25.騎士団長がいない理由
スライムの残骸は袋に詰め、徒歩で門まで向かう途中、第三席のお小言は止まらない。
「しかし副団長、周辺に現れた魔物は先日掃討したはずですよ? なぜ強になって、しかも戦えない付き人を連れてまでスライムを……」
「友人に頼まれてな、些細な依頼だったから個人で動いただけだ」
「困りますねぇ……交流戦を前に騎士団長が床に伏せている今、勝手な行動なんて」
「そ、それは……」
ウェイドの実に当たり前の質問に、イヴは言葉に詰まる。
確かに……ハーディー精鋭騎士団と呼ばれていながら、騎士団長と顔を合わせていない。部外者がいるのに上長へ面通ししないのはどうなんだろうか。
「それ言ったら三番目のあんたがここにいるのもよくないんじゃないの?」
「ははっ、問題ありませんよ。どうせ交流模擬戦まではもう暇でしょうし」
「魔物がまた近づいてきたりしないのか?」
「カンペーさん、もしかして他所の地方から来た人ですか?」
「……まぁそんなようなもんだけど、それが何か?」
ため息……とまでは言わないが、少しあきれた様子でウェイドは細い目線をこちらに向けた。
「ハーディー周辺に接近する魔物は基本的に季節で移動してくる種類が多いんですよ。だから一定数狩ってしまえばしばらくは来ないんです。スライムみたいな原生生物もいますけどね」
「グリフォンとか?」
「あぁ、あれは縄張り意識がありますからね、森にはいましたけど都市周辺になんて来ませんよ。しばらくすればいなくなるでしょう」
「だよな……さすがにあれと森以外で会いたくないや」
「妙な言い方ですねぇ……まるでグリフォンと対峙したみたいに言うじゃないですか」
「だってこのまえ倒した時にいたし」
「ははっ、カンペーさんは冗談が上手いですねぇ」
狐顔の青年は小刻みに肩を震わせる。
……まぁ、俺が倒したわけじゃないし別にいいか。ソニアは元気にやっているだろうか。
怪しい青年としょうもない雑談を交わしていると、門をくぐりそのまま兵舎へ。一度出て入るからこそ分かるが、そこそこに大きい冒険者ギルドの数倍の規模だ。
「今度出かけるならボクに一言お願いしますよ?」
「あ、あぁ……」
イヴは歯切れの悪い返答で、消えていくウェイドを見送った。アイナといた時とは異なり、ずいぶんおとなしい態度である。そのままウェイドが消えた方向とは逆に、少女は歩き始める。
「世話焼きな男だな」
「お前にはそう見えたか?」
「いや、全然」
「朝礼の後……わたしは『外出する』とは団員に言ったが、どこに、など言っていない」
「ふーん」
「カンペー、どういう意味か分かっているのか……?」
「いや、全然」
心配して様子を見に来るワンコ系男子……という線もなくはないが、わざわざ自分より立場が上の人間を、しかも腕っぷしが物をいう
「実はもう一つ、アイナに頼みたいことがあったのだが……」
「魔眼関連?」
「……それに近いな。ここだ」
兵舎のやや奥、大き目の扉の前でイヴが立ち止まった。
「我らが騎士団の長、ケルン騎士団長の寝室だ」
「寝室ぅ? 寝起きドッキリでもやるのか?」
「なんだそれは……アイナの部下ならお前に見てもらおう」
部下じゃねぇんだけどなぁ……
副団長が2回ノックすると、扉の奥から低い男の声が返って来る。そのまま部屋に入ると、こちらに背を向けて横になる男性が一人。
「……ウェイドといいイーヴァといい、今日来る人間は世話を焼くのが好きらしい」
「お疲れ様です騎士団長」
「なにも疲れちゃいないけどね」
金の短髪に無精髭、気怠そうな表情でこちらに寝返った騎士団長ことケルン。顔を見て、すぐに異変に気付いた。
「…………あ」
「ん? 新入りかな?」
「いえ、目を診てくれる我が親友であり医師アイナ・グレイの部下……魔眼フィッターのカンペーです」
「おぉ、少し噂になっているアレか」
ややぼやけたヘーゼル系の虹彩の周りに白いコントラストはなく、イヴのように……いや、イヴよりも真紅に染まった白目がこちらに向けられる。涙目と、腫れた両目が痛々しい。
「こんな姿ですまないね、ハーディー精鋭騎士団団長のケルン・カーティスだ。よろしく」
差し出された右手。
正直……初対面の人間に失礼な態度はとらないよう心掛けているが(一部例外アリ)、この手は職業柄握れない。
「おいカンペー、無礼だぞ⁉」
「ウェイドの手を取って団長の手を取らない理由、なーんだ?」
「ふざけている場合じゃ」
「――――だ、だれかっー!」
野太い男の声が兵舎に響いた。
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