血?

 

 口撃も束の間、副団長室へさらに来客。

 銀のトレイを片手に、テンション高めのアッシュグレー。


「おはよう2人とも、いい夢は見れたかな!」

「おう、腰痛でしっかり夜を明かせたぞ」


 今度は寝袋も持ってきたほうがいいかもしれない。

 出勤のリュックにそこまで担いでいくことも考えなきゃならんのか……


「まぁまぁ、カンペーのおかげで治療用の魔眼レンズが用意できたから見てみてよ」

「あいつに目なんてないじゃん」

「あくまでも治療用、別途でレンズの原材料にもなってるよ。いわばこれは、魔眼レンズの素体とも言えるね」


 魔猫の魔眼レンズを作る時に見たものと同じ。全体が深く青い色をしたレンズ。異なる部分としては、厚い。本来は線一本の薄さだが、横から見て厚みが分かるほどである。


「……なんだこの分厚さ」

「治療用の薬液を入れて眼球表面を保湿するから、スライムの保湿能力を機能させようと思うとこれくらいになるんだよね。イヴがどーしてもっていうから、自己治癒能力を高めるなら目にスライムを乗せちゃうってことさ」


 そういうものなのだろう。

 角膜上の治療としてコンタクトを使用することはあるから、その応用と思えばおかしくはない。


「さーてイヴ、充血はおさまったようだけど炎猩々の魔眼レンズをいれようとはしてないよね?」

「もちろん!」


 青い瞳に真っ直ぐ答える副団長。 

 嘘もここまで清々しいといっそ気持ちが良い。元気な返事に我らが雇用主は信じていないご様子。


「しんさぁっつ!」


 そして瞼を裏返すと、案の定腫れは改善していない。ピンク色の石垣状をした腫れはしっかりと存在している。アイナはイヴのほっぺを突きながら笑う。


「油断しちゃダメだよイヴ。カンペー、しっかり見張りと兵舎内の衛生管理よろしく!」

「おぃおぃ、お前はどうすんだ⁉」

「私ははやり目の騎士団長達の診察と治療をしてくるよ! 目薬も足りなさそうだし、また作らなきゃ。しばらくは消毒指導、やるよ!」

「いきいきしてんねぇ」

「当然! ここでがっぽり魔眼レンズの資金を作るよ。がんばろ~!」


 ……………………元気な理由はそれですか。

 医療保険もないからな、言い値の治療……異世界治療である。


 


〇スライムの魔眼レンズ


 厳密には魔眼ではなく魔眼レンズの素体。

 特殊な加工を施したのち、直径15ミリほどの円形に形成。ここに魔眼を複写すると魔眼レンズとなる。

 今回は治療用の為、スライムの保湿能力を生かす意味で素体のまま利用。目の傷を治す速度を上げたり、薬液を眼表面に浸透させる。

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