28.魔眼フィッターによる衛生指導②


 魔眼レンズづくりはアイナに任せて、夜。ひとまずゴタゴタが片付いたので本来の仕事に戻った。


「まずイヴさぁ……お前どんなふうにレンズ洗ってんの?」

「い、イヴ⁈」

「副団長でもイーヴァでもめんどくせぇの。短くて良いだろ……さっきも言ったし」


 本題はそこではないのだ。

 俺がこいつをどう呼ぼうと物語には関係ない。


 ひとまず消毒後は、『はやり目』患者は出ず、警戒に落ち着いた。ひとり、ウェイドだけは懐疑的だったが仕方ない。


「それはもちろん、アイナからもらってる薬液に浸して……」

「浸して?」

「……終わりだ」

「……」

「……ぐ、仕方ないだろう! 魔物の活発な時期は特に余裕がないんだ」

「それでになったら世話ねぇわな」


 薬液……洗浄液のことだろう。この世界のコンタクト事情など知らないが、成分は気になる。魔法で生成したものだと思うけど。


 アイナが渡していたのは銀製のコンタクトケースに1本の薬液瓶。錠剤もないところを見ると、いわゆる『MultiM PurposeP SolutionS』というタイプの洗浄液だ。洗浄、すすぎ、消毒、保存が一本で可能なオールインワンである。

 現代では安価で入手可能だが、レンズの表裏を指で『こすり洗い』をしなければならない。これを怠り液に浸すだけの人間がトラブって温厚な院長に怒られるのも珍しくはない。


「カンペー、お前に使い方がわかるのか?」

「こんなもん見飽きてるわ、いいか……?」


 神兵タケルの簡単レンズケア講座である。


「まず絶対清潔な手な。洗ってきたか?」

「さっき一緒に洗っただろう⁉︎」

「物事には順序があんの!」


 剣を握っているはずの指は細くしなやか。爪はきちんと手入れされ丸みを帯びている。


「んじゃ、レンズを取って……」

「あつッ!」


 劣化した炎猩々の魔眼レンズをイヴが摘むと、やはり熱いらしい。そんなもんをどうやって目に付けていたのか、非常に不思議だ。


「いつもどうやって手入れしてたんだよ……」

「気合いで取って気合いで容器に入れていたぞ」

「………………」


 語るに落ちるとはこのことだが、話の腰を折りたくないのでスルー。改めて魔眼レンズを見やると、左目用の方に金の糸が伸びる。


 ……こっちを取れってことか。

 恐る恐る指を出し、触れる。わずかに熱を帯びているが、今朝ほどではない。


「とりあえず手のひらに取ったら、薬液を出して両面を擦る」

「擦らずとも薬に浸せば大丈夫じゃないのか?」

「付着した汚れを落とすんだよ」


 そしてさらに薬液ですすぎぐことで、表面を洗い流す。あとは乾燥状態の容器を液で満たしてそこへ魔眼レンズを投入。数時間立てば消毒完了である。


「これを毎日……」

「……やってたん、だよな?」

「と、当然だ!」


 威勢の良い返答に、選定の魔眼は反応する。イヴと残った片目のレンズを結びつけた。


「それなら副団長様にもやってもらいましょ」


 というか……普通は毎日やってるんだけどな。

 忘れてしまうほどに苛烈な仕事なのか、それとも忘れてしまうほど魔眼にとらわれてしまったのか。

 記憶を辿りつつ、そして俺の動きを見てイヴはレンズを手入れしていく。


「そういえば……昔アイナの隣でやった気がする」

「お前らいつから知り合いなワケ?」

「6、7歳くらいにはもう一緒に遊んでいたかな……そのころから魔眼についてよく勉強していたのを覚えている。好きなものに熱心な彼女の瞳はとても眩しくて……」

「手ぇ止めんなよ」


 なにか始まりそうなのでスルー。

 その頃からアイナが大好きとは恐れ入る。


「元々お互い帝国にいたんだが、わたしがハーディー精鋭騎士団に入ることになった時にこのレンズを作ってもらって。この魔眼とはそれ以来の付き合いさ」

「ならちゃんと手入れしてやれよ……剣だってやるだろ。じゃ、濯いで」


 オレンジ色の虹彩部に薬液が流され、汚れが落とされていく。輝きがより一層増し、少し熱気を帯びているようにも見える。


「そうは言っても、熱いくらいで大して問題もなかったんだが……」

「既におかしいんだよそれが」


 つぶやきに対して、イヴは首を傾げる。もしかしたら、異世界人の耐久性は現代日本と違うのかもしれない……違うのか?


「まぁいいや……後は容器に入れて終わり。このレンズはもう使わない方がいいから回収するぞ。次にアイナの用意する魔眼レンズは大切にしろよ」

「もちろんだ! もともと『親愛なる友人、そして協力者へ』という名の下にもらった逸品だぞ、今度こそ無下にするものか」


 それ、協力者実験体じゃないか…………?

 新しいレンズが出来たとしても、ある程度は監視してた方がいいな。アイナの奴には早くレンズを仕上げてほしいもんだが……原料からの加工の方は時間が掛かってるのかな。


 もう夜も遅いし、そろそろ寝るか。

 昼休憩から激動の異世界診療だった…………


「ふぁーぁ、俺ってどこで寝ればいいの?」

「それならわたしの執務室で寝るといい。わたしは私室でいつも通り寝る」

「……え、毛布もなし?」

「長椅子がある」

「えぇ……」

「兵舎で部下達と休んでもいいが……同じねぐらだと何をされるか分からないぞ?」


 それはどういう意味合いなんでしょうか。

 まぁ、初日から煽ったり命令してたりしてたからな、気に入らない奴もいるのかもしれない。副団長にお熱の奴もいるようだし。


「割に合わねぇ…………」


 ソファで寝ると腰痛いんだよなぁ。

 そう思いつつも、選定の魔眼レンズは副団長様の執務室へ誘導していた。

 

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