第16話 賞金首を退治する配信

 両手に杖をもって、ならず者の家に近づいた。

 とびらのまえに立ったとき、


「入れ。愚か者」


 と内部から声が聞こえた。ふきげんそうな声だった。

 テラノヴァは腕にいるコラリアを見て、つぎに杖を見てからドアを引いた。


 殺風景な部屋だった。

 イスとテーブルだけがあり、そこにひとりの男が座っていた。黒髪に痩せ犬のような目つきをしている。手配書にあった顔だ。


「時々おまえのような命知らずがやってくる。悪逆な領主に従う、どうしようもない愚か者が、だ。だが俺は庭を汚したくない。さっさと消え失せろ」

「こんにちは、ガリー・ヒイムさん。ひとつ質問していいですか?」

「答える価値なんてない。この世界にも……」


『なかなか強そうなやつじゃねーか』

『なんかむずがゆくなってきた』


「ひとつだけ聞かせてください。お願いします」

「失せろ」


『そういうときは勝手に話をするんだ』

『切れ目なく言いつづけろ』


「はい……あなたの友達がまえの領主さまを暗殺したから、あなたは出奔したと聞きました。ですが私は、いまの領主さまがやったのではないと思っています。あなたも知っていたのではないですか? 出ていった本当の理由を教えてほしいです」


 触れられたくないクリティカルな質問だったらしく、みるみる憤怒の形相に変わってゆく。


「理由だと! ──あの薄汚い裏切り者が! 家族同士で殺しあうなど畜生にも劣る所業! だからおれは復讐してやった! おれがここにいるだけで、あいつの不実と不正が露呈する! おれはやつの喉元に突き立てられた正義の剣だ!」


 自分の言葉にヒートアップしていったガリー・ヒイムは、テーブルに拳を叩きつけた。

 うすいテーブルの天板がなんども叩かれ、ぐわんぐわんと揺れた。

 ひとまえにも関わらず、情緒不安定に歯茎をむき出して怒っている。明らかにアンガーマネジメントができていない。


「絶望に慄け! あさましい犬め!」


ドン、ドンドン、ドンドン!


『こわ』

『駅でこういう人見る』

『文脈がおかしいぞ。なんで逃げたら正義になるんだ』


(たしかに変です)


「落ち着いてください……私はあなたに真実を伝えたくて、ここにきました。じつは──」

「虚言をもって俺を惑わそうなど浅慮の極み。今すぐ始末するぞ!?」

「そんなつもりはありません。ですが、まえの領主さまを暗殺したのは、あなたの友達のクルトさまではないです。私は暗殺の現場をみました」

「なに……? 嘘を言うな!」


『マジかよはじめて聞いた』

『それも……嘘なんだよね……』


(うるさいです……静かに聞いてください)


「どうか聞いてください。話しおわったら帰りますから……お願いします」

「……いいだろう。有益な情報を得られるとは思えないが、言ってみろ」

「ありがとうございます。まえの領主さまは、館のなかで暗殺者に襲われたと言われていますが、本当はちがいます。馬車で移動しているときに、魔法で襲撃されたのです」


『サラ※※ヴォ事件だろ知ってる』

『力によって政治を変えようとするテロリストを許すな!』

『マジかよブルータス最低だな』


「暗殺の日、領主さまの馬車は館を出発して、板金通りを曲がりました。そのとき、赤い太陽のような魔法が、馬車にむかって放たれました。それが護衛の騎士さまのからだを貫通して、馬車のキャビンをもぎとりました」

「──」


「私はちかくで見ていました。すごくまぶしい赤い光が起こったあと、おおきな音と衝撃波でふき飛ばされました。目を開けたときは馬車の残骸と、バラバラになったからだの一部が、道路中に散らばっていました。私も魔導士の端くれなのでわかりますが、あれは紅蓮隕石の魔法です」

「なんだと……? 高位な魔導士が暗殺を行ったというのか。ありえん」


『ん?』

『おれ、暗殺者の正体に心当たりがあるんだ』


「確かに見ました。あの魔法を習得している人は、とても高齢で、地位のあるかたです。そのようなかたが暗殺をうけ負って、特定されやすい魔法を使うなんて考えられません。暗殺の汚名を被るほどのメリットがあると思えませんでした。もしクルトさまが暗殺を命令したとして、あのかたの知りあいに、そのような頼みを引き受けてくれる高位の魔導士はいましたか?」


「いるはずがない! おれが筆頭魔導士だったのだぞ。誇りある魔導士は、暗殺などうけ負ったりしない!」


 そうでもないと思ったが、指摘はしなかった。

 

「それを伝えたくて、私はここに来ました。クルトさまはやっていません。もしあのかたが無実なら、森をでて謝ってはどうですか? きっと不幸な行き違いがあったのだと思います」

「……」


 ガリー・ヒイムは黙った。目をさかんに動かしたあと、テーブルを叩いた。

 

「そんなことできるか! このおれが、間違っているはずがない。おまえもだ。おまえの話を裏付ける証拠がどこにある」

「ありません。ほかの目撃者を探せば、べつの視点からおなじ話をしてくれるでしょう。それに──」


「クルトさまが権力を奪ったとき、政敵を排除したと喧伝したのを、あなたは近くで見たはずです。貴族にはよくある政争だと知っています。そんな理由で出奔したのですか?」

「……敵対勢力に実力を知らしめる工作は、悪くない。あいつは分かってやったんだ。奇麗に生きようと言ったのに、汚い手段を使ったんだ。美しくない」


 ガリー・ヒイムはどうも潔癖なきらいが見てとれる。思いこみも強そうだ。


「もうひとつだけ、これも私事ですが伝えておきます。まえの領主ライモンドさまを殺したのは私です」

「何?」


『やっぱりな』

『こいつ人殺しかよ登録外します』


「ライモンドさまは私に暗殺者を送ってきました。あとから知ったのですが、遺産相続から私を外したかったからです。私はなんども襲われましたが、犯人を追って元凶をつきとめました。そのとき復讐の一端で、ニューポート市で破壊活動を行いましたが、それでライモンドさまが怒って、クルトさんを犯人と決めつけ、戦争の準備をはじめてしまいました。だから私は無理をして、魔法の杖を作って始末したのです」


「その話を信じるなら……お前は領主の血族なのか?」

「そうです。私の母は2つまえの領主の妾です。母は私のせいでライモンドさまに縛り首にされました。暗殺のついでに敵討ちもできてよかったです」

「信じられん」

「嘘はついていませんが、信じてくれなくても結構です。あなたが勘違いしたままだと可哀そうだと思ったので、話をしにきただけですから」


 ガリー・ヒイムは目を見開いた。あたまをかきむしって、テーブルを何度もたたいた。

 彼は信じはじめている。そして今までの行為が、単に愚かさを誇示していただけだと気づき、恥じ入っている。


「おまえが、おまえ……」

「私のせいにしないでください」

「うるさい!!」


 ガリー・ヒイムが魔法を作りだした。発動体の指輪がきらめき、中空に透明な魔法の槌が浮かんだ。

 魔力の槌で相手を潰す金剛撃。


 テラノヴァは正面のテーブルに向かって飛んだ。

 脚の隙間にもぐりこんだとき、背後で衝撃音。床の破片が飛びちっていた。


「……!」


 脚に向かって迷妄の杖をふる。魔力がゆらぎ、幻覚が相手をとらえる。 

 さらに衝撃音。小屋の壁が吹き飛び、ガリー・ヒイムがそとにでる。


「くそっ、くそども! お前らが悪いんだ」


 あたり構わず金剛撃を振りまわしている。テーブルがつぶされ、間一髪、同じ穴から飛び出してひき肉にならずにすんだ。

 

「みんなあなたを笑っています」


 効果の方向性をさだめてやる。


「黙れ! 笑うな! おまえがよけいなことをしたから、クルトはおかしくなったんだ!」


 狂乱の度合いが増してゆく。白い木が殴られて爆裂し、紫の中身が飛び散った。メリメリと音を立てて何本も倒れてゆく。

 彼は連続して魔法を生成している。それだけで非凡な魔法使いだとわかるが、正面から対峙すると、潰されて放射状のしみになる可能性が高かった。


「笑うな! なにが結婚だ! なにがあとつぎを作る領主の役目だ! おれがいるだけでは不満なのか! 領主の安定など結婚せずともできるだろうが!」


 幻覚に捕らわれた魔導士は、槌とともに、心の中に秘めていた言葉を絶叫していた。


「おれ以外と家族を作るなんて許さないぞ! おれだけいればいいんだ!」


 テラノヴァは逃げながら、ようやく本当の理由が分かった。

 いままで領主に寄りそってきた腹心は、部下以上の気持ちを持ってしまった。暗殺に対する抗議は表向きの理由、本音では自分の愛が裏切られたとでも思っていたのだろう。

 そして山にこもって自分は怒っているとアピールしている。


「うわ」


 人間らしい感情だといえば間違いはないが、理性ではなく感情を優先している。それがあまりに醜悪で矮小に見えた。

 罪悪感を得にきたのに、これでは倒したあとで爽快感さえ覚えてしまいそうだった。


『クソ※※※野郎で笑う』

『※※の痴情のもつれかよ』

『怖すぎる』


 横なぎの槌をかがんで避ける。真後ろにあった木が粉砕されて、破片が肩に飛んできた。


「コラリア……水渦鋸ストゥリディソー、連射!」


 攻撃と攻撃の合間──4本の触手が空間に円をなぞってうごく。

 回転する水がそこに生まれた。金属刃に匹敵するほど研ぎすまされた水刃が、細霧を残してガリー・ヒイムに飛んだ。


「むっ! クルトめおれを殺そうというのか!」


 彼はまだ、他者には見えない妄想を見ていた。

 タイミングをずらして連続発射した魔法を、ガリー・ヒイムは感知していた。そのまま不可視の槌で叩き落とそうとする。魔法が衝突し、干渉破裂が起こった。 

 槌と鋸の魔力片が、周囲に散弾のごとく飛散した。


「ひぇぇ」


 テラノヴァはふたたび木の影に飛んだ。風切り音をたてて魔力片があちこちにブスブスと刺さる。すぐに形状を維持できなくて消えてゆくが、破壊の痕跡は確かに残った。マントにもいくつか命中。魔法防御をかいくぐって、太ももに当たった破片が赤い穴をあけた。


「くっ……コラリア!」

「……!」


 ふたりの魔導士のあいだを、ウォーター丸鋸と半透明のハンマーが衝突しあう。

 回転方向に対応して、上面、側面と叩かれ、砕かれる。


「クルトめ! そんな木っ端騎士の突撃で、このおれをやれるか! おれは蝶だぞ! おまえを空につれ去る蝶だ!」


『多様性』

『笑い死にそう』


 ガリー・ヒイムは水渦鋸ストゥリディソーをことごとく迎撃した。にやにやと笑い、見えない相手を挑発していた。丸ノコ攻撃のあいまに投げた、状態異常を起こすポーションも、空中で破壊され、さらに揮発する気体を金剛撃をふりまわして流れを変えた。

 ふたりがかりで攻撃しているのに、すべて迎撃されている。狂っているが強い。


「来い! 卑怯者ども!」


 家の周囲の地形がかわりはじめた。

 さく裂した幹、何本も倒れた木、舞い散ったピンクの葉っぱ、えぐれた地面。

 そのなかに、テラノヴァは木に隠れながら周囲を移動し、ガリー・ヒイムは堂々と立っていた。


『気合で負けてるぞ。突撃しろ』

『油断せず削っていけ』


「惰弱な攻撃よ」

「うわ……!」


 彼のなかでは騎士たちと敵対しているはずなのに、目が追ってくる。

 病的な視線だった。

 空中に浮かんだ槌が、テラノヴァを誘導する。

 幹が交差して倒れた場所に追いつめられた。簡単には逃げられない。

 

「潰れて悔いよ。愚か者め」


 テラノヴァは使いたくなかったが、紅蓮隕石の破壊杖を引っ張りだした。持つだけで魔力が吸い取られる。できるだけ出力を高めて、振りおろされた槌にむかって隕石弾を撃った。

 槌が砕けた。隕石弾は地面をえぐりながらガリー・ヒイムに飛んでいった。


「赤い……!」


 声が聞こえた気がしたが、発射の反動で、木の幹にしたたか背中を打ちつけた。気管に圧力がかかり、息が吸えなくなる。


 ガリー・ヒイムは紅蓮隕石を止めていた。地面から魔力岩をもちあげて、両腕を突き出して対抗、形状が崩壊するまで耐えきった。


『あれ、とめられるやつっているんだ』 

『人間じゃないだろ……』


 まだ堂々と立っていた。にやにやと笑った口元からは血があふれ、片目は潰れている。破片をもろにあびて、服はどっぷりと血で染まり、足元に血の水たまりができている。身体はずたずただったが、幽鬼のごとく笑っていた。


「おれを、とめることなど、誰にもできん」


 やがてガリー・ヒイムは、前のめりに倒れた。


「なぜ、おれを、愛さ……」


 とめどなく血があふれていった。

 テラノヴァは起きあがった。倒れふした魔導士に視線を向けたまま、怪我治療ポーションを飲んだ。太ももの穴がふさがり、血が止まる。


「……あいてが錯乱していなければ、私が負けていました」


『倒せてえらい!』

『相手もよく頑張ったけど、避けなかったもんな』

 

 直立不動で魔法を迎撃する彼のすがたは、雄々しかった。しかし精神が混乱していたため、肉体がついていかなかった。彼は治療のポーションさえ飲まなかった。


 マントのほこりをはらう。コラリアのからだをひっくり返してみて、無事を確かめる。


「……証拠が必要です。いまから残虐な場面になりますので、注意してください」


 短剣をぬいてガリー・ヒイムのところにむかった。

 かぼそい吐息がきこえた。ほとんど死にかけている。強靭な魔力をもった一個体を、この世から消し去る躊躇がある。


「……」


 もっと話しあえば、説得できたかもしれない。迷妄の杖ではなくべつの手段をとっていれば、こんな事態にならなかったかもしれない。もっと共感できれば、もっと理解がすすめば、もっと、もっと、もっと──。


 いい感じに罪悪感がきまってきた。あたまのなかが罪の意識でいっぱいになり、悲しみを忘れられる。これがほしかった。


「恥部を暴いてしまってごめんなさい」


 ナイフを刺して、うごかした。


『うえ』

『画面隠した』


 不気味なピンク色の葉をつけた木も、サワサワと葉を揺らして悲しんでいる。

 切りとった生首を、布でくるんでかばんにしまった。

 身体のアンデッド化を防ぐために、腰の骨をくだいて、背骨からずらした。これでよくないものが入りこんでも、立ちあがれない。


「おわりました。もうみても大丈夫です」


『ミュートにしたら逆に怖かった』

『全部見ちゃったよ……』

『死んだやつに財産はいらねーだろ。家をあさろうぜ』


「身元を証明する品物があるかもしれません。家を見に行きましょう」


 居間はほとんど壊れていた。壊れた家具ばかりでめぼしい品物は見当たらない。寝室に続くドアは蝶番が半分はずれ、ななめになったドアがきいきいと鳴いていた。


 粗末なベッドに、ほとんどからの本棚。チェストのなかも汚れた服ばかり。

 モノを持たない隠者のような生活を、モノを蒐集する魔導士ができるだろうか。そんな性格の魔導士は知らない。きっとどこかに隠している。


「これ、つかえるかもしれません」


『なにそれ』

『みたことない杖だ』


「砂漠の館にいるときに研究しました。魔導士ゼーフントの研究成果から着想をえて、砂漠に起こる竜巻をつくる魔法を封じこめました。これで吹き飛ばして隠し場所をさがします」


『竜巻って強風ですむもんか?』


 杖をかまえ、できるだけ強度を弱く、持続時間を短くする。ひかえめな魔力をこめて、杖の魔法を使った。

 小規模な竜巻がベッドのうえで起こった。

 砂粒が生成されて、シーツをまきあげ、ベッドがくだけた。固定されていない家具が吸いこまれてゆく。内部で粉々の木片になった。

 テラノヴァは家のそとに逃げた。屋根を突きぬけた砂竜巻が、家を破壊していった。

 数十秒の竜巻は、屋根におおきな穴をあけ、柱を折り、壁の大部分をはがした。空のうえからがれきが降ってきて、テラノヴァは折れた木の下にかくれた。


「……ちょっと威力が高かったかもしれません」


『次はやるまえに考えような』

『あぶない』

『いつもの』


 降りしきる音がとまったあと、廃墟になった家にもどる。風通しがよくなり、家具や壁はほとんどなくなっていた。


「ありました」

 

 床板の一部がはがれて、金属製の床下収納が丸出しになっていた。扉がゆるんでいたので、力づくでひっぱると取れた。

 なかには破損したポーションの瓶がいくつか、こげ茶色の魔法のかばん、財布、そして分厚い本があった。

 調べてみると魔導書が3冊、タイトルのない装飾された赤い本が1冊。赤い本は鍵つきだった。

 それが目当てのモノだという予感がする。

 魔法で開錠し、どきどきしながらページを開いたテラノヴァは、文章を見て顔をゆがめた。


「うわ。ガリー・ヒイムさんの心性がかかれています」


 ガリー・ヒイムと領主クルトの性生活が、赤裸々に記されていた。ページをめくるとおたがいが少年のころから関係がはじまり、それがずっと続いている。ベッドのなかの睦言まで記してあった。


『読みあげて』

『聞きたい』


「──魔麗蝶マギーアパピヨンを野放しにしている、世間の考えなしたち。人類の値打ちを根絶やしにする愚行は、俺の手のなかで果てている美。俺とあいつだけの閉ざされた美」


「ああ、おれの災厄はおまえに出会ってしまったこと。おれの至福はおまえに抱かれている時間。家畜小屋につながれた心は、孕まされるたび天上へといざなわれ、喜びに変わる」


「俺は花瓶。おまえという花をいけられ、甘露をそそがれる花瓶」


『鳥肌が立った』

『他人の日記を世界にさらすのはやめろ』


「この文章、本当なのか妄想なのかわかりません……今の領主さまに確かめれば、真実がわかるかもしれません」


『やめろ。領主が恥ずかしい過去だと思っているなら危ないぞ』

『俺だったら秒で縛り首にするわ』

『出版して回し読みしよう』


「とにかく持って帰ります。証拠になるかもしれません」


 財布と魔導書、無事だったポーションを拾った。

 かばんには使用制限がかかっていたので、本人を確認する証拠になる。肩にかけた。


 家探しが終わってそとに出ると、ピンクの葉が舞い散っていた。

 まっすぐに立っていた樹木がねじれ、白い幹は茶色く縮こまってゆく。全体が急速に枯れはじめていた。


 主人の死に呼応して生命を失っている。魔力のバイパスが、ガリー・ヒイムとつながっていたのかもしれない。

 色あせてゆくピンクの森は、腐敗を連想させた。


 一本の木がメリメリと音を立てて倒れた。廃墟がつぶされた。

 テラノヴァは走った。森から出るまでに4回、下敷きになりかけた。


「無事に帰ってこれてよかったです」


『凱旋だ!』


 太陽が沈むまえに村に戻れた。

 走りつづけるために覚醒ポーションを飲んだが、効果が去ると、どっと疲れがやってくる。

 村に一軒だけある酒場兼宿屋に入った。


「おっ、見ろよ。朝に森に向かった冒険者だ。お早いお帰りじゃねえか!」

「追い返されて帰ってきたんだろ。また失敗かよ」


 酒場にいる客のほとんどは、村の住人だった。

 噂に飢えている彼らは、すでにテラノヴァが何者か全員が知っていた。カウンターにむかう背中を、揶揄と笑い声が追いかけてきた。無視して、店主に話しかける。


「一泊、お願いします」


 カウンターのむこうにいた中年の店主は、テラノヴァをじろじろとねめまわす。


「あんた、カネは払えるのかね? ガリーの住処に行ってたみたいだが、カネで許してもらったんだろ?」

「いえ、ちがいます。いくらですか?」

「驚いた。ってことはべつの方法で勘弁してもらったんだな。ははあ……あんたは女特有の方法で許してもらったな!」


 店主の大声に、ほかの客は色めきたった。


「なんだぁ? このおかたは魔導士じゃなくて娼婦だったか!」

「よう、俺っちが買ってやろうか。何なら家に泊めてやるぜ。母ちゃんが嫉妬して追い出すかもしれねえけどよ」


 農民たちがどっと笑った。

 テラノヴァは苦笑した。きっと彼らに悪意はない。こういう方法でしかコミュニケーションをとれないのだ。


『すげぇー』

『未開人みたいな感性でうれしくなってきた』


「いくらですか?」

「素泊まりで銀貨7枚。朝夕の食付きなら金貨1枚だ」

「素泊まりでお願いします」

「念のために言っておくが、うちで客をとったりするんじゃないぞ。店の品位が下がるからな」


 店主は半笑いで言ってウインクした。どう見ても薄汚れた宿で、品位などありはしないと思えたが、おとなしくうなずいた。

 テラノヴァの背中を、にやにやとした視線が追う。


 部屋に入るとすぐに施錠ロックの魔法をかける。悪ふざけで部屋のなかにまで入ってきかねない連中だ。民度としては月の人と同じくらいだろう。薄い毛織物がしかれた寝床にマントを脱いで寝転がる。じっとしていると心が落ち着いてゆく。


 紅蓮隕石の破壊杖をつかうほどの、命の危険は久しぶりだった。大量の魔力をすいとられ、虚脱感が残っている。


「もっと魔力を高めないと、ほんとうに死んでしまうかもしれません……」


『うんうん』

『必要なのは判断力定期』


 魔力を高めるために脊髄に埋め込んでいる魔金のリングを、増やす必要があるかもしれない。それを考えると恐怖だった。

 ひとつつけるだけで、術後の痛みで2週間ちかく泣き叫び、ふたつめをつけるときは、その1ヶ月まえから鬱になったのだから。


(魔金はこのあたりじゃ売ってないから──探しにいかないと──)


 考えながら目を閉じていると、眠気がやってくる。


「今日は、ここで……おわります……」


 配信球が床にことりと落ちたとき、すでに深く寝入っていた。


 #


 深夜、ふと人の気配がしたので目がさめた。暗い部屋のなか、廊下からわずかに足音が聞こえる。テラノヴァは起きあがろうとしたが、とびらのまえにはコラリアがいるのを思い出し、安心して目を閉じた。足音がとまり、とびらを前後にゆらす音がした。


(むりやりあけないでください……なかに入ると……コラリアに、殺されます)


 半分眠りながらあたまのなかで警告をした。結局、とびらは開かず、足音がとおざかっていった。


 翌朝、表通りの騒々しい話し声でテラノヴァは起きた。

 村民たちが宿の玄関に集まって、何やら話をしている。こういう経験は以前にもあった。あのときは余計な仕事をおしつけられそうになったので、今回は気にせず、部屋で乾燥ベリーを出して朝食にした。


 さわやかな酸味と凝縮された甘味が、寝覚めの身体にしみわたる。

 殻から出たコラリアの真上から落とすと、上手に触手でキャッチして口元に運んでいった。


「上手。もうひとつ、はい」


 こんどは触手のうえがわで受けとめた。すべすべした触手のうえで、ベリーがまっすぐ立っていた。 


「すごいすごい」


 ぺちぺちと拍手をする。


 ドンドンドン──!


 ドアがノックされた。


「あんた、起きてるか!」

「起きてます」

「そとに出てこい。話を聞かせてくれ。おい、早くしろ!」

「はあ」


 テラノヴァはベッドから起きた。特に用事はないので行かない。コラリアが2本の長い触手を伸ばしたので、順番にベリーを落とすと、うまく空中で捕まえた。またとびらを叩く音がする。

 行きたくはないが、マントのしわを伸ばしてからそとに出た。


 ドアの前では酒場のおやじが待っていた。


「遅い!! さっさと来い。それから説明しろ!」

「わかりました」


 テラノヴァは配信球を浮かべた。

 入り口のあたりに着いたとき、月の人に説明する。


「村人が私をリンチしに集まっているので、その光景をいっしょに見ましょう」


『!?』

『笑った。いきなり何言ってんだ』

『穏やかじゃないな……』


 酒場からでると、村民が数十人も集まっていた。

 大体の視線は一方向を見て、残りはテラノヴァを見た。親父がつばをとばして吠える。


「見ろ。いつもは赤い森が、今日になったらなくなってやがる。まさかガリー・ヒイムがここに来るんじゃないだろうな」

「そうに違いないよ! あんたが咥えこんで、村に呼んだろ!」

「説明しろ! 何をした!」


 必死な顔の村人たちがつめよってくる。いまにも殴りかかってきそうだ。


「落ち着け皆の衆。この小娘は愚かな悪人かもしれんが、罪を償う機会は与えねばならん。だから村長の儂が、まずは代表して話を聞く。それでよいな」


 初老の男がテラノヴァを見た。髪と髭に白いものが混じっている。


「おまえさんに説明してやるが、この村はガリー・ヒイムに食いものをわたしている。手出しされない代わりに、一か月に一度、食料をわたす約束だ。あの赤い森があるから、あいつがそこにいるとわかって、みなが安心できるんだ。だが、今日は森がなくなっておる。なぜだ? 怒らせたのか? あいつが機嫌を損ねて村にくるかもしれん。何をしたんだ!」

「そうだ! 言いやがれ!」

「そうだ! そうだ!」


 村人たちがまた騒ぎ始めた。こどもたちは石を拾って、今にも投げつけそうな表情で睨んでいる。


『典型的な愚民で笑う』

『土人をぶっ殺そうぜ!』

『目が血走ってるわ……』


「何を心配しているのかわかりませんが、ガリー・ヒイムさんはここには来ません」

「なぜそう言い切れる!」

「なぜって、私が殺したからです」

「なんだと? おまえみたいなやつが、どうやってあの恐ろしい魔導士を殺せるというんだ。嘘をつくな!」

「そうだ!」

「嘘つきが!」

 

 子供が投げた石がマントに当たって落ちた。住民たちは口々に暴言を吐き、月の人たちは笑っていた。

 かばんを開き、防水布の包みを取り出した。

 それを解いたときに、おぉ、と騒めきが起こった。

 血の匂いがたちこめる。テラノヴァは生首の髪をつかんで持ちあげ、村長にみせた。


「証拠です」


 村人たちがよく知っている顔だった。村を襲って、食料を奪ってゆく悪党が、血がこびりついた顔で眠そうに目を閉じている。村に張り付いていた寄生虫のような男が、斬首されていた。


「あんたがやったのか……!?」

「そのために来たと知っているでしょう」


 石を投げたこどもが泣いて母親のスカートにしがみついた。母親はこどもをかばいながら、そそくさと立ち去った。

 村長はバツが悪そうに目をふせたが、顔をあげたときはにっこりと笑っていた。


「あんたも人が悪いな。最初からそう言ってくれればよかったじゃないか、ええ?」

「この集まりはどういう目的ですか?」

「いや気にしないでくれ。あんた、細かいことを気にしちゃいけないよ。あんたはこの村を救ってくれた! おまえたち、この英雄に礼を言え!」

「すげえなぁ! あんたたいしたもんだ!」

「おれはやると思ってたぜ!」

「英雄万歳! 英雄万歳!」


 こういうものだろうとテラノヴァは思った。無知と偏見がはびこっている小規模な社会では、権力者の一言で風見鶏のごとく評価がかわる。

 そして尾ひれがついた話題となって、日常のなかで消費されてゆくのだ。もういいと思ったが、月の人がさらに先を求めていた。


『誤魔化されるな。詳しく聞け』


「それで、この集まりはどういう目的ですか? 農具をもっているかたもいますが、まさか私を私刑にかけようとしていたのですか?」

「もうすんだ話だろう。それよりも祝いをしなくちゃな。悪党が倒されたんだ!」


(もういいでしょう。帰ります)


『もっと詰めろ。いま詰めないでどうするんだよ(##### → 金貨1枚 銀貨4枚に変換)』

『まだ遊べる』

『せっかく道徳的な優位をとったんだ。もうすこし会話がみたい』


 月の人の道徳観念は村人と近いらしい。テラノヴァに言わせたい悪辣な言葉をどんどん課金して送ってくる。そのなかからひとつを選んだ。


「正直に話して謝るならば、水に流そうと思っていました。ですが、とぼけるのなら私にも考えがあります。……私の質問に答える気がないなら、私がガリー・ヒイムのかわりに暴れましょうか? 何軒か家をつぶせば、謝る気になりますか?」


 テラノヴァはいやいやながら杖を手に持った。蜘蛛の巣の杖だが、村人たちには恐ろしい攻撃魔法をはなつ武器に見えたのだろう。村長は顔を青ざめ、酒場のおやじは蒼白になっていた。みなが黙りこくる。


「……すまん。儂らの勘違いだった。許してくれ。このとおりだ。殺さないでくれ」

「悪かったよ」


 村長を筆頭に、皆があたまをさげた。月の人は喜んだが、テラノヴァはひたすら居心地が悪かった。


「許します。すこしは考えてから行動してください」

「ああ……すまなかった」


(これ普段、私が月の人から言われてる言葉ですけど……ふざけないでください) 


『笑いがとまらん』

『いいものがみれた』


 月の人たちは村人とテラノヴァを同時に馬鹿にして遊んでいた。つくづく性格が悪いと思った。しかしエロティシズムとグロテスクを楽しみにしている闘技場の観客のような民度のひとが、配信を見にきてくれているのだから、そのような感性が普通だった。

 

 月の人との会話もそこそこに、馬車の停留所にむかう。

 一日一回しかない乗りあい馬車に乗り遅れたくなかった。


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