第11話 昆虫人間を犯す配信
その日の夜、ラーは伽藍外郭で目をさました。
「……?」
「ラー、オキタ」
異母姉妹のムーがそばで座っていた。心配そうにじっと見つめている。
ラーはどのような状況なのか、わからなかった。からだが痛い。とくに脚に鈍痛が走りつづける。起きあがろうとしたが、ちからがはいらなかった。
「ワタシ……」
あたまがぼんやりとして、思考できない。何かを思い出そうとしても、目覚めた自分がいるとしかわからなかった。
ムーがたどたどしく話しはじめた。
「ラー、カミサマ、ヨブ。サー・B、シンダ。ミンナ、シンダ」
「カミサマ……?」
「オボエテル、ナイ?」
「カミサマ……チシキ……」
とても大切なものがうしなわれた気がして、さみしくなった。
神様のおかげで視野がひろがり、物事の奥深くまで考えられた。悪いことをした敵もたおした。何人もたおした。
だが、誰を、どのように? いまやその理由さえ思い出せない。もやがかかり、昔のように単純な思考しかできない。
「ラー、ケガ、アシ」
「ア……」
ムーに背中をおこされる。両脚がひざ下からなくなっていた。背中の空虚な感覚は、羽の喪失。
昆虫形態になっても、後脚がなければかなり不自由だ。
「ウウ……」
「ラー、ドレイ、セワ、スル」
ラーはしばらく泣いた。ムーが離れていったので、そばにいてほしいと思ったが、それを的確にあらわせる言葉がわからなかった。もう思考がひろがる爽快感はない。万能感はうしなわれた。
ラーひとりで泣いた。そのうち泣き疲れて、いつのまにか眠っていた。
脚の熱と痛みでもだえながら。
#
「以前は失敗をしましたが、今回はあいてが生きています。エロ配信を楽しみにしていた月の人のために、がんばってきます」
『うんうん』
『やったーエロの時間だ!』
『傷害ックスか……興奮してきたな。血まみれになろうぜ』
「まずは伽藍に忍びこみます。ワーレディバグの数がへったので、簡単です」
ドーナツ型をした外郭の通路を歩く。真っ暗だったがコラリアと視界を共有しているため、問題なく進める。
たくさん転がっていた死体は片づけられていた。絨毯のうえでは監督ワーレディバグが丸まって寝ていた。一匹一匹がスペースを広く使っている。
裏口のちかくにラーがいた。ひとりだけ離れて寝ていた。
びっしりと汗をかいて、うなされている。
黄土色の樹液のおおわれた傷口は、樹液のむこうに生々しいピンク色がすけて見えた。
「傷口がひらくといけないので、もうすこし治します。血まみれでやると汚れます」
『あまりグロいのはね……』
『血が出すぎると死んじゃうかもしれないし』
『おれは血まみれがいい。相手が苦しんでいるほうが興奮する(##### → 金貨2枚 銀貨9枚に変換)』
「アウラングアウトさん、ありがとうございます。相変わらず嗜虐心がつよくて感心します。血まみれはできませんが、苦しめるという点では期待にそえるかもしれません」
夜空のローブをめくる。ちょうどよかったのでそれを使って樹液をぬぐった。
「グギ……」
ラーの顔がゆがんだ。
おおいがとれて、じわりと血がにじみはじめる。テラノヴァは効果のつよい怪我治療ポーションをそこにかけた。うすい皮膜がはり、皮膚がつくりだされ、むきだしの骨と筋肉、血管などをおおってゆく。片足の治療が終わった。切断面は皮膚に覆われ、わずかに厚みもできている。
「ウ……ドレイ……?」
ラーが目をさました。
「あなたを治療しにきました。もう片方の脚も治します」
「ウグ、イタイ……イヤ……」
「我慢してください」
左足の樹液をぬぐい、再びポーションをかける。
「ウアア……」
傷がふさがり、ラーの表情がやすらかになる。ゆっくりとした呼吸になった。
「イタイ……ナイ……」
「ええ」
「ドレイ……アタマ、ナオス、シテ」
迷妄の杖でなぐりまくったおかげで、神の影響は残っていない。ほどよく思考がにごり、いつもの片言で思考力のとぼしいワーレディバグにもどっていた。言動を見るかぎり、まだ効果が残っている。
ふたなりポーションをのむ。
絨毯のうえで見あげていたラーは、テラノヴァが下着をおろしたとき、驚愕に目をみひらいた。
しばらくあと。
「……終わってみると、ワーレディバグたちも人間とおなじくらい、かわいく思えます。魔物に共感する日が来るなんて、思いませんでした」
『お疲れ様。すごい対戦だった』
『今度は覚醒ポーションを飲んで、デスアクメバトルをしてほしい』
『おつノヴァ~』
ポーション2本分、8時間に及ぶ性交で、伽藍にはむせかえるほどの性臭が立ちこめていた。
伽藍のまえでは指示をあおぎに来たモグラの魔物が、10匹ちかく待っていた。テラノヴァがそとに出ると、キュイキュイと鳴き、どうしたらいいのかたずねている。
「いつも通り朝食にしてください。それが終わったら休憩です。ラーがそう言ってます」
そうはいったものの、言葉が通じない。フェロモンで誘導もできない。
テラノヴァは食べる仕草と、寝る仕草をした。モグラたちは理解したのか、それとも腹がへりすぎたのか、倉庫に芋をとりに行った。監督が起きてこないためか、いつもの3倍ほどの量を引っ張りだしていた。
「そうだ。お風呂に入りたいです。お風呂を準備しろってラーが言ってました」
せっせと芋をはこび出す一匹を捕まえて、露天風呂を指さす。爪をつかんだモグラの魔物はしばらくテラノヴァを見上げていたが、鳴き声をあげて地上に歩いていった。
しばらくすると湯の運搬がはじまり、風呂の準備ができた。失神していたラーを抱きあげて、湯船にもってゆく。
「ア……」
ラーが目をさました。
「おはようございます。いっしょにお風呂に入りましょう。モグラたちがわかしてくれました」
「ウン……オマエ、ツヨイ。コドモ、デキル。ウレシイ」
ラーがはにかんだ笑みを見せた。親愛のまなざしで見てくる。それはつがいを見る視線だった。
「は、はい」
不妊だとは言えなかった。取り返しのつかない勘違いをさせてしまった。
ワーレディバグはオスがいない状況になると、人間と交わって数を増やすが、テラノヴァがなまじ絶倫だったため、精力のつよい子供が生まれると期待させてしまった。
(やっぱり生殖能力は必要です……)
魔物あいてなのに、期待を裏切ってしまい悲しくなる。悲しさはテラノヴァがもっとも忌避する感情。ラーを持ちながら、いたたまれない気持ちになった。
風呂に入っていると、ほかのワーレディバグも目をさまし、いっしょにからだを洗った。みな、妙に従順である。奴隷とも呼ばれない。
「お風呂からあがったら、海岸まで送ってくれませんか?」
「……ココ、イル、ナイ?」
「私は旅の途中です。ずっとここにはいられません。でも、今度またよります」
「ウン」
ラーはあっさりと引き受けてくれた。彼女のなかでは家長の言葉は絶対。ピラミッド型の支配体制の頂点からの命令だった。
奴隷から伴侶にランクアップしたため、ラーがほかのワーレディバグにたのんで、運んでくれた。
地面におりて手を離すとき、ワーレディバグは髪の匂いをかいでいった。
「ありがとうございました」
「ウン。クル、マツ」
「私のことは気にしないですごしてください……」
「……ウン」
羽音をたてて戻っていった。テラノヴァは配信球をつけた。
「今日からまた、楽しい旅の配信です。海岸線を歩きましょう」
配信球にむかってそう言う。しばらくあと、月の人の嘆きにまみれたコメントが送られてきた。
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