27.魔眼フィッターによる衛生指導①


 アイナが戻って来てからは非常に早い対応だった。

 まずは罹患者が隔離されている部屋へ行き、アイナはそれぞれの患者の状態を診察。


「まずこの団員の症状を診て、隔離だけでいいなんてヤブもいいとこだ。魔眼専門の私でもわかるよ、呪いなんかじゃない……誰が呼んだんだい?」

「さっきの会議にもいたウェイド三席だ」


 アイナの持って来た点眼薬を使った影響か、イヴの症状が若干落ち着いた。結膜炎の影響でおかしくなっていたのか定かではないが、ずいぶん落ち着いた様子でアイナと患者の前に並んでいる。


「ところで、二人の言っていた『はやり目』とは何だ?」

「ニッ……カンペーのいた地方での名前だよ。一定の季節にとても流行はやるんだ。ハーディーじゃこんなことないはず……ホントは確定するための検査もあるけど、こっちじゃその道具はないし絶対じゃないから……症状からの判断だけどね」

「なんでそこまで知ってんだよ……」

「医者だからね!」


 はやり目……流行性角結膜炎epidemic keratoconjunctivitisが正式名称である。ウィルス性の結膜炎である。潜伏期間を経て症状が現れ、主に充血、目脂、瞼の腫れなどが発生し、場合によって角膜が濁り視力低下を引き起こす。

 なんといっても感染力が強く、罹患者の触れたものを触ると感染する接触感染が主な経路となる。現代の眼科でも、この症状の疑いのある患者が座った場所、触れた場所は徹底した消毒を要する。


 単に隔離だけするとしたら、『消毒』をしていない。

 すなわち、接触感染の経路をまったく対処していない兵舎で広がるのも不思議ではない。


 面子に縛られて隔離を繰り返しても、誰かが運んでいたなら感染は続く。朝に見た連中は、発症していないだけかもしれない。


「ならどうするんだ⁉ このまま広がり続けたら……」

「基本的にこの病気は時が過ぎれば勝手に収まるよ。でも、放っておけば見え方に影響が出るし、なによりここへ出入りする人間が都市内に感染を広げるかもしれない。大丈夫、イヴに会う前に騎士団長へ挨拶した時にはすぐ気づいたよ」


 アイナは複数小瓶を取り出し、患者の目へそれぞれ点眼していく。淀みない動きで処置を終え、隔離部屋を後にする。外にある井戸から水を汲み取り、手を洗う。


「兵舎の中に手洗い場がないのも問題かもね」

「魔法でなんとかならないのか?」

「うーん…………魔法の道具を利用した設備って、ハーディーだとまだ結構高いんだよね。現状はここにきてこまめな手洗いと、消毒だね」

「めんどくせぇ……」

「ちょ、ちょっと待ってくれアイナ! わたしには何が何だか……」

「それについてはカンペーに説明してもらおっかな。団員にも」

「お医者様の説得力がいるだろぃ」

「今から治療用の魔眼レンズを作るのさ、スライムちょーだい!」

「へいへい、頼んました」


 雇用主は既に魔眼レンズの作成欲が顔に出ている。まだ初日だというのに忙しいったらありゃしない、普段の仕事より疲れてんぞ。

 

 つべこべ言っていても仕方ないので会議室に戻り今回できる対処法を懇切丁寧に説明した。


「えー……というのがアイナ・グレイ医師による今回の呪い……もとい、病気の内容だ。対処法は徹底した手洗いと消毒! あと患者と可能な限り接触しないこと! お前らちゃんと手ぇ洗ってるか?」


 会議室で説明をしつつ全員の手を消毒していく。

 消毒という行為に理解があるかは知らんが、とにかくやってもらうしかない。肝心の消毒用のアルコールに関してはアイナが用意していたんだから驚きだ。


『魔法でね』

『魔法』


 まったく便利なものだ。無かったらなかったで面倒だからな。魔法様様である。だがどうやら狐顔の青年ウェイドは説明に納得がいかないご様子。


「信じられませんね、手を洗うのと酒……? で、この呪いが解けるなど」

「だから呪いじゃねぇっつうの」

「ウェイド……カンペーはともかくアイナ・グレイの診断は前に来た医師より正確だ。何より対処法まで提示してくれているじゃないか」

「だったら尚更副団長はこの部屋にいるべきではありませんよね? あなたも呪われている」


 何かおかしい。

 スライムの時はいち早く俺達の下へ来たわりに、今はイヴを責めている。さっきも責任の追及をしていたし(一部イヴのアホなせいもあるが)。


 しょうがない、サクッと説明してしまおう。


「さっき言ったよな、この副団長様の病気はお前らのとは違うって……このアホの目が赤い原因は……これだぁ!」

「か、カンペーそれは……!」


 隠し持っていたケースを取り出し、イヴの付けていた『炎猩々の魔眼レンズ』を机に置く。


「なんだこれ……」

「これ、副団長のいつもの目では……?」

「でも薄い膜だぞ……」

「…………カンペーさん、この珍妙な目のようなものは?」


「魔眼を複製した膜、魔眼レンズだよ……お前らの間で流行ってる病気――はやり目――とは違って、副団長の目はこいつをずっと目に入れてたから荒れたんだよ。単にこいつがアホなだけだ」

「魔眼の……複製? じゃあ副団長がいつも炎の魔法を使っていたのは……!」

「この魔眼レンズの力だな。もっとも、今このレンズは劣化してダメになってるけど」


 イヴがどんなふうに話していたのかは知らないが、恐らく魔眼『レンズ』とは伝えていなかったんだろう。副団長様はやや萎んでいた。


「それが副団長の強さの秘密ですか……天然の魔眼持ちではなかったんですねぇ」

「む、むぅ……」

「ま、それでも副団長の座にいるってことは剣の腕っぷしが強いんだろ。あんたらの副団長様への信頼はこの膜1枚程度でなくなるのかよ」


 煽ってみれば効果てきめん、ウェイド以外の騎士たちは俺を見て罵倒する。


「我々が副団長の魔法だけに惚れたと思ったか⁉」

「貴様は副団長の剣の冴えを知らんだろう!」

「交流戦は我々も協力します、たとえ万全でなくても、副団長ならば大丈夫です!」


 お飾りではないってことだ。めでたしめでたし……と言いたいところだが、まだ治療は始まったばかりだ。


「交流戦は知らねぇけど、今から徹底的に指導してやっから覚悟しろ!」


 早速兵舎内の消毒を始める。

 廊下、各部屋、机に椅子に感染者の装備、そして触れた疑いのあるすべての場所……どこもかしこもアルコール臭くなったものの、感染するよりはマシだ。


 なにより、魔眼レンズの話は適当な所で誤魔化せたのでよしとしよう。そもそも、天然かレンズかなんて関係ない。これも病気と同じで正しく理解すればいいだけなんだからな。


 使う本人イーヴァ副団長が、正しく。


「副団長も、覚悟はいいな?」

「の、望むところだ!」


 うむ。やっと魔眼フィッターの仕事ができるわけだ。何しに来たのかわかんなくなってたからな。


 まぁ……もう夜なんだけど。


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