26.呪い(病気)は正しく恐れよう



「ちっ、か……イーヴァ!」

「了解です」

「またぁ……? ちょ、おいおい!」


 騎士団長室を早々と退室し、イヴと廊下へ。

 さすがは副団長なのか、足が速い。どんどん先へ行かれ、追いついた場所には騎士団のひとりがうずくまり、数人が少し離れて囲んでいた。


「大丈夫か……⁉」

「お……オレも呪われちまったぁっ‼」

「落ち着け、片目だ!」

「どうせ両目とも赤くなっちまうんだぁっ」


 歳は30くらいか、茶髪の青年だった。たしか朝の挨拶時にいたようないなかったような……

 一体何を騒いでいるのかと思えば、右眼が赤く大きく腫れ、目が強く充血している。そしてやや白っぽい目脂が右眼の周りに付着していた。


「か、片目だけでも見えないんだっ! もうおしまいだぁ……!」


 大袈裟でもないが、とにかく男は錯乱している。一部始終を眺めていると、イヴの判断で男はどこかに連れていかれた。


「交流戦が近づいたころから、騎士団と兵士たちの間で急に広まってな……赤目の呪いだ」

「はぁ、赤目の」

「最初は騎士団長、そして徐々に広まり今は交流戦に出る予定だった面子はわたし以外全員呪いにやられている。わたしも当初、あの呪いだと思ったが……」

「お前のは自業自得だ。つーか、こんな状況ならスライム狩ってる場合じゃないだろ」

「死ぬ呪いではないからな、優先度は低い。ウェイドに呼んでもらった医者からは、隔離の指示があってな。しかし改善がない状況が続いている。回復魔法の得意な魔法使いにも頼んだが、変わらずに困っているんだ」


 この世界の医療レベルは知らんが、隔離だけじゃ変わることはないだろうな。


「そりゃそうだろ」

「お前……何かわかるのか!」

「わかるもなにも……」

「――また呪いに罹った人ですかぁ? 困りますねぇ」


 どこからともなくゆっくりと、狐顔の青年が口角を上げたままやって来た。


 話は会議室に持ち越され、またまた移動。

 騎士団長は会った通り不調なので、イーヴァ副団長とウェイド三席の元話は進む。


「どうするんですか、交流戦。主力は呪い、まともに動けるのもいますけど、任せられるほどじゃない……このままじゃ不戦敗ですよ」


 二人以外には騎士団の若い人間がちらほらと着席している。ウェイドの言葉に眉をひそめるものの、反論することはない。それだけ狐顔の実力が高いということか。


「ボクはいいとして……副団長、あなたも呪いにかかってるんじゃないですか?」

「なに……?」

「知ってますよ、副団長が魔眼の呪いとかって騒ぎ始めた数週間前からこの赤目の呪いが流行ってますよね」

「そ、それは……」

「そうなの?」

「えぇ……カンペーさんが今日来るよりもずっと前から。副団長はなのか知りませんが、大した症状が出てませんけど」


 こいつ……一人で騒いでたんじゃなくて普通に知られてたのかよ。こんなのが2番手で大丈夫かぁ?


「呪いは根本を断つのが原則。副団長、あなたも隔離したほうがいいのでは?」

「そうして騎士団はどうなる⁉︎ 団長も伏しているんだぞ!」

「ボクがまとめますよ。少なくとも、今のあなたよりは健康だ」


 さもありなん。

 とんとん拍子に進んでいく会話ではあるが、『魔眼の呪い』なんてアホに付き合っているほど暇ではない。


「……バカらしくて聞いちゃいられないな」

「カンペーさん、いまなんと?」

「呪い呪いって騒ぎすぎなんだって。イヴの目は呪いじゃないし、団長も……さっき運んだ男も呪いなんてかかってねぇっつうの」


 現代日本目線でモノを言ってしまった為か、朝に感じた視線が俺に集中した。殺気混じりどころではない、殺気そのものである。


「おうおぅ! 副団長をずいぶん馴れ馴れしく呼ぶじゃねぇか⁉」

「てめぇは一体副団長の何なんだオィ!」


 あれ……もしかしてみなさん、副団長大好きクラブなワケ? なんだ、ごつい顔でこっちを睨んでたのはそれが理由か。紅一点に夢中ってか?


「付き人改め魔眼フィッターのカンペーだ。兵舎で広がってる病気と、この副団長様のは違う病気だぞ」


 視能訓練士眼科の検査員、なんて言っても通じないしな。ちょうどいい通り名だ。だが案の定、俺とアイナしかほぼ知らない名称は会議室の中ではピンとこないらしく。


「魔眼……フィッター……? 失礼、医者でもないあなたにどうして呪いじゃないとわかるんですか?」

「目の腫れ、目脂、充血、そして急速に広がる状況……明確に症状が出てる状態ならこんなもん病気だろ」

「ははっ、何を! じゃあ一体なんてやまいなんですか⁉」


 恐れる必要は、ある。

 けれど、過度に怖がる必要はない。


 正しく恐怖すればいいんだ。

 対策はわかってる、あとは我らが先生が戻ってくれば大丈夫だろう。


「名前は――」


 疑念を投げた狐顔に言葉を返す瞬間、会議室の扉は開く。そこにいるのは得意げに笑うアッシュグレーの少女。


「「はやり目だ!」」


 

 


 

 

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