35.選び定めて呪い尽くす
「うっ……うわぁっぁ──⁉」
突如片目を押さえて叫ぶウェイド。
薄暗い部屋の中で青年の目が、文字通り燃えている。
「クソ、クソッ! なんだ、熱い、痛いィッ‼」
「あーぁ、言わんこっちゃない」
しかも他人が使ったレンズ付けやがって……いま見えた黒色の糸は選択するべきではないモノ、なのか?
「ぐあああぁぁぁぁ――――」
よほどの痛みなのか、ウェイドは跪いてのたうち回る。逃げるタイミングではあるんだが、どうやら『選定の魔眼』は逃走を選ばない。両目から走る金色の糸は、狐顔の青年の片目へ伸びている。
「しゃあねぇなぁ」
幸い足は動くし、両手は前で縛られているだけだ。ゆっくりと立ち上がり、青年に歩み寄る。
「ちょっと失礼~」
「た、助けて……痛い……!」
「だぁからやめろって言ったのにぃ」
片手をどけて火のついた右眼に手を伸ばす。痛みで強く瞼を閉じる片目を可動域の少ない両手でこじ開ける。オレンジ色の虹彩が激しく輝き、角膜を燃やす。
「こんなもん目につける方がどうかしてるわ……」
自分で取れもしないのにつけるなっての。
右手の親指と人差し指を合わせ、高熱の眼表面へ伸ばし、反射で手を引いてしまうより早く、レンズをつかみ取る。
「あつッ、いけど〜っと」
眼球から取り出した瞬間、レンズがさらに熱を上げ指を焼く。火に包まれるより早く、レンズを投げ捨てた。
「うぅ……ぐぅッ…………なぜお前みたいな奴が、平然と……⁉」
「仕事なんでね」
ホントは医者の役目だけど。
こんなの同じ仕事してりゃ誰でも出来る。俺はスライムも倒せないし、兵士にも……ましてや騎士達にも勝つことはできない一般人だが、これくらいはできる。
患者の前では平然としているのが普通なのだ。
「カンペーッ⁉」
「遅いぞせんせ。こいつ、魔眼の呪いで燃えちまった」
「すぐに治療する!」
あとはお医者様の仕事だ。
ったく、なんでレンズに振り回されなきゃならんのだ。
「これは……こうッ!」
足元のレンズを踏みつけ、無理矢理引き裂いた。
「あーっ! 私の作品がぁー⁉︎」
「悪用防止だ、ほらほら治療治療。がんばれせんせ」
処置が早かったおかげで、痛みにのたうち回る声も次第に小さくなっていった。後から駆けつけたイヴに真実を伝えると、目を丸くしていた。
「な、なんだと⁉︎ それじゃウェイドはわたしを狙っていたのか!」
「雑にまとめるとそうなる」
「まさか……この優秀な男が……?」
治療を受けるウェイドの姿を見ながら狼狽える副団長。アイナ一直線過ぎて他のことに鈍感すぎねぇかなこの人……
「んで、どうすんだ? 『はやり目』の原因菌(ウィルス)もウェイドが持って来たらしいけど」
「む、むぅ……と、ともかく交流戦は終わったから一旦表に戻ろう」
イヴがウェイドに肩を貸しつつ、部屋を後にする。試合後のリング周辺に戻ると、ローレンス姉妹が出迎えた。
「なにかトラブルでもあったのかしら?」
「あ、あぁ……少し、な」
片目に包帯を巻いたウェイドを見るなり、姉妹は口角を上げた。それはまるで、見下すような視線。
「なになに、内輪揉めぇ〜?」
「元同僚が迷惑をかけたようですわね」
「い、いや別に……問題はないが」
「魔眼もないのに目ケガしたのぉ?」
「情けないですわねぇ、魔眼がなくて騎士団で成り上がれず、こちらでも大した結果も出せず……ぷっ。あら、失礼」
ローレンス姉妹の嘲笑に、帝国の面々がいやーな笑みを浮かべていた。どうやら最初からウェイドを見下していたようだ。
「この地方で一番大きい国ってだけなんだけどね、やっぱりやだなぁこの態度」
「なーんかムカつくなこいつら」
アイナと考えは同じ。
しかし腕っぷし十分な騎士団をさすがに殴るわけにはいかないし、口撃しても効かなさそうだしなぁ。
傍らのウェイドは諦めたように俯いた。
「ハハ、ここでも結局何者にもなれないか……」
「魔眼がなきゃ何かになれないって考えがおかしいんだよ……ぉ?」
ウェイドの懐、銀製の魔眼レンズの容器へ金の糸が伸びる。黒くないってことは、正解ってことなんだろうが。
「しつれ〜い」
「な、なんですか⁈」
「取ったもん返せっつうの」
静かに容器を開け、残った片目分の『炎猩々の魔眼レンズ』を取り出す。選定の魔眼の示す糸は、レンズと俺の左目を繋げる。
え……レンズの上にレンズつけろってか? しかも他人の使ってた奴を⁉︎
「カンペー?」
「えぇい、魔眼を信じるぜ!」
ブラインドで左目へオレンジ色のレンズを装着する。
右目で捉えるはローレンス姉妹、
そして左目で2人を見ると、
2人の髪に火がついた。
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