第17話 砂漠に戻る日
2日後。
ギルドに行ったテラノヴァは、受付に生首と魔法のかばんを納品すると、手配書の達成を認められた。
支払いは金貨ではなく、金貨1万枚の価値を担保した皇帝白金大紙幣が2枚だった。偽造防止のシリアルナンバーと製造所名前が魔法文字で刻まれ、耐久の付与がなされている。
「依頼を達成しましたので、領主さまにお会いになってください」
「どうしてですか?」
「手配書には書かれていませんでしたが、追加の条件を領主さまが設定されています」
「……」
行きたくない。しかし無視するとあとあと面倒になりそうだ。
「私はあと1週間程度でここを離れますので、それをこえると町にいません。その旨もお伝えください」
「わかりました」
時間を区切れば逃げられるかもしれないと思った。
しかし3日後の夜に、領主から呼び出しがかかった。公権力に関わりたくないが、領主に別れた恋人の仇に見られる可能性がある。行きたくなかったが、無視して不興を買った場合も怖かった。
テラノヴァにとっては関わった時点で負けの依頼に思えた。
しかたなく、町の富裕層が住んでいる地区にむかう。ひときわおおきな建物に入ると、謁見室に通された。
フル装備の歩哨がうろうろしている館のなかは居心地が悪かった。謁見の部屋で、あたまをさげて待つ。床に敷かれた赤い絨毯は紙のように薄く、膝が冷える。
とても長く感じた数分後、領主のクルトが供を連れて歩く音が聞こえた。
おもてをあげろと言われたので見る。玉座には30歳くらいの男、その左右に帯剣した騎士らしき男が二人いた。男たちの体格はよく、腕が太い。彼らの目つきはテラノヴァの一挙手一投足に注意をはらっていた。
領主のクルトが口を開いた。
「おまえがガリー・ヒイムを倒したと聞いた。きゃつの生首を見せてもらったが、たしかにあの男だったよ。そこでだ、最期をくわしく聞かせてくれ」
「はい」
領主の声は冷静だったが、わずかに声に熱がこもっている。それが怒りなのか好奇心なのか判断がつかない。
テラノヴァは必死であいての表情を読みとろうとした。うかつな発言は出来ない。顔色をうかがいながら、ガリー・ヒイムの家をたずねたところから話しはじめた。
槌の魔法で攻撃されて、危ない場面が何度もあったと話すと、クルトは深くうなずいた。
どうやら領主はガリー・ヒイムが強いほど満足するらしい。最後まで避けずに自滅したと言っては、機嫌を損ねる可能性があった。
テラノヴァは話を盛って魔法のうちあいを追加した。
かつて読んだ物語の登場人物にガリー・ヒイムに当てはめて、5種類ほど魔法を追加し、そこからネズミのごとく逃げ回ったと言った。魔力の差がおおきく、圧倒的に劣勢。最後のチャンスに紅蓮隕石を発動し、相殺された場面まで来た。
(やっぱり領主さまも、あの人を憎からず思っていたのかも……)
テラノヴァが苦戦するとクルトは身を乗り出し、なんどもうなずき、ときおり遠くを見て思い出にひたっていた。
彼は最後まで闘志を失わずに闘いぬいたと言うと、クルトは静かに目をとじた。
「そうか。やはり強かったか。昔から目をかけただけはある」
「はい」
最期まで堂々と魔法を受けとめた部分は嘘ではなかった。
「私が勝てたのは運がよかったからです。迷妄の杖が当たらなければ、きっと負けていました。あんなに強いガリー・ヒイムさまと戦えて光栄でした」
「ご苦労。改心しなかったのは残念だったが……これも運命か」
「……」
テラノヴァは黙ってあたまをさげた。あの愛欲日記の内容ほどではないだろうが、領主にもすくなからず思い入れがあるのだ。しばらく黙っていたクルトは、まじめな雰囲気になった。
「ところで
「……」
突然母親の名前を出されて、テラノヴァは押し黙った。意図をはかりかねる。
「やはりな。
「そうですか」
「我が父から、あなたの母の話をよく聞かされていた。父は妾の魔女を一番愛していたのだ。娘のあなたに金貨100万枚を相続させようとしたぐらいだ。その願いはかなえてやれないが、お母御が亡くなられて残念だ」
「私もそう思います」
他人事で話すクルトにいらだちを覚える。母親を処刑した男の血縁に言われると、なお腹が立った。
もし月の人のように分別がなければ、侮蔑的な言葉を言っていたかもしれなかった。
「どうだ、これは追加の褒美だが、その気があるなら代官の仕事をするがいい。南東の沿岸部は開拓が進んでいるが、指導者が不足している。あなたは同じ血筋で信頼できる。もしゆくなら援助するが、考えておいてくれ」
領主は領地をくれるという。
「ありがたいお言葉ですが、私は旅にでなくてはいけません。工房の休暇があと半年しか残っていませんし、代官になったらきっとどこにもゆけません」
即断で断る。
もし受けたなら、どんな場所に飛ばされるかわからない。それにこのさき、領主の血縁関係が生活にべったりとはりついてくる。おそらく孤独と自由からは程遠い生活になるだろう。
統治活動とは住民たちとの濃密な人間関係だ。
社会に深い影響があるため責任も重い。そんなものは背負いたくない。
「もし……ご褒美をいただけるのでしたら、ニューポート市にある墓地の所有権がほしいです」
「墓場などもらってどうする」
「母を静かに弔ってやりたいです」
「あそこには我が祖先代々の墓がある。全てはやれぬが一角だけなら便宜をはかろう」
「ありがとうございます」
謁見は終わった。このさき関わり合いになりませんように、そう祈って館を出た。人が嫌になったので、家に戻らず都市のそとに出て、荒野で野宿した。
コラリアの殻の渦巻きの中心から、模様の数をかぞえるという不毛な行為をしていると、そのうちまぶたが落ちてきた。
蟲のなき声や、夜行性の獣のさけびが、テントのそとから聞こえる。
その無垢な野蛮さが、いまは安心できた。
罪悪感の補充ついでに稼いだお金で、錬金術の道具を注文した。魔導遠心分離機や魔導蒸留器、魔導フラスコなど、作業を効率化できる器具を注文する。さらに高価な素材を注文すると、報酬は半分になった。
領主にもらったお金が気に入らなかったので、さらに散財した。杖用の各種木材、金属、魔物由来の素材、スクロール用の紙とインク──使おうと思えばいくらでも使えた。
木工職人の店にゆき、義足を2つ作ってもらう。ラーにはひどい目にあったが、不具にしっぱなしではかわいそうだった。こちらは完成まで時間がかかると言われたので、前金だけはらってお願いした。
昔作った装備のローン、素材の借金などを清算すると、テラノヴァは一日で金貨19000枚を使っていた。
テラノヴァと顔見知りだった獣人の素材屋の店員は、いつになく多い発注に首をかしげた。
「工房で大口の注文が入ったのですか?」
「いえ、私が個人で使います。賞金首をひとり捕まえましたから、そのひとの報奨金を使い切ろうと思いました」
「すごい! どんな悪党ですか?」
「魔導士のガリー・ヒイムです。この手配書の人です」
「うわぁ危なそうな人。陰険な目つきでこわい!」
「領主さまにただならぬ想いを持った魔導士のかたでした」
「ただならぬ想い!?」
店員が妙に興奮して話を聞きたがったので、愛欲日記の一部分をかいつまんで教えると、店員は顔を赤らめ口を塞いで、目を輝かせていた。さらに想いがすれ違った経緯などを、差しさわりがない程度に話す。
「愛を裏切られたお話だったのですね……」
「私にはわかりません。でもガリー・ヒイムさんが言っていたので、信ぴょう性は高いと思います。妄想でなければ、ですが」
「きっと愛しあう二人だったんですよ!」
「はい」
よほど機嫌をよくしたのか、注文を受けてくれた店員は、内緒で端数をまけてくれた。テラノヴァは礼を言ったが、逆におもしろい話を教えてくれたと感謝された。
#
ニューポート市の墓地に、頼んでいた小屋ができたと手紙がきた。
領主からもらった土地は、壁で区切られ、通路にそった正面の入り口からは墓、裏から入れば倉庫になっている。
クルトから転移魔法陣のある墓のとなりをもらった。そこに母親の墓石をたて、その裏にちいさな倉庫を作った。
テラノヴァは最初、実用目的で倉庫だけあればいいと思っていた。
死んだ母親を追悼するのは、自分の心のなかだけで十分。見える形にする必要はない。
しかし、墓を作る石工に説得されて考えを変えた。
罪人として処刑されたものが、名前を刻んだ墓をもてるなら、それが冤罪であればこそ、名誉の回復につながると言われたのだ。生きている人間の記憶は薄れる。しかし墓が残っていれば、それが重罪人ではなかったと判る。
テラノヴァはそのことばに納得した。今のままでは母親は、公衆の面前で処刑された超罪人だ。それが領主が眠る墓地のちかくに墓を持てたなら、もはや罪人ではない。
すくなくない金を払って、墓石と供養の儀式をたのんだ。
ふたたび旅に出る日がきた。
工房の人たちに別れをつげ、注文した荷物をうけとる。見送りにきたひとたちに、なんどもあたまを下げた。
リードは元気に手をふっていた。どこかなまめかしい素肌を感じて、テラノヴァは赤くなった。
馬車の駅で同行者がひとり待っていた。
「準備はいいですか?」
「はーい。馬車ってひさしぶりですね」
「クッションをしくと、お尻がいたくないです。これを使ってください」
仕事をやめてきたレーニがとなりに座った。
ニューポート市についたテラノヴァは、頼んでいた墓を確認し、レーニに手伝ってもらって、倉庫に荷物をつめた。
砂漠に戻るまえの日、簡単な葬式を行った。母親の宗派はわからず、そのような曖昧な条件で受けてくれる団体は、複合宗教施設のなかでもすくなかった。一般的に広まっているセア教の一司祭が、葬儀を行ってくれた。
簡単な葬式だったが、やってよかったと思った。
「テラノヴァさんのお母さん、喜んでいると思いますよ」
「はい。参列してくれてありがとうございました。お礼に食事をしにいきましょう」
「あまいものが食べたいです」
リクエストに応えて油で揚げた鳥肉に、オレンジをベースにしたソースをかけた料理をたべた。
「レーニさん、仕事をやめてよかったのですか? 私がゆくお屋敷は、かなり僻地にあります。気軽に買い物に行けなくなります」
「いいです。そんなにお金もありませんし、仕事も限界でしたし。肉体労働だけなら耐えられますけど、バカにされると無理でした」
「──」
「難しい文字が読めるって、当たりまえだったんですね。計算も早くできないと怒られます。仕事がおわってから、家で勉強していましたけど、忙しくなるとそれもできませんでした」
「ごめんなさい」
「テラノヴァさんは悪くないです。町に連れてきて、いろんなものを見せてくれました。あしたも、新しい場所に連れていってくれます。私、楽しみにしています」
あかるい笑顔を見せるレーニを見ると、こんどは罪悪感をいだかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます