第8話 はじめてコラボ配信をしたら殺しあいになった


 シュアン市の万国ばんこく動物博覧会は、さまざまなパビリオンで地域ごとの動植物や、生きた魔物、亜人デミおりにいれられて展示されていた。博覧会は2か月間つづき、連日、何かしらのコンテストが行われていた。

 大会は大小さまざまで、ちいさいほどに和気あいあいと進んでゆく。

 

 テラノヴァはその一部門、ヒュージスクワイアコンテストに参加した。

 従魔のおおきさや体重の重さ、美しさを競うコンテストだ。

 基本的にからだがおおきいほうが有利なので、期待される従魔は大蛇、ゴーレム(ゴーレムは生体部品を使った自律式のみ許されている)、巨人、ロック鳥、竜族、トレント、戦象などだ。遠目からわかる体躯たいくをもった存在が望まれている。


 テラノヴァはとまっている酒場で、コンテストにでると伝えると、酒場のおやじが情報を教えてくれた。


「ここ最近は常連ばかりが上位をしめているから、目新しさがないなぁ。あんたもでるなら、珍しい生き物じゃないと勝つのは難しいぞ」

「泡のようにちいさな魔物しか持っていません」

「それでよく出場する気になったな……つぎの大会でがんばりな」

 

 酒場のおやじはテラノヴァが記念出場するだけだと考えていた。


「まぁ仕方ねえよ。魔導士のあんたなら知ってるだろうが、でかい魔物を使うのは難しいんだろ?」

「はい」

 

 巨大な魔物はたいていが、人間の生存に適さない場所に住んでおり、捕獲するだけでも多大な労力が必要だった。運よく見つけても、それと信頼関係をむすんだり、魔力で躾けたり、力で服従させるには、相応の実力がないと不可能だった。


「南の国から聞こえてくるうわさじゃ、多頭龍ハイドラ巨人タイタンが戦争に使われたらしい」

「へぇー、興味があります」

「実際に傭兵で参加したやつから聞いたんだがな。そいつは要人の家族の護衛を任されていたんだ。で、今まさに街から逃げだそうって時に、城壁のちかくで突然、戦闘が起こったんだ。通用門をひらいているときに、城壁をのりこえてきたハイドラの首が、内側にむけてブレスを吹いたんだ」

「──」


「そいつはたまたま壁の影にいたから、直撃は受けなかったんだと。でも周りじゃ火だるまになった人間たちが、火の小悪魔ファイアインプみたいに真っ黒になって、燃えているんだ。そいつの仲間たちは、ポーションを飲もうにも顔が溶けちまってるし、胸が焼けて声もだせねえから、ふらふらって歩いた後、無言で倒れたんだ」

「ひどい話です」

「まったくだ。驚きだったのがその多頭龍ハイドラを使っていたのが、そう、あんたくらいの女の子だったってんだ。普通の方法じゃ、若いやつが多頭龍ハイドラなんて使えないよな」

「はい。契約するまえに食べられます。興味深いお話です」


 よほどの恵まれた才能がなければ、龍の一種なんて制御できない。

 テラノヴァは脊髄に魔道具をうめこんで魔力を増強しているが、支配するにはとても足りない。何らかの方法があるのだろうか。

 酒場でのんでいたほかの魔導士たちも、話を聞いてカウンター席にあつまってきた。


「誰が使役していたのか、くわしく話してくれ。召喚士か? 魔物使いか?」

「魔物を集めて部隊を作ったといっていたな。そんな国力があるなら、魔物を使わなくても戦争に勝てるだろう」

「具体的な地域を教えてくれ。確かめてくる」


「まあ、まて。一気に話しかけるな」


 酒場のおやじはテラノヴァのまえを離れて、金払いがよさそうな魔導士たちのためにスペースを移動した。


「傭兵の話じゃ、その子は魔物使いだったらしいぞ」

「魔物使い!? どうやって多頭龍ハイドラを飼いならしたんだ」

「そこまではわからん。これもうわさだが、南の国では特定の魔物を支配する方法があるらしい」


「本当か! いったいどうやったんだ!」

「さあなあ。戦争をやっているならよ、そういう技術があるって嘘をついて、優位に見せることもあるだろ。ただ、多頭龍ハイドラ巨人タイタンを使ったのは本当らしい。ほかにも見た傭兵が何人かやってきた」

「ううむ……あたらしい技術があるのか」

「あんたらには残念なはなしだろうが、その多頭龍ハイドラは騎士団ひとつと相打ちになったそうだぞ。その女の子も死んじまっただろうな」

「もったいない……」

「ああ、惜しい」


 魔導士たちは口々に残念がっている。

 基本的に魔導士は使い魔や従魔が好きだ。

 魔力を共有し、愛情をもってかわいがる。精神の一部を使い魔にうつして、偵察につかう魔法などは、おたがいの信頼がなければ起動しない。

 ゆえに傷ついたり死んだりしたら、魂をもぎとられるように悲しい。

 それは魔物使いでも同様だ。


 巨大な龍をうしなえば、喪失感も巨大だ。あとを追って自殺したくなるレベルだろう。テラノヴァもその気持ちがわかった。

 ちいさなコラリアの触手がちぎれ、殻にひびが入ったとき、圧倒的な罪悪感と悲しみがあった。

 何匹も魔物を使役するならば、心の強さが必要になる。おなじレベルで愛情をそそぎ、そして全員をうしなったときの衝撃は、分割ではなく数倍だ。

 

 べつの話題がはじまっていたが、テラノヴァはカウンターで鳥のあしをかじりながら、そんなことを考えていた。


 大会当日、配信球をつけた。


「今日は魔物をくらべるコンテストに出ます。もうすぐ開場です」


『久しぶりの配信だと思ったら、なんだこれ? 知らない町だぞ』

『すげえ人。なんかの祭り?』


「博覧会だそうです。毎日イベントがあって、私が出場するのは、ヒュージスクワイアコンテスト、からだのおおきな魔物が有利な大会です」


『ええ……なにやってんの』

『コラリアで挑戦するのは蛮勇すぎる。よくはじかれなかったな』


「コラリアを信じて見ていてください」


『テラノヴァちゃんよりは信頼できるが……』

『他人事なのに胃が痛くなってきた』

『共感性羞恥……』


「時間でーす。番号順に並んでくださーい」


 受付のひとが選手をよんでいる。競技場につながる通路に案内された。

 網目模様の門のむこうに舞台がみえる。

 天井の高い通路には、魔物使いや魔導士たちが、パートナーと並んでいる。テラノヴァは列の最後尾についた。

 

 目の前にはおおきな魔物たちがいた。

 6メートルの氷白コブラを先頭に、4.5メートルのレッサーブレイズドラゴン、クルミトレント7,8メートル、重牙マンモス9メートル、黒爪サソリ5メートル──背が高いか横にひろい生き物たちが通路にいた。

 テラノヴァの腕にくっついているクラーケンの幼生は20センチ。


『象いいなぁ乗りたい』

『金属っぽいサソリかっけぇー』

『ここを見るだけでもう勝利は無理っぽくて吹く』


 あまりに場違いな出場者に、月の人だけでなく、出場者も違和感をおぼえたのか、テラノヴァのまえにいる老魔導士が声をかけてきた。


「お嬢さん、会場を間違っていないかね? ここはヒュージスクワイアコンテストだよ」

「あってます」

「しかし……その子はあまりにちいさく思うが……ふむ。まちがっているのでなければ、何か秘策があるのだね?」

「はい」


 そう答えると、老魔導士はほほえんだ。舞台のうえでは演出がゆるされている。


「そうかそうか、楽しみにしておるよ」

「ええ。あなたも……ごかつやく、ください」

「ははは、そうしよう」


 老魔導士のとなりでは、ルビーのごとく赤い針を背中にはやした、紅玉針ヤマアラシがいる。からだをうごかすと、しゃらしゃらと針が鳴った。

 3メートルの体格があるため、いかにも恐ろしい。


『そいつを怒らせて無効試合にしろ』

『2足歩行の狐がかわいい。服を着ているし、デカ人外女みたいで興奮する』

『したにクルミが落ちている。ひろって食おうぜ』


 相変わらずの低民度コメントに、緊張が消えて安心をおぼえた。

 

 コンテストが始まった。魔物たちは舞台で芸を披露したり、種族の特徴をあらわしたポージングしたり、魅力をアピールしている。


 戦像がふとい金属の棒を鼻でまげた。レッサードラゴンが空になげた水晶魚をブレスで蒸発させた。

 拍手の音が通路に聞こえる。


「それではさきに行ってきますよ」

「がんばってください」


 老魔導士を見送ると、つぎはテラノヴァの番だ。

 大勢の観客が見ている。いまさら緊張してきた。舞台ではヤマアラシが針を逆立て、老魔導士がつくりだした氷を、針をうちだして反響させ、音楽をつくっていた。


 テラノヴァの名前が呼ばれた。舞台のまんなかに立つ。

 腕からコラリアを舞台におくと、さわさわとざわめきが聞こえ、笑い声も聞こえた。


「ちっさくて見えないぞー!」


『行けー!』

『がんばれ!』

『見るのがつらくなってきた……』


 あたまを下げた。2本の触手にポーションのびんを持たせる。テラノヴァは小走りで舞台から降りた。


「飲んで」


 コラリアが触手でふたをあけ、器用にかたむけて飲んでゆく。

 観客と審査員たちは微笑ましくながめていた。空になったポーションの瓶が転がる。


 会場に、ドクンと心臓の音がひびいた。観客たちは何事かと見回す。またひびく。こんどはさらにおおきく、大地が胎動したような音だった。


「見ろ」

  

 観客のひとりが言った。

 鼓動にあわせて、コラリアの身体がおおきくなっていく。丸い殻がねじ曲がり、水平にひきのばされた。

 ピンク色のからだが縦にながく成長してゆく。背中からあたまにかけて、血のように赤い装甲におおわれた。海龍のように長いからだは、とがった背びれがいくつも生えた。骨と骨のあいだに薄ピンク色の膜が張った。


 伸長した尾の先端にも、サメのような尾びれがついた。船乗りに恐れられるサーペントよりも、さらに危険な魔物であるクラーケンが、いまやからだをねじらせて、巨大化してゆく。

 舞台の染みのようちいさかったコラリアが、ふちぎりぎりでとぐろを巻いている。

 瞳だけでも人間よりおおきい。


「すげぇー」

「うおお……てぇしたもんだ!」


 審査員たちは唖然あぜんとし、観客は度肝どぎもを抜かれて歓声をあげた。


 グルゥゥゥゥゥル


 すでに審査を終えた魔物たちは、威嚇の声をあげていた。クルミトレントが主人を守ろうとまえに出た。氷白コブラがおびえて主人の背中にからだを隠した。


 コラリアが口元にはえた触手をのばし、テラノヴァの身体を巻きとって、もちあげた。空中からはコロシアムがよく見えた。

 空を指さす。コラリアがからだをのばして空をあおぐ。


「コラリア、夜海の霧ネブーロマーロノクト


 太陽が遮られた。

 コラリアが将来おぼえる予定の魔法で、会場がおおわれる。局地的に夜のごとく薄暗くなった。白い霧が降りてきて、コラリアの長大なシルエットをつつんだ。

 舞台のうえでは、ながい影がうねっている。


「おぉーお」


 歓声があがった。これぞまさに、霧のなかでクラーケンが船を襲うときに見る光景。観客はそれを体験しているのだ。


「すげぇ……」

「船を沈めるって伝説があるが、本当にできそうだ」


 ひらひらと霧のなかで動く触手は、いかにも不吉で、恐怖を連想させた。さらに発動した水の魔法が霧を切りさき、きらびやかな死の使者のすがたを観客に見せた。霧から伸びた触手何本かが、観客の目のまえにきて、爪の生えた先端をゆらした。


 なまめかしいピンク色の触手に、観客はみとれていた。

 時間にして2分もたっていないだろう。

 霧が晴れてゆく。急速にコラリアの体積が縮んでいった。


 舞台の上にはテラノヴァと、肩にくっついたコラリアだけが、残っていた。


「以上です」


 テラノヴァはあたまを下げた。

 一呼吸遅れて観客たちは拍手を送った。審査員たちも拍手している。


(見ましたか? このためにポーションを作りました)


『やるじゃん』

『思ったよりもすごい』

『いいところまで行けそう』


(どうしても欲しい賞品がありました。お金を借りて、素材を用意したかいがありました)


『借金してて笑う』


 通路に戻ると、老魔導士やほかの出場者が、通路でむかえてくれた。


「きみ、すごい演出じゃないか」

「いまのはたまげたなぁ……成長のポーションかね?」

「先見姿見のポーションです」

「なにっ! 作るだけでも大変だろうに、おしげもなく使うなんて、どこかの専属魔導士かね?」


 口々にほめられてくすぐったい。

 テラノヴァは先見姿見ポーションをつくるために、金貨3000枚を使った。

 その効果は、テラノヴァの魔力をかてとして、100年先の成長したすがたを先取りさせる。


 素材をきりつめたので、あらゆる効果時間が短かったが、審査時間にさえ効けばよかった。

 

 しばらくのち、結果が発表された。

 観客と審査員の投票で点数がつけられ、上位5名が名前をよばれた。テラノヴァは1位の栄誉をうけとった。


 観客も審査員も喜んでいた。観客は珍しい生き物が好きだった。

 審査員はマンネリの予兆があったコンテストに、あたらしい刺激がきたと喜んだ。そして豪華な賞品を用意したかいがあったと、演説で自画自賛した。


 壇上にあがったテラノヴァは、コラリアとのなれそめを聞かれた。緊張しつつ声を出す。


「ランダムにパートナーが召喚される、従魔召喚のスクロールをつくりました。それを読んだときから、ずっといっしょです。いちどは命を助けられたこともある、大切な仲間です……これからも大切にします」


 そういって話を終えた。

 拍手が起こり、恥ずかしさが限界になったため、フードをかぶって逃げるように降りた。

 そのまま閉会式が終わるまで会場のすみで待機して、ほかの出場者と挨拶しあったあと、コロシアムの外に出た。

 夕焼けが目に眩しい。

 心地よい疲労感がからだに残っていた。


「人前に出るのは恥ずかしかったですけど、勝ててよかったです」


『おめでとう!』

『よくやった』

『うんうん』

『すごい』

『えらい』

『嬉しそうでかわいい』


 いつもはゴミのような意見をよこす月の人たちが、珍しくほめてくれていた。素直に喜びを分かち合う。

 よく見れば見知った名前が少ない。新規に見にきてくれたのだろう。魔導模造生命マギ・シュミラクラの通知を見ると、溜まっていて段になっていた。


(登録者が 5000人を超えました。おめでとうございます!)

(登録者が10000人を超えました。おめでとうございます!)

(登録者が15000人を超えました。おめでとうございます!)


(近しい趣向をもった仲間とコラボをしてみませんか? お互いの登録者を増やす効果が期待できます。あなたへのオススメを知りたい場合は魔導模造生命マギ・シュミラクラに尋ねてみてください!)


(登録者が20000人を超えました。おめでとうございます!)

 


「あらためて、応援してくれてありがとうございました。どうしてもお屋敷がほしかったのでうれしいです。これで夢が果たせます」


 ヒュージスクワイアコンテストの優勝賞品は、僻地にある屋敷だった。

 ニビア砂漠、別名人呑じんどん砂漠をこえたさきに、かつて魔導士が住んでいた屋敷がある。彼は数年前になくなって、あとをつぐ弟子もいなかったため、大会運営が魔術ギルドから買いあげて賞品とした。

 その権利書がいま、テラノヴァの手にあった。


『おめでとう!』

『どのくらい広いのか早く見たい』

『どんな夢があったの?』


 テラノヴァは周囲を見回した。会話を聞かれるような人は近くにいない。不純な動機をきかれて、幻滅される心配もない。

 

「じつは誰もいない場所で、ひとりで引きこもる予定でした。ベッドで一日中すごします。趣味の魔道具作成をずーっとやります。それから、ポーションを作ったり、コラリアの殻の模様をかぞえてみたり、そういう生活をおくりたいです」


『うんうん、独りで居たいときもあるよね』

『そんな理由か……後ろ向きすぎるだろ』

『そんな使い方でいいのか?』


「なのでつぎの配信は、いえ、配信は当分のあいだ、砂漠の旅です。屋敷の場所はここから1,2ヶ月はかかる距離にあるって聞きました」


『ぐえー。エロ配信はどこ? 一週間に1回はエロ配信する役目でしょ』

『雑談配信でもいいだろ』

『エロ配信はおあずけか。くやしいけど仕方ないな』

『アドヴァイスするけど、ほかのチャンネルはダンジョンを攻略したり、有名人同士でコラボしたりしているのに、ここはエロ以外地味なコンテンツが多い。魔物の映像もグロいばっかりで気持ち悪いし、もっとプロ意識をもってほしい』


 ひきこもりに賛否両論なコメントのなかに、長文感想があった。テラノヴァが薄々感じていた事を発言していた。


「私のほかにも、配信をしているかたがいるのですか?」


『いるぞ。「自称勇者のダンジョンアタック」がすき』

『「強くてかわいいペットと一緒にお気楽冒険」をときどき見てる』

『おれは「異教徒処刑配信」だな。普通に殺人が見れるから最高だぞ』


「面白そうです。くわしく教えてください」


 月の人が長文で教えてくれる。

 どれも興味ぶかく、特化した趣向で月の人にうったえかける内容だった。


「そんなにおもしろそうな配信があるのに、私を見に来てくれてうれしいです」


『急になに言ってんだ』

『エロはすくないから……』


 しかし、疑問があった。配信には魔力が必要だ。配信球を起動しているだけで、うっすらと魔力を吸い取られてゆく。ほかのエネルギーで代用できるのだろうか。


「配信はみんな魔導士のかたが、やっているのですか?」


『違う。撮影担当がいる。そのひとが魔力持ち』

『演者と裏方だよ』

『ソロはテラノヴァちゃん以外見たことない』


「なるほど。数人でやれば、月の人たちを楽しませるアイディアも出やすいでしょう。みなさん工夫なさって良いと思います」


『私は無関係ですみたいな反応やめろ』


 感心していると課金された赤い塊が視界に映った。


『異教徒処刑配信はほとんどソロだぞ。夜中に異教徒の※※人の村を襲って一人ずつ殺すんだ。見つかったら殺されるから緊張感がすごい。このあいだなんか劣※人種の村を夜に襲って全員殺した。テラノヴァの配信は魔物をたくさん殺すから俺は見ているが、異教徒処刑配信と共通点を感じるからコラボしてほしい。(##### → 金貨3枚 銀貨1枚に変換)』


「うわ」


『うわ』


 熱量を感じるコメントだった。発言者を見ると、よく犯罪じみたコメントをしている月の人だ。

 変換不能なのか、公序良俗に反する内容なのか、いくつかの固有名詞が判読不能になっている。


「アウラングアウトさん、ありがとうございます。そんな殺人鬼のかたと一緒になったら、私は殺されてしまいます。でも機会があったら配信しているかたを、遠くから見てみたいです」


 やんわりとコラボを断る。

 他人との接触による精神の摩耗まもうは高い。

 他人といるだけで精神力が回復する人もいれば、独りでいないとストレスで消耗する人もいる。


 テラノヴァは後者だった。

 他人と関わるより、ひとりきりでベッドのうえですごして、スライムのように溶けて、だらだらしていたい。


『配信者なら、この街にもひとりいるよ。「シエの世直し本舗」ってチャンネル。悪い貴族から財産を盗んで、貧民に配るかなり危ないチャンネル』


「悪い人から財産を奪う……あっ追いはぎのかたですか? 私も半日だけやったことがありますので、親近感がわきました。今から見に行きたいと思いますので、場所を教えてください」


『会いに行くのはいいと思うけど、相手に配信者ってバレたら、どんな反応されるかわかんねーぞ』

『向こうは正義の人だから、気をつけな』

『絶対相性がわりーよ』


「私は賞金首ではありません。どんなかたか見るだけで、すぐに帰りますし、心配しなくても大丈夫です」


 教えられた商店街の一角に、壮麗な2階建ての店があった。

 外装はあたらしく、たてたばかりでかなり金持ちに見える。

 店のなかにはいると、清潔感のあるにおいがした。たなには石鹸や香水、香油がおかれ、ほかにも装飾の入った銀の食器や、実用性がなさそうな華美な調理器具が置いている。品ぞろえとしては質屋に似ているが、月の人によれば雑貨屋らしい。


 店内はそれなりに客がいた。身なりのいい人物が多い。服装からして商人か、どこかの屋敷にやとわれた使用人だろう。

 カウンターでは黒髪で猫耳をはやした獣人が、店番をしていた。微笑んでいるが、どこか猜疑心の強さを感じる目つきだった。


(あれが配信者のかたですか?)


 小声でつぶやく。


『あの猫耳は撮影担当のピーノセアーノ。たまにメインに出てきて襲撃の計画を説明したり、盗んできた商品の紹介とかしてる』

『シエはいないな。配信もしてない』


(気の強そうなかたです。月の人が言った話なので、信ぴょう性がないと思っていましたが、本当にいました)


『は? 信用してなかったのかよ』

『かなしい』

『ころすぞ』


(値札がありません。貴族の屋敷から盗んできた品物なら、きっと高価ですし、私が買うには分不相応な品物ばかりです。あっ、この石鹸はイドリーブ市からの輸入品です。ペンギンの絵が描かれています)


『見れてよかったね』

『コラボしましょうって話しかけろ』

『犯罪者あいてには最初が肝心だ。第一声は人格否定からいけ』


(うるさいです。どうするかは私が決めますから、静かにしてください)


 #


 小声でひとりごとをつぶやくテラノヴァを、店主のピーノセアーノはじっと見ていた。人間よりも聴覚にすぐれるねこみみは、配信やら信ぴょう性がないやらと、テラノヴァの声をききとっていた。


「なんだあいつ。強盗じゃないのか」


 あの客は様子がおかしい。

 商品を手にとらず、買う気配もない。

 魔導士の格好をしているが、ピーノセアーノの直感は、万引き犯に類する存在だとつげている。決定的な証拠はないが、ときどき周囲の様子をうかがっている仕草も、またあやしい。


「商品の補充がいるから、シエにつたえてきて」


 見習いの子供にそう言う。反社がきたから援軍にこい、と言う意味である。そのままじっと監視する。表面上はおだやかに、しかし内心では敵意をもって見つめる。


 シエとともに店を開いたとき、みかじめ料を要求するチンピラや、商品をせしめようとする貴族崩れ、不当な譲歩をもとめてくるライバル商人などが、ひっきりなしに店をおとずれた。それらをすべてをシエとともに、勇気で退しりぞけてきた。

 

「ただいま、どうしたんだい?」


 黒髪の青年が店内に入ってきた。カウンターのとなりにならぶ。彼はシエ。年齢はピーノセアーノの4つ上の20歳。一見すると兄妹に見えそうだが、おたがい大切に思いあうパートナーだ。


「あの黒いマントの子、おかしいわ。へんなひとりごとを言ってるし、こっちをうかがってる」

「ふーん、ちょっと確認してみる」


 シエは模倣魔法のリストから、深層鑑定を選んだ。これを使えば相手の年齢、性別、職業など、身分が開示される。

 そっと魔法を発動した。不可視の巻物が縦にひらいた。


  名前:テラノヴァ

  年齢:16

  肉体的性別:女

  称号:同族を狩りし者

  職業:魔導士ソーサラーレベル39

  所属:イドリーブ市魔術ギルド

  賞罰:なし

                       』

 

「同族を狩りし者……? なんだこの称号」

「シエ、何か見えたの?」

「あの子を確認してみたけど、同族を狩りし者っていう、おかしな称号がついていたんだ。でも賞罰はないし、犯罪者ではないと思うけど……」


 ピーノセアーノはあたまがいっぱいになった。思ったとおり、あの子は犯罪者だった。店を守らないといけない。


「それって人殺しって意味よ。シエ、どうにかして」

「待ってくれ。何が目的か見極めよう。もしかしたら貴族がうしろについているかもしれない」

「そんなにゆっくりしていてまた失敗する気なの? あなたはすごい力を持っているのに、決断が遅いから、ほかの人にあなどられるの。私を守ってくれるって約束を思い出して。おねがい、はやくどうにかして」

「……わかった。心配かけてごめんね」

「ううん……頼りにしてます」


 ようやくうごいてくれた。

 ピーノセアーノはシエの背中を見送りながら、ちいさくほほえんだ。彼の人がいい点は美徳だが、そればかりでは厳しい世界でやっていけない。もっとすなおに言うことを聞いて、気持ちによりそって、決断力をアップデートしてほしい。

 強いのだから、しっかり方向性を示してあげないといけなかった。


(私が決めてあげないと、何もできないんだから)


 そういう信頼をふくんだほほえみだった。


 #


「きみ、ちょっとこっちに来てくれないか?」


 テラノヴァが店のおくにある巨大な壺を見ていた時、突然肩をつかまれた。ビクリと身体をふるわせて、うしろをふり返る。黒髪の青年がたっていた。気配を感じなかった。おどろいて言葉につまり、何かいうまえに、あいてが機先を制した。


「僕は副店長のシエだ。きみに話を聞きたいから、おくの部屋まで来てほしい……大事にはしたくない」

「ここで言ってくださって構いません。何でしょうか?」


 ほかの客が何事かと視線をおくってくる。


「きみは人殺しだな。それに、ああ、それにこの魔力──きみも配信者だね。おおかたぼくたちの店に何かして、それを配信しようと思ってきたんだろう」

「いえ、違います」

「その態度は図星か……きみが叩き出される場面を、視聴者に見せたくないだろう。おとなしく出ていけ」


『あっ、向こうも配信を始めた』

『一方的に悪者にされるかもしれないぞ。きちんと説明したほうがいい』

『迷惑系だと思われてて吹く。どうせ勘違いされているんだから、そのままやれ』


 シエの身体越しに見えるカウンターの向こうでは、ピーノセアーノが配信球を浮かばせている。

 さらにクロスボウをカウンターに置いた。

 小鳥くらいしか捕れなさそうなミニサイズだったが、護身用ならば毒や麻痺が付与されているはず。ピーノセアーノはすでに愛嬌を消しさり、きつい表情でにらんでくる。


 事態が深刻化してゆく。はやくこの場から逃げ出したくなった。


「聞いてください。私は配信者さんが、どんなかたか見にきただけです。ほかに用事はありませんから、もう帰ります」

「……ああ、ああ──なるほど。コメントのみんなありがとうね。きみは大会で優勝したのか。それができるなら、もっとまっとうな方法で配信しなよ」

「あの──」


 シエがテラノヴァを指さしながら、言葉をさえぎった。


「わざわざこんなところに来て、おたがい不愉快な思いをしても、しょうがないだろう。わかるかい?」

「見にきただけです……」

「まいったなぁ。その取りつくろいはよくないよ。きみがすべき行動は、真摯しんしに反省して、みんなに謝ることだよ。わかるかい?」


『もう出よう。コラボは無理だ』

『なんだこのオ※※野郎。上から目線で決めつけて気にいらねえ。ぶっ殺そうぜ!』

『とにかく帰ろ』


 カウンターの奥からピーノセアーノが叫んだ。


「こっちはあなたが人殺しだって知ってるのよ! 早く出ていって! この街でも人を殺すつもりで来たんでしょ! この人殺し!」

「ち、ちがっ」


 明らかに客に聞かせるために大声を出している。その声で客たちが護身用の武装に手をのばした。

 従者らしき男は短剣を、商人の連れている護衛は、剣呑な長剣に手をかけた。

 やってくるのは敵意の視線。会場で向けられた賞賛とはちがう。


「うわ……このテラノヴァって魔導士は、ヒュージスクワイア大会でいかさまをして優勝してます! 幻惑魔法でお客さんをだましてます! この街の名誉をけがして、腹のなかで笑っています! とんでもないやつです!」


 ピーノセアーノがカウンターの裏からまくしたてる。一度雰囲気をつくられると、悪感情が蔓延してゆく。


『まずいぞ。向こうの配信であることないこと書きこまれている』

 

「しかも子供を誘拐して、べつの町で売り飛ばしています! 大勢に追いかけられて逃げだした証拠がのこっています!」


「誘拐された被害者は1人や2人じゃなくて10人単位です。この犯罪者がここに来るって、友達が警告してくれましたけど、本当でした!」


 甲高い声だった。

 向こうの配信で教えられた情報を、そのまま読みあげているのだろう。

 まちがっているし、針小棒大に拡大された情報だったが、信ぴょう性など確かめずに、客に聞かせている。あっというまに悪人に仕立てあげられた。


「おい、来てもらおうか。衛兵につきだしてやる」

「この町でも誘拐しようってか。許さねえぞ」


 客たちがつめよってくる。メイドは恐怖の視線でテラノヴァをみて、従者や護衛はキッとにらんできた。


「そんなことをした覚えはないです」

「うるさい! 騙されないで! 賞金首にならないように、卑劣に隠れていたんでしょう! シエの力がこの悪党の秘密をさらけ出しました。人殺し! あなたみたいな悪人が、いつまでも逃げて居られてると思っていたの!? ここにいる正義の人たちが、あなたを許しません!」


 自分のことばに酔っているような、怒涛のたたみかけだった。

 テラノヴァの配信にも、シエを見ている月の人が発言をしてくる。


『子供に手を出す犯罪者が息すんな』

『シエ様に凸ったくせに、言い返せないクソ雑魚で笑うわ。早く捕まって』

『負け犬乙。逮捕されろ』


 それに見知った名前の月の人たちが、応戦している。


『※※マ野郎のシエ信者がコメントしてきやがった。配信者だけでなく視聴者も※カ※野郎だぜ』

『平地トロールをやったときみたいに、そいつらもぶっ殺してくれ! (##### → 金貨2枚 銀貨9枚に変換)』

『人間を殺すところがみたい! (##### → 金貨2枚 銀貨9枚に変換)』

『血まみれで死ぬ姿がみたい、たのむよ。オ※ニーしながら見てるから、たのむよ。(##### → 金貨1枚 銀貨3枚に変換)』


「……」


 コロシアムでひいきの剣闘士を応援する観客の気持ちがわかった。乱れ飛ぶ課金コメントの、ほとんど全部が、殺戮を求めていた。

 いまの状況をどう対処するかと考えつつも、自分の配信の視聴者層が、かぎりなくゴミに近い現状は、自分のせいなのかと現実逃避して考えた。


「わかりました。私を犯罪者扱いするなら、その期待に応えます」


 紅蓮隕石の破壊杖をとりだす。しかしかばんのなかばまで引き抜いたとき、杖をつかむ感覚がきえた。


「えっ?」


 なぜかシエが杖を持っている。


「危ない武器はあずからせてもらったよ」


 手のなかに残る魔力の痕跡。入れ替えの魔術ではない。引きよせでもない。おそらく転移系の強奪魔法だろう。武装を奪われては、丸裸とおなじだ。


「こいつ武器を取り出そうとしました! みなさんやっつけてください!」

「よし、おれが捕まえてやる!」


 護衛のひとりが、ずいとまえにでた。筋肉をアピールした胸当て、ツーブロックの短い髪。いかにも戦士あがりの傭兵だ。

 素手で殴られただけで殺されそうだが、いちおう生け捕りにする気はあるのか、さやにいれたままの剣を、肩にかついでいる。

 

 人垣が逃がさぬとばかりに通路に立ちふさがっており、陳列棚も入り組んでいて避けられない。武器を奪われたいまは、甘んじて殴打を受けるしかない。テラノヴァはもういちど、蜘蛛の巣の杖をつかんだ。


「よっと。ダメだよ」


 これもまたシエに奪われる。両手に杖を持ったシエが、軽く肩をすくめた。


「抵抗はしないでほしい。痛い目に合わせたくないんだ」

「へへへ、なんだよ変なうごきしやがって。オラァ!」

「げっ」

 

 剣のさやが腹にめりこんだ。そのまま背後の陳列棚に激突。棚板がへし折れ、商品の陶器ばらばらとこぼれて、あたまにぶつかった。


「く……ぐっ……」


 胃がちぎれそうな痛みだった。口を開けているだけで、勝手によだれがわきだし、くちびるをつたってゆく。

 その苦しんでいる様子が、べつの事態を誘発した。


「オラァ!」

 

 蹴りを見舞われた。

 暴力行為を目にした傍観者は、暴力が許されるあいてだとわかると、参加しないと「損」だと思った。


 殺到した客たちは、倒れているテラノヴァに大量の蹴りをあびせた。簡単に暴力をふるえるあいてに熱狂した。


「この人殺し野郎!」

「死ね! 死ね!」


「がっ……! げっ……!」


 コラリアをかばって丸くなるが、脱穀される穀物のごとく踏みつけられる。

 痛みは我慢できるが、それは怪我をしないという意味ではない。

 蹴られ、踏みつけられ、やがて筋肉が断裂し、骨が折れる。燃えるような鈍痛がはしった。

 内臓が不気味に痛む。

 攻撃者が疲れるまで、あるいは満足するまでストンプはつづいた。


 シエとピーノセアーノはその様子を、カウンターのそばからながめていた。ふたりは穏やかな笑みを浮かべている。配信球がとなりに浮かんでいる。


「また悪を退治したわ」

「うん、みんなに任せてしまったけど、結果的にはこれでよかったと思う」

「シエはやさしすぎるわ。悪意を持った敵を見逃すと、大切なひとをまもれなくなってしまうの。だからあんな人殺しは、ここで止めたほうがいいわ。私たちのためだけじゃなくて、みんなの幸せになるから……」


「ピーノセアーノは頭がいいな……ぼくが考えもしなかったことを教えてくれる。いつもありがとう」

「当たりまえのことをしただけだから……っ! もう!」

「ふふふ」

「そろそろ悪人をそとに放りだしましょ。みなさーん、そいつをそとに出してください。街のみんなにも、犯罪者のすがたを見てもらいましょう」

「おお、そうだ! 引きまわしてやる!」


 リンチされた悪人が、生きているのか死んでいるのかわからないが、ピーノセアーノにとってはどちらでもよかった。愛するシエと大事なお店が守られた。それが最優先なのだから。シエの配信も、もりあがっていた。


『やったぁ!』

『ざまぁぁぁぁぁ! ざまぁぁぁぁぁぁ!』

『悪人が成敗されてスカっとした!』

『二度と犯罪ができないように叩きのめせ!』


 シエの配信を見に来る視聴者は、勧善懲悪が好きだ。

 単純ともいえるが、善の立場からの糾弾を好む。ピーノセアーノもその気持ちがよくわかる。

 なにより社会正義が大切。

 いまボロクズになっている卑怯な犯罪者などは、法律がゆるしても、自分たちがゆるさない。正義のおこない、それにのっとった義憤こそが、世のなかを変えるのだ。 

 

 悪徳商人からカネを盗んだときも、貴族の家から美術品を奪ったときも、富の再分配でより大きな善がなされた。社会がよくなった。


「いい気味よ」


 シエのおかげで、善良な客たちのおかげで、みんなのおかげで善がなされる。

 ピーノセアーノはとくに性犯罪者が嫌いだった。テラノヴァは子供に手を出していると視聴者は言っている。

 同性ゆえに、余計にゆるせなかった。裏切り者だからだ。


「道を開けてくれぇ。こいつをそとにおん出してやる」


 店のおくから声が聞こえ、客の一人がさがろうとしたとき、陳列棚に肘がぶつかった。石鹸のはいった籠が落ちて、ゆかに散らばった。


「おっと。すまんな」


 その客は照れくさそうに拾おうとした。シエが近寄って手伝おうとしている。


「おまえ、何をやってるんだ!」


 めったに聞かないシエの怒号とともに、その客のかがんだ後頭部に、赤黒い杖がふりおろされた。


 ボグン


「シエ!?」


 あたまの鉢がつぶれる音がした。

 シエは倒れた客のあたまを、なんどもなんども杖で殴った。ビチッ、ビチッと血が飛びちり、かたい頭蓋骨が陥没して、脳がはみだした。まだシエはとまらない。ふりおろされるたびに、ガボッ、ガボッと湿った音をたてた。


「ひいいい!」


 ほかの客たちがどっと離れた。


「店を壊したな! この! この! 許さないぞ!」

「シエやめて! どうしたのよ!」

「こいつ店を壊したんだよ! 大事なピーノセアーノの店を壊したんだ! こんなやつ許せるか!」

「……シエ!?」


 明らかに異常だった。温厚で気弱で、なんでも言うことを聞いてくれたシエはそこになく、まるで野蛮人バーバリアンのごとく狂乱している。すでに死んでいるあいてを、執拗に殴っている。


「フーッ、フーッ!」

「うわああああ!」


 豹変ひょうへんしたシエに恐れをなして、戦闘能力をもたない客たちが、出口を目指して走る。それがさらに商品を落として、シエの攻撃衝動に火をつけた。


「またやったな! やっつけてやる!」


 目が充血し、歯茎をむき出しにした狂気的な表情だった。

 杖をにぎりしめ、模倣魔法、氷の止命矢が波紋をえがいて空中にいくつも生成され、客たちに発射された。


「えごっ!」


 きらびやかな衣装の客の胸に、腕ほどもあるつららがささった。背中から飛び出した先端は、薄紅色の細い血をまとわりつかせて貫通、さらに後ろの客に命中した。


「めぎ!」


 年取った商人は、血まみれのつららをちいさな盾で避けたものの、運悪く、くだけた氷の先端が、眼球に入った。ナイフほどのかけらは、明らかに脳に達しているが、それを抜こうとしている商人は元気で、生命への執念を感じさせる。


「店主殿!? おのれ!」


 テラノヴァの腹を殴った護衛は、主人の危機を守るため、今度こそ白刃を抜きはなった。とぎすまされた闘気が奔流となり、シエのはなった模倣魔法の発射魔法陣を空中で四散させる。


「シエ、危ない!」

「小娘が!」


 シエの背後から男に向けて矢が飛んだ。男も同時に奥義をはなった。

 煌天剛風剣。

 真空のやいばが矢を両断し、ピーノセアーノを斬った。

 赤い血がとびちる。


 はからずも、これは煌天剛風剣が編み出された故事を、再現した光景になった。

 ある剣聖が、空中を飛んでいる天使を斬りたいとおもったとき、裂ぱくの気合で剣をふった。

 彼が予想だにしない真空のやいばが生成され、両断された天使が夕焼けのなかで、キラキラと血液をまきちらしながら墜落した。

 ピーノセアーノはうつくしく血液を散らしていた。


「ピーノセアーノ! こいつ!」 

「ぐむっ」


 膝に氷を受けた男は、それでも剣を振った。二度目の奥義は、魔力の盾に減衰され、シエの腕を傷つけただけで終わった。

 シエは怒り狂った。護衛は倒れ、客たちはシエを倒すしか生きる道がないと理解し、いきりたって応戦した。店内は修羅のちまたと化していた。


 #


「……あぶなかったです」


 一種の安全地帯になった店内のおくで、テラノヴァは怪我治療のポーションを飲んでいた。

 高濃度の薬効で、折れた骨やちぎれた筋肉がつながり、内出血や破裂しかけていた内臓が治された。


「一時はどうなる事かと思いましたが、生き残れてよかったです」


『殺されたかと思った』

『みんなほっとしてる』

『危ねぇー。何やってんだよしっかりしろ』


「効果がでるまで、思ったよりも時間がかかりました。この乱闘はどちらが勝つかわかりませんが、程よいところで参加しましょう」


『何が起こっているのか説明してくれ』

『すげえことになってるけど、逃げるんじゃなくて参加するのかよ』


「この乱闘の原因は、シエさんが奪った紅蓮隕石の破壊杖です。あの杖は見ているだけで破壊衝動が起こりますが、シエさんは直接手に持ちました。平静ならいいですが、怒ったりイラついたりすると、感情が増幅されて血に飢えた獣になってしまいます。客たちも怒った状態で杖を見たので、破壊を求める暴徒になりました」

 

『こわっ』

『笑った。呪いの杖かよ』

『あまり心配させないでくれ』

『最後の一人になるまで終わらないんじゃないか?』


「はい。最後に私が残ればいいです。思い知らせてあげましょう」


『好戦的ィー』

『殺されかけたんだから、慈悲をかける必要はねーよな……』

『第三者視点で見るとなかなか迫力がある。客がどんどん死んでるが、シエも結構がんばってる』


 ちかくに倒れていた椅子を起こし、すわって見物する。フードをふかくかぶって、目立たないようにした。

 混沌とした店内の戦いは、まだつづいている。

 月の人たちと見物する。


 彼らがいう「同時視聴」というコンテンツらしかった。


「あの護衛のかた、お腹に何本も氷が刺さっているのに、まだ立っています……あっ、ちぎれた……」


『すげー! 上半身だけでしがみついて、シエの背中を刺しまくってる。あいつのファンになりそう』

『上半身マンがんばれっ、て思ったらもう死んだ』

『爆笑』


 コメントのなかにはシエの配信からきた月の人たちの、悲痛なうったえもあった。


『シエが殺されちゃう! はやく助けて!』

『お願いです! たのむからとめてください! シエさんとピーノセアーノさんの配信が大好きなんです。ここの配信に迷惑をかけたことは、本当に申し訳ないと思っています。だからどうか、この戦いをやめさせてください! このような暴力を喜ばない人間もいるのだと、どうかわかって下さい!』

『止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ』


『荒らしにきた※※※野郎が何か言ってる』 

『推しの配信を最期まで見れて幸せだろ! 楽しめよ!』


 月の人たちは盛りあがっている。怒号と悲鳴が聞こえる店内もにぎやかだ。


 テラノヴァはひとりだけすみっこで、観戦しながら状況をかえりみた。

 怪我はなおったが、フード付きのマントは踏みあとがついている。痛みの記憶は鮮明だ。犯罪者扱いされた冤罪えんざいの恥もすすいでいない。

 それらの有害な記憶を消すために、そろそろ参戦してもいい。


「行きます」


 麻痺のポーションを2本取り出した。台風が通過したあとのような店内に、まだ戦っている一塊の集団にむけてまき散らした。

 ねっとりとした薬液が揮発し、生き残っていた7人の客と、血まみれのシエが、霧につつまれた。


 つぎつぎに四肢を硬直させて倒れてゆく。喧騒がとまり、店内は急に静まりかえった。

 砕けたガラスを踏みしだく音だけになった。まだ熱気の残っている戦闘の跡地に、血だまりができている。

 こと切れた死体をのりこえてゆくと、麻痺した客たちが倒れていた。

 みな浅からぬ傷をうけている。

 テラノヴァは順番に、首にきりこみをいれていった。目だけで殺さないでと訴えた客もいたが、半殺しの目にあったあとでは、生かしておく理由もなかった。


「……」

 

 首を刺されたメイドが、流れてゆく自分の血を凝視していた。

 シエのもとにゆき、蜘蛛の巣の杖と紅蓮隕石の破壊杖を取りにゆく。


「……」


 まだ闘志がやどったシエの腕は、麻痺してもなお握力を残していた。

 指をはがそうにも固着していてうごかない。テラノヴァは早々にあきらめ、短剣で指を根元から切断した。ブラッドソーセージのように床にことり、ことりと落ちていった。


 シエの血走った眼球が虚空をにらんでいる。すさまじい精神のパワー。まだ生きているが、気力が尽きたとき、おそらくシエは死ぬだろう。

 たくさんの傷で、服が血で染まっていた。


『助けてください! お願いします! お願いします!! お願いします!!!』


 シエびいきの月の人のコメントが見えた。すぐに治療すれば助かるかもしれない。


「助けてあげたいですが、ポーションがありません。残念です」


 そう言って断り、歩きだす。


『助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!』

『助けろよ! ふざけんな! このキ※※※!』


「残念です」


 シエをまたいで通りこしてゆくと、最期の吐息が背中からきこえた。

 かたかたと音が聞こえる。何かがゆれる音。近づいてみるとカウンターの裏では、肩を斬られたピーノセアーノが、両腕を抱いてしゃがみこんでいた。猫耳が力なくたれている。配信球がピーノセアーノの正面に浮かんでいた。

 

「こんなのいやだ……私のせいじゃない……私のせいじゃない……」


 ぶつぶつとひとりごとをつぶやいている。彼女の配信球から、逃げて、逃げてと読みあげ機能が話していた。そばにゆくと、おびえた目が見上げた。


「う……あ……ごめんなさい、ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったの。お金、あげるから許して……殺さないで」


『殺っちまえ!』

『もちろん見逃したりしないよな? 信じてるからな』

『許してください。やめてください』


「……わかりました、見逃します」

「あ、あ、ありがとう……!」


『は? 登録外すわ』

『ありえね』

『やったぁ!』


「でも、私の仲間が怒っています。コラリア、水撃槌アクアクラッシングブロウ

「そんな──」


 脚を指さすと、背中に隠れていたコラリアが触手をのばした。

 ふりあげられた水の槌は、判決に使われるガベルのように、ピーノセアーノの両脚に叩きつけられた。

 建物が揺れた。床板が抜けたその先で、挫滅した少女の両脚がジャムのようにつぶれていた。


「ふぐうッ……ぎゃああああ! あし! わた、あじっ! あああ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁ!」


『やったぁぁぁぁぁ!』

『何かやってくれると思ってた! たまんねぇぜ!』

『良い悲鳴でいっぱい出た(##### → 銀貨2枚に変換)』

『最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪最悪死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』

『こんなひどいコラボはじめて見た』


「ヒッー、ヒッー、ヒッヒッ、ヒッー、ヒッー」


 ピーノセアーノが激しい呼吸をくりかえしている。

 まるで吐息にあわせて激痛をはきだそうと試みているようだ。

 しかし治療もしくは死がおとずれるまで、痛みの源泉はつきない。

 傷口は潰れているが、圧迫で破壊されたため、傷口からは血がほとんど出ていなかった。

 こぽこぽと音を立てて、つぎの水撃槌アクアクラッシングブロウの水があつまりはじめる。


「コラリア、そのままがまん」


 主人を傷つけられた従魔は、たいていの場合怒り狂う。魔力でつながっているため、自己保存の本能が主人にも適用され、かけがえのない半身として認識されているからだ。

 抑えきれない怒りが、テラノヴァにも伝わっていた。


「ただ会いに来ただけで、こんなことになって残念です。ほんとうにごめんなさい」

「ヒィー……ヒィー……」

「お店がぼろぼろになっていますが、ひとりで修理できますか? いえ、見逃しては危ないです。今楽にしてあげます」

「ひゃめ」

「コラリア、いいよ」


 再びの衝撃音。床が抜けて、天井から木くずが落ちてきた。顔面をおしつぶされたピーノセアーノにほこりが落ちていった。


「心配させてごめんね」


 コラリアはふだんよりも強く、触手を腕にからませていた。


『やっぱり人が死ぬ配信は最高だな』


 ほどなくして、ピーノセアーノの配信球が床におちた。それを空中でつかまえる。そのままにすると誰が拾うかわからないので、かばんにしまった。


 店のそとは騒ぎを聞いた市民たちが、人垣をつくっている。

 テラノヴァがそとに出ると、ざわざわと顔をみあわせ、かけよってくる。


「あんた、なかはどうなっているんだ」

「わかりません……いきなり店主さんが暴れ出して、そこから喧嘩がはじまりました。私も殴られて、さっきまで失神していました」

「それで、いまはどうなんだ」

「みんな死んでいます……」

 

 恐怖と感嘆の声があがった。


「あんた平気かい? 全身に足跡がついてるぞ」

「なんとか歩けます」

「おーい、だれかこの嬢ちゃんを教会につれて行ってやってくれ」

「まかせろ」

「なかはほんとに安全なのかい?」

「はい。みんな倒れて動かないです」

「よし。おれが確認してきてやる」

「おれもいく」


 下世話な野次馬たちが、惨状をみようとなかにはいっていった。

 テラノヴァはひとのいい市民に案内されて、セア教会につれて行ってもらった。

 自前のポーションでほぼ怪我は治っていたのだが、金貨1枚とひきかえに治癒の魔法をうけた。念のためのアリバイ作りである。


 神聖魔法の詠唱にあわせて、触媒である聖なる蝋燭ろうそくが燃えつきてゆく。どこか郷愁をさそう香りを残して、みじかい蝋燭ろうそくがきえていった。

 

「これで大丈夫だとは思うけど、違和感があったらまた来なさい」


 年配のセア教修道女がそう言った。

 病院の清潔な香りと、ベッドにならんでいる患者たちの沈鬱な表情、衰退を感じさせる空間は、この場所が死にちかい場所だと感じさせた。


「……死体をふやしたあとに、死体をへらすかたのお世話になると、すこし悪いことをした気分になります」


『うんうん』

『反省できてえらい!』

『もう十分悪いからな。気にするな』


「もうすこし観光したいですが、官憲によけいな話を聞かれるまえに、街をでます。明日からは旅の配信になります。今日みたいに刺激的なできごとは、すくなくなると思います。でも、何か起こったら通知が行きますので、その時はよろしくお願いします」


『砂漠の旅、楽しみ』

『道行く人を強盗をしてもりあげろ』

『旅の足しにしてください(##### → 金貨2枚 銀貨1枚に変換)』


「四峰アクメさん、ありがとうございます。課金コメントのお礼は、旅の途中でやります。では月の人も、トラブルに気をつけて過ごしてください」


『も、ってなんだよ。メ※※コじゃあるまいし、こんなトラブルねえよ』

『ブーメランで終わるの笑った』

『その心配はいらないと思うよ……』

『おつかれさま。愛してるよ』


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