第5話 処×をあいてにふたなり童×喪失配信


「『狼無力化記念』──モノノベノモリアーティさん、ありがとうございます」


 テラノヴァはテントのなかで、課金表示されたコメントを読み上げていた。教えられた通り礼をそえる。


「狼を一時的に無力化するには、刺激的なスパイスをまくと楽でいいです。狼だけでなく嗅覚の敏感びんかんな動物は、刺激的なにおいで鼻をこわしてから戦うと安全です。狩りにゆくときは万が一にそなえて、スパイスの入ったふくろをもちましょう」


「『登録者1000人おめでとう!』──昼桜たまもさん、ありがとうございます。よくわかりません」


 ただ読みあげて返事をしているだけなのに、そのあいだにもいくつか課金コメントがやってきた。それを順番に読んでゆく。

 配信の感想のほかにも、人生相談やたわいない雑談もあった。うごきのない配信なのに、不思議と視聴者は数十人ほど残っていた。


「『お仕事で疲れちゃったから、テラノヴァちゃんのやさしい声ではげましてほしいナ。もし言ってくれたらおじさん頑張れちゃうヨ』──1人称が俺っちおじさん。ありがとうございます。お仕事頑張ってください。疲れたときは覚醒ポーションを飲んでください。何時間でも働けます」


『それ精神に悪影響があったりしない?』

『ヒ口ポンって中毒がひどくて、こっちでは規制されてるわ』


「覚醒ポーションも連続して使うとよくないです。次──『テラノヴァちゃんがひとりでエロ配信をやってるところを見たいナ。リスナーがリクエストしたポーズをとってほしい。ぼくの好みは四つんばいになって、お尻の穴を……」


 テラノヴァは途中で読みあげをやめた。すでに裸を見られているが、露骨な言葉を使いたくはなかった。


「……フェラル・スカトロさん。ありがとうございました。私はエロ配信者ではなく魔導士です。そのような行為は娼館などで発散してください」


『セクハラされてて笑う』

『言葉にするのを気にするんだ……』

『そういえば最近はエロじゃなくてグロいのが多いけど、よくないと思う。グロは好きな人もいるけど需要は少ないし、今日みたいな殺人シーンがあると、怖くて見ない人が出る。旅ばかりしているから、エロを楽しみにしている俺みたいな視聴者はついていけなくなってきた。よく考えてほしい(##### → 金貨1枚 銀貨2枚に変換)』


 突然長文でアドバイスがきた。


「方向性を一定にしたほうがいいという意味ですか? ドエロベスピエールさん、ありがとうございます」


『アドヴァイスおじさんで笑った』

『まぁリードちゃんとのいちゃいちゃを見たい人が、アルラウネが猿に食われたり、平地トロールを刺し殺す映像を見たいわけない』

『血と内臓がですぎなんだよなぁ……焼き肉が食えなくなる』

『俺はグロを愛好してる。だから早くリードを犯せ、早く殴りながら無理やり犯せ!(##### → 金貨2枚 銀貨5枚に変換)』


「アウラングアウトさん、ありがとうございます。そういう嫌われる行為はできません」


 返事をしながら、たくさんの嗜好しこうがあるものだと感心する。エロとグロの需要と供給のバランスを考えなくてはならない。 魔導模造生命マギ・シュミラクラに質問する。


(私の配信内容をあらかじめ伝えられますか?)


『配信タイトルは自動で随時ずいじ変更されてゆきます。さきほどまでは「1時間でゴブリンを何匹殺せるかチャレンジ! 衝撃の結果は!?」でした』


(ゴブリンは倒してません。平地トロールです)


『タイトルは映像から自動でつくられるため、たしょうの誤差があります。申し訳ございません』


(それではエロな配信だけ見たい人には、そういう場面が起こりそうなときに通知してください。血がでたりする苦手な場面を見せてしまったらかわいそうです)


うけたまわりました。最近は月の人からの入金が活発です。この調子でがんばってください』


「……」


 不安定なカネのためにがんばりたくない。コメント同士で煽りあうバトルがはじまっていたので、配信をとめた。



 翌朝。

 朝食を食べおえたテラノヴァは、集落の焼けあとを確認しにいった。

 まだ煙がくすぶっている集落では、炭化したトロールの死体が、ほぼ骨だけにダウンサイジングされていた。

 太陽にむかって伸ばされた手を蹴ってみると、簡単におれた。

 骨の断面はおどろくほど白い。肉体からしみだした脂にも引火して、よく火がとおっていた。


 延焼もなし。生きのこりもなし。

 4日滞在する予定が、2日で終わってしまった。かばんにはまだ余裕があるが、ポンチョが汚れてしまったので、ほかの集落を探して襲うばあい、隠密戦法はとれない。

 

「……」


 熟考じゅっこうした結果、宿場町にむけて歩きだした。



 1日後の夜、宿場町にもどった。


 宿をとり、せっかくなのでお金をはらって、風呂をわかしてもらった。洗濯屋をよんでもらい、返り血をあびたポンチョをあずける。

 宿の一階にかんたんなつくりの湯屋があった。カーテンで区切られただけの木造の部屋に、人力で湯がはられる。

 小間使いがなんどもお湯を持って往復していた。


 たきあがった風呂はぬるかったが、湯船につかって全身を浮かべる感覚はきもちがいい。

 カーテンの向こうがわでは、少女がたらいに張ったお湯のなかで、ポンチョを押し洗いしていた。少女は話しかけてきた。


「すごい血ですね。こんな汚れはめったにないですよ。たくさん魔物を倒してきました?」

「はい」

「やっぱり! お客さんは強いかたなんですね! お水を4回かえましたけど、まだ血がでてきます。こんなに汚れた服なんて、刃物でめった刺しにされた死体の服を洗ったとき以来です!」


 そんなに平地トロールの血がしみこんでいたのだろうか。しかし死体と比べるのはやめてほしいと思った。


 湯船にクラーケンの幼生が浮かんでいる。渦をまいた殻をよこにして浮かび、触手を広げて伸ばしていた。

 魔物図鑑にのっていたクラーケンの項目には、冷たい氷の海や、暖かい南国の海で遭遇した記録があった。


 冷たい海では体色が白や水色といった寒色がおおく、暖かい海では暖色になった。

 コラリアはピンク色なので南国産のクラーケンだ。

 お湯のなかが平気なら、氷水はだめかもしれない。湯舟を前後にいったりきたりしているコラリアを捕まえた。もちあげて逆向きにすると、殻のなかに引っ込んだ。

 

 せっかくなのでへちまのたわしで、殻をあらってやると、つるつるとして陶器のような手触りになった。


「あの、お背中をお流しましょうか?」


 コラリアを洗っていると、洗濯屋の少女が声をかけてきた。シャツとドロワーズというぬれてもいい恰好で、布と石鹸をもっている。


「はい。お願いします」

「失礼します」


 柔らかい布で、背中をみがかれる。泡がおおくてくすぐったい。そのまま腕まで無言で洗ってくれる。


「デリケートな部分は追加料金が必要です。どうです? 私、結構上手ですよ。リンパがほぐれて、つかれが取れるって評判がいいです」

「自分で洗います」

「はぁい」


 残念そうな声をききながら、布をうけとり、のこりの部分を洗った。少女はじっと立って、テラノヴァを見つめていた。


「……なんですか?」

「あっ、すみません。私とそんなに歳が変わらないのに、すごいなって思ってました。あなたはひとりで冒険しているんですよね?」

「はい」

「……いいなぁ。私は生まれてからずーっとこの町にいますから、ひとりで冒険ってあこがれます」


 黙っていると、少女はとうとうと話つづけた。どこにいきたいとか、あれをたべたいとか、やってくる客の愚痴など。

 テラノヴァはあまり興味がなかったので、泡をもこもこと起こして、からだをおおう遊びをしていた。


「あーあ私も遠くにいきたい」

「そうですか」


 あまり共感できない。

 テラノヴァは旅をするよりも、ひとりで家にこもっているほうがよっぽど楽しい。

 必要があるから出かけるだけで、本来ならば誰ともあわずに魔法のスクロールを作ったり、ポーションを精練したりしていたかった。

 衣食住に不自由せず、趣味の環境が整っているなら、テラノヴァはいつまでも家のなかにいただろう。


「私、あと何年おなじ場所で……ううう、怖くなるんです……ここでおばあちゃんになっている自分を想像すると、怖いです。わかりますよね?」


 突然の絶望が、少女を襲っている。

 変化のない日常に疲れているのだろう。テラノヴァも働きだしてからそう思った経験はある。


「旅にでて、何かやりたいことがあるのですか? 例えば自由になるお金があったら、何をするのですか?」

「えっ……えーっと、その、ちょっと見るだけでいいんです。べつの町に行ってみたいです。どんなお仕事があって、どんなひとたちが住んでいて……ここに来るのは通りすぎる人たちばかりだから……」

「……」

「あっ、変な話をしてごめんなさい。あなたがうらやましくって、話しこんでしまいました」


 恥じらう少女の微笑みは好ましく思えた。以前はなかった父性が刺激される。だからすこしだけ手を貸す気になった。


「私、明日にはイドリーブ市に戻りますけど、一緒に行きますか? 運賃は出します」

「えっ、あの、その……」

「どうしました?」

「あの、その、仕事があるのでいきなりは……旦那さんに聞いてみないと……」

「行きたくないのですか?」

「あの、お金が……ほとんど持ってないです」

 

 貧しさを恥じているのか、うつむいた。よく赤くなる子だった。

 テラノヴァは両手で泡をあつめながら、洗濯屋の少女をじっと見つめた。

 黒髪で、ゆるくうねった髪で、大きな目。

 やせていて、手足にあまり肉はついていない。身長も高くない。服装もすりきれてみすぼらしい。しかしリードよりはからだが育っている。


「あの……?」


 ぶしつけな視線に少女は身体を引いた。

 そう、からだがおおきいなら、多少は無理をしてもいい。ふたなり薬の実験に適している。


「往復のお金と、イドリーブ市の滞在費用──宿、食事、遊興費はだします。一緒にいきましょう」

「えっ、あっ、え?」

「そのかわり、私の実験に付きあってください」

「実験って何ですか?」


 実験内容をおもいだしてしまい、にたりとした微笑みを浮かべてしまった。少女の目には娼婦的な笑みに見えただろう。


「私は新しいポーションを作っています。まだ効果が不安定で、販売にまではいたっていません。あなたに完成度を高める手伝いをしてほしいです」

「危ない薬じゃないですよね?」

「はい。飲むのは私です。あなたは薬を飲んだ私のからだに、違和感がないか確かめるだけです」

「それだけですか? とても簡単な仕事に聞こえますけど……」


「私は知りあいがすくないので、実験に付きあってくれる人があまりいません。だからお願いしました。どうですか?」

「……」


 少女は黙っているが、目をキラキラさせている。突然やってきたチャンスに、毎日がおなじで単調な世界から抜けだすチャンスに、とびついた。


「旦那様にいってきます!」


 慌ただしく走り出していった。

 テラノヴァは両手のうえの泡のかたまりを吹いた。こまかな泡がななめに形をかえた。

 乗り気になってくれた。

 これで挿入の実験ができるかもしれない。あとは魔法の契約書にサインしてもらえば、強制的な同意がとれる。

 泡を流してもういちど湯につかり、立ちあがったとき、少女がかけこんできた。


「旦那さんが許してくれました! やったぁ! ありがとうございます! やったぁ! やったぁ!」


 子供のように飛びはねて喜ぶ少女を見て、テラノヴァもうれしくなった。


 #


 その日の深夜、異形の人影がひたひたと町に忍びよった。

 町をかこんでいる木柵にはしごがかけられた。大柄な人影がのぼってゆく。


 宿場町のうちがわに降りたったむきだしの足。爪がよごれ、三角形にとがっている。筋肉のもりあがった緑色の皮膚。顔をおおう呪術的なマスク。


 寝静まった町に、森オークたちが入りこんでいた。

 4匹のオークが夜のとおりをしずかに歩いた。


 木門のそばにきた。

 油断しきった町には、見張が立っていない。オークたちは興奮した息づかいでかんぬきをはずした。重い扉に全員がとりついて、外側に押す、押す、押す。ゆっくりと扉がうごく。


 外に群れていたオークたちはそれをみて走り始めた。もうひそむ必要はない。


「ウゴォォォォ! ゴウォォォォォォ!」

 

 ウォークライをあげながら、棍棒をふりあげ町になだれこんだ。



 戦いの喧噪けんそうでテラノヴァは目をさました。雨戸をあけてみると、木柵のそばにある家々から、赤い炎があがっていた。


「火事……?」


 窓から目を凝らすと、森オークたちがおおきな荷物をかかえて、出火した家から出ていくすがたが見えた。

 ほかの家では扉をガンガンと棍棒でたたき、うすい扉がくだけると、なかになだれこんでいった。悲鳴があがる。


「まったく……」


 扉を守ってくれているコラリアを捕まえ、変装のスクロールを使った。コラリアがおおきくなり、テラノヴァとそっくりのすがたになった。

 はだかのコラリアに乾いたばかりのポンチョをかぶせた。

 武装して酒場におりる。

 まだ無人でうすぐらい。移動しながら魔石ランプに明かりをつけ、配信球を浮かせた。


「町にオークが攻めてきたので、迎え撃ちます」


 それだけ伝えて、目のまえの事態に集中した。


「コラリア、森オークだけを狙って水滴裂弾アクアドラビル。ひとに当てないで」

「……」


 コラリアは返事をしないが指を縦に振った。

 オークが女の髪をひっぱって、そとに引きずり出している。女の人は声をからして泣き叫び、手足をふりまわして暴れている。オークは面倒になったのか、血にまみれた棍棒をふりあげた。


「アゲッ!?」


 手首が水弾でうちぬかれた。手がついたまま棍棒が落ちた。

 黒い血がふきだす手を、オークが不思議そうに見ている。

 紅蓮隕石の破壊杖をふった。瞬間、赤いモーニングスターが脳天に直撃。腋のしたまであたまが埋もれた。

 さらに腹から太ももにかけて、鋭いトゲがのび、刺創をつくりだす。


「ブギュ」

「ひゃぁぁ!」


 オークが倒れたとき、髪の毛をつかまれた女性も、一緒にひっぱられた。心のなかで謝りつつ、建物に入る。

 なかは踏み荒らされ、おくの部屋では子供をかついだオークが、棍棒をふりまわして家具を破壊していた。

 赤い鉄球で背骨をたたくと、からだがちぎれて子供が落ちた。

 なんとか着地まえに抱きとめる。


「ふぎゃああああ!」

「泣かないでください」


 床に子供をおろす。よほど怖かったのか、脚にしがみついて泣いていた。


『配信が始まったと思ったら、市街戦をやってるとか、おかしいだろ』

『子供が助かってよかった』

『やれやれ! 敵を倒せ!』


「夜中に襲ってくるなんてひどい魔物たちです。できるだけ助けましょう」


『えらい』

『お礼のために』


 家のなかにいたオークを掃除してそとに出る。すでに襲撃は終わりかけで、オークたちは戦利品である人間をかついで、ゆっくりと森に向かっていた。武器を持った町人たちがところどころに倒れている。

 多少は抵抗したのだろうが、みな傷を負って敗北していた。


「あ、あんた……妻がさらわれた……助けてくれ……」


 壁に背中をあずけて座っている男が、か細い声で懇願こんがんしている。顔を殴られたのか、ほほがはでに裂けていた。

 まがった腕をおさえた男も家から出てきた。

 

「頼む。おれたちじゃ何もできねえ」

「わかりました」


『すげぇ人助けなんてできるのか』

『安心させてやれ』


 門の近くのおおきな家が盛大に燃えていた。

 おかげで灯りがなくても去ってゆくオークの背中がよく見えた。

 

 20匹近くいる森オークが悠々と歩いている。担がれている人間はぐったりとしていた。


「コラリア、あいつ」


 集団の中心にいて、一番からだがおおきなオークの背中を指さした。コラリアが右手で円を描くと、2センチほどの水球がいくつも浮かんだ。空中に波紋が浮かび、球体がのびて円錐にかわり、連続で発射された。

 短い水のボルトが背中に命中。ビスビスと赤い花が咲く。


「オグッ!」

 

 貫通には至らなかったが、いくつも穴があいた。かつがれていた男が地面に落ちた。

 森オークたちが振り返る。


「コラリア、右の連中に攻撃。人質を気にして、自由射撃」


 片手に破壊杖。もう片方には麻痺のポーションをいくつも持った。

 緊張で筋肉がこわばる。


 集団で走りくるあいてにむけて、麻痺のポーションを投げつける。

 数的な不利は毒でおぎなうつもりだったが、しかし意外にも効果がうすかった。

 麻痺の霧にまかれたオークは、よろめくだけで止まらない。


『やべーぞ』


 麻痺に耐性がある。いきなり予定が崩れ、オークたちはときの声をあげて走りくる。


 テラノヴァとオークの有効射程は、身長の関係でテラノヴァが負けているが、武器のリーチではまさっていた。

 オーク渾身の打撃は、恵まれた筋量とあわさって、単純だがすばやい。

 あとは予測と動体視力の勝負だった。


 先頭のオークに杖をむける。生成された赤いモーニングスターの先端が伸びる。オークがまきこまれた。丸みにそってからだを折りまげ、宙を舞った。


「プギィ!」


 上半身が穴だらけになり、血が帯を引いたが、しかし後続はひるまない。

 人間をたたき潰さんと、こん棒をあげる。異臭がとびかかってきた。うしろに避けると、地面にドカドカと穴があく。

 脳天から殴られたら即死である。

 肩にあたっても腕がもげかねない。


 その殴打を姿勢を低く、さがって避けた。あいまあいまに、杖をふる。

 

『なんで避けられるんだ?』

『怖くないのか』

『逃げて』

 

 テラノヴァは説明できなかったが、こん棒のうごきがゆっくりに見えていた。

 至近距離で魔物が自爆したときの、爆風や破片にくらべて、はるかに避ける余裕がある。


 なんども自爆を経験すると、そのうちに破裂した瞬間がスローモーションで見えた。ふくらんだ皮膚と、うちがわから飛んでくる熱の衝撃波が見えるようになった。わずかに遅れてとび散る肉片の弾道が、くっきりと見えた。


 もちろん早すぎて避けられないが、致命傷を負わない部分で受ける鍛錬になる。その致命的な空間にくらべれば、オークの攻撃はゆっくりだった。


 横合いから杖で殴った。発生した球体の破壊範囲は、オーク数体の内臓を、無慈悲な針でつきやぶる。


「ウゴエェェ!」 

「──はぁぁ」


 魔力の消費がはげしい。心臓が痛い。効果をおさえているが、殺傷能力が過剰すぎる。アリをつぶすために大型の戦槌をつかうような無駄があった。

 破壊杖をもった副作用で、攻撃衝動が高まって、必要以上に魔力をつかっている。


「ゲベッ」

「わあ」


 腸をおびのように引いてとぶ、オークのすがたが楽しかった。

 もっと魔力をこめると、水風船が破裂するように肉体が粉みじんになる。さらにこめると、ねじくれたよくわからない細長い肉塊になってはじけ飛ぶ。その気持ちよさ、素晴らしい手ごたえ、爽快感──破壊衝動がみたされる。


「はぁー……はぁー……わっ」


 とっさに杖でガードする。

 手がしびれるほどの衝撃。石がはね返って宙を飛んだ。

 スリングをつかったオークがいた。 

 杖をふり、ポーションをのむ。途中から魔力が枯渇こかつしはじめたので、睡眠ポーションと短剣にかえた。

 

「死ねぇ!」


 はしたない言葉を言ってしまった。しかし、オークをなぐり、返り血をあび、確かな手ごたえを感じていると、おさえられない。


『うわひでえ……』

『俺、こういうのが見たかった。すんげえかわいい』

『がんばえ! テラノヴァがんばえ!』


 やがて戦いはおわった。

 7匹はコラリアに射殺され、19匹はテラノヴァが殺し、残りの無力化された3匹は、オークから解放された人々が、落ちている棍棒をつかって撲殺した。

 襲撃者は全滅した。

 町の人はわが身の幸運を喜びあった。そばにきて、口々に感謝をつたえてきた。


「ありがとう! ひぐっ、ありがとううぉぉぉお……!」

「すげえ戦いぶりだ! あんたのおかげで助かった」

「あんた勇気があるな!」

「うれしい! もうだめだと思ってたの……ほんとうにありがとう……」

「あんた双子だったのかい。たいしたもんだ!」


「どういたしまして」


『ぱちぱちぱちぱち』

『すげえ!』

『いっぱい殺せてえらい!』


 普段はろくなコメントをよこさない月の人までほめていた。

 テラノヴァは褒められてむずがゆくなったので、話題をそらした。


「町が火事です。はやく戻ったほうが良いです」

「そうだ! こうしちゃいられない! 火を消すぞ!」


 まだ意識がはっきりしていない人は、支えられながら戻っていった。

 恐怖で家にこもっていた人たちも、消火活動に参加しているすがたが、遠目にみえる。


 コラリアがそばにきてそっと手を握ってきた。

 あたまをなでてやる。


『テラノヴァちゃんの見た目のコラリアもいいな……』

『本人よりも無害そう』

『おまえそんな大事なことは早く教えておけよな! 2人いればいろんなプレイができるだろ。コラリアにも生やして二穴責めにつかえ!』


 賞賛のなかにある低民度コメントを見て、すこし安心した。やはり月の人は野蛮である。

  

「森オークを倒しましたが……やっぱり無価値です」


 散らばっているオークの死体を見下ろす。

 めぼしい戦利品はない。半裸の魔物なのだ。金目のものはもっていなかった。

 オークがかぶっている頭巾のようなマスクから、覚えのある匂いがした。


 マスクをはいでみる。

 横幅の広い顔に、充血した目、とびだした牙。皮膚は垢まみれだった。


『なんて醜い顔なんだ』


 死体の顔には興味がなかったが、マスクの内側からハーブの香りがした。


「フレイムカート……」


 すぐにそれがハーブの一種だとわかった。

 フレイムカートの葉には興奮作用と解毒作用がふくまれている。


「わかりました。森オークたちに麻痺が効きにくかったのは、マスクにぬいこまれた葉の成分が解毒していたのです……防毒マスクで、森にいる有毒生物から身を守っていたのでしょう。魔物も生きる工夫をしています」


『へぇー、オークって女をさらう以外の知能があったんだな』

『くさそう』

『知能が低そうな魔物のくせに小賢しい』


 マスクを死体のうえに投げた。アドレナリンが切れ、どっと疲れがやってくる。


「夜中にする労働じゃないです。これで終わります」


『お疲れさま』

『お疲れ様、愛してるよ』

『おつノヴァ~』


 オークの腹を蹴って、街にもどった。


 火は数時間で消しとめられた。

 幸いにも延焼はふせがれ、住人の5分の1の家財道具は燃えたが、家ごと焼け死んだ人はいなかった。

 オークにさらわれた人たちも、骨折がせいぜいで命はとられていない。

 亡くなったのは最初の襲撃でオークが押し込んだ家のひとたちだった。


 消火作業をながめているあいだ、誰ともなしに話してくれたが、最初に襲われたのが町長の家だった。指揮系統を失い、まちのひとは組織的な抵抗ができなかった。人々は連携がとれずに個別に戦い、ほかの人たちが様子を見ているうちに、被害が大きくなったのだった。


 宿にもどると無人だった。テラノヴァはベッドに倒れると、すぐに眠気がきた。


 翌朝、テラノヴァが1階で朝食を食べていると、宿に数人の男が入ってきた。

 彼らはお礼を言いつつ、テラノヴァの正面に腰かけた。


「どうも、昨晩はお世話になりましたな。もう一人のご姉妹きょうだいは、まだ寝ていらっしゃるのですか?」

「います」


 膝のうえにいたコラリアをテーブルに置いた。


「それは、従魔ですかな?」

「コラリアです。昨日は変装の魔法ですがたを変えていました」

「なるほど、なるほど。たいした力をお持ちでいらっしゃる」


 町長代行と名乗った男が、テーブルについた。テラノヴァをほめ、しきりに感心していたが、どこか下手に出ている雰囲気があった。


「あなたは町を救ってくださいました。お礼を差しあげたいところですが、町の修繕にお金が要ります。どうか感謝の言葉だけでお許し願いたい」

「はい。それでいいです」


 困っていたから助けただけ。それ以上の感情はなかった。


「おお、ありがとうございます! さすが魔術ギルドのかたは高潔なこころざしをもっていらっしゃる! ──それでですね、あなたにもうひとつ、お頼みしたい依頼があるのです」

「今日の最初の馬車で、イドリーブ市にもどる予定です。休みがあと3日しかありませんから、依頼は聞けません」


 町長代行はくいさがった。


「そこを何とか。まずは話だけでもお聞きください。実は1か月前から4人、森に入ったまま、行方不明になっているのです。事故にあったか、魔物に襲われたか、はたまたオークにつかまって、どこかで救助を待っているのかもしれません」

「はあ」

「どうか彼らを探していただけませんか? きっとまだ生きております。もしだめでも、遺品があれば、それを持って帰ってきてください」

「あの、私、冒険者ではありません。ポーション工房ではたらいている魔導士です」

「ご謙遜を。昨晩の戦いぶりは、一流の冒険者に匹敵するとお見受けしましたぞ」

「……」


 テラノヴァが黙っていると、町長といっしょにいる男たちも、どうにか説得しようとした。

 そのうち道徳の話になり、困ったときはお互い様、助け合いが必要、困難を共に乗り越えると団結が生まれる、などと倫理観に訴えはじめた。


 それだけ必死なのだとテラノヴァにも理解できるのだが、依頼を受けるメリットが提示されない。

 まだ無言でいると、身分の話になった。


 一般市民は貴族に奉仕する義務があり、町長は騎士階級だから、その奉仕を受けられる。町長代理は騎士身分である。

 今のテラノヴァは町の庇護下にいるのだから、頼まれごとを断れないはず、ともすれば罪になってもおかしくない、と。

 明言せずに言葉を濁しているのは、おおよそ無理筋だとわかっているのだろう。


「おはようございます。昨日は大変でしたね」


 説得を聞き流していると、洗濯屋の少女が宿にきた。チュニックと木の靴、肩掛けショルダーバッグという全体的に黄土色の、典型的な村娘スタイルだった。


「お話し中ですか?」

「いいえ」

「レーニか。何しに来た」

「おはようございます」

「挨拶はいい」

「今日はテラノヴァさんとイドリーブ市にお出かけします。もうすぐ馬車の時間なので誘いにきました」

「おいレーニ。このひとが町にとどまるように、お前からも頼め。大切な仕事があるのだ」

「そ、そうなんですか?」


 男たちは打開策が見えたのか、表情が明るくなった。テラノヴァもひらめいた。


「わかりました。依頼をお受けします」

「おお! ありがたい!」

「報酬はいただけないと言ってましたが、気が変わりました。昨晩とあわせて、この人──レーニさんを私にください」

「ええっ!?」

「奴隷にするというのですか?」と町長代理。


「いえ、しばらく助手にします。一定期間だけ働いてくれればいいです」

「……いいでしょう! レーニがいなくなると寂しくなりますが、何もお支払いできないのでは心苦しい。昨晩も助けていただいて、何かお礼をせねばと考えておりましたが、この娘でよければどうぞ連れて行ってください」

「はい」

「それでは。吉報をお待ちしておりますぞ」

「では、いなくなった人の特徴とくちょうを教えてください」


 話を聞いているうちに、その人たちがどうなったのかわかった。


「……その人たちなら黒緑平野で見ました。くわしい特徴を思い出すので、すこし待ってください」


 かばんから配信球を取りだして、月の人にたずねる。しばらく待つと、集落の襲撃を見ていた視聴者から、死体の詳しい特徴がコメントされた。

 テラノヴァはそのとおりに伝えた。


「なんと! おっしゃるとおりです。それで、彼らは今はどこにいるのですか?」

「天国にいます。みんな平地トロールに食べられました。森でオークにつかまって、平地トロールに売られたのかもしれません」

「……」

「集落を破壊したときに、その人たちの死体も燃やしました。アンデッドになる心配はありません」

「みんな死んでいたのですか?」

「ええ。杭をさされて、たき火で焼かれていました。平地トロールの族長は、その人たちの武器でとどめを刺しました」


 テラノヴァはかばんから、ひときわ大きい族長のお守りを取り出して見せた。町長たちはうなって、やがて納得した。


「……わかりました。どうやら仇をうっていただけたようで、重ねてお礼を申し上げます。レーニ、よくお仕えするのだぞ」

「は、はい」


 そうして男たちは、肩をおとして去っていった。レーニがかわりに座った。


「あの、私は奴隷になって、イドリーブ市で暮らすのですか?」

「奴隷ではなく助手として働いてもらいます。お仕事がおわったら、この宿場に戻ってもいいです」

「えっ、あの、なんとかそっちで働き口を探します!」


 戻る気はないらしい。

 馬車を待っていると、片づけをする住民たちが、ふたたび礼を言ってきた。

 馬車に乗りこみ、まだ煙がくすぶる宿場町と、森オークの死体を集める住民たちのすがたが遠ざかっていった。



 2日後。馬車はイドリーブ市についた。

 初めて宿場町のそとに出たレーニは、見える光景ひとつひとつにはしゃいでいた。

 市壁のうえに並んだ防衛用の魔法人形におびえ、都市の職人通りの豪華さに目を回し、市場の人ごみに感心していた。


「まずは服を買いに行きます」

「はい!」


 約束どおり生活用品を買いにゆく。

 テラノヴァが知っている店はきわめて限定的かつ、実用性を重視したものばかりだった。それを伝え、べつの店をえらんでもいいと言ったが、


「いつもテラノヴァさんが行ってる店に行ってみたいです」

「……わかりました」


 そう言われ、いわくつきの服を売っている古着屋入った。

 ここは安くて品質もいいが、服のおもな仕入れ先が死体なので、嫌う人は嫌っていた。


「うわぁ! 素敵です!」


 レーニは白いサンドレスを選んだ。膝上ですそにはフリルがあしらわれている。

 胸元には蝶のような黒いリボン、肩ひもも黒い。殺された貴族の少女の服だと言われたが、レーニは気にしていないので包んでもらった。さらに何着か普段着に使える服を買う。


 靴屋にもゆく。

 ローファータイプの黒トカゲ革の靴は、重厚なひかりの反射でレーニの黒髪によく似合っていた。

 下着や靴下、タオル、護身用の短剣などもそろえた。


 全部で金貨37枚。

 レーニは月給銀貨1枚で生きてきたため、おどろいていた。


「都市部ってこんなにお金がかかるんだ……」

「そうでもないです。レーニさんのために特別に使いました」

「あっ、あの……ありがとうございます……」

「約束ですから」


 レーニが着替えたがったので、更衣室をかりた。


「ど、どうですか? 変じゃないですか?」

「よく似合っています」

「えへへ、ありがとうございます……」


 田舎娘が清楚なお嬢様の外見になっていた。

 つぎはレストランの予定だったが、荷物を置くためいったん工房にもどる。

 9日ぶりに戻ってきたテラノヴァが少女を連れ帰ってきたので、職人たちは何事かと話しかけてきた。助手を雇ったというと、納得してくれた。


 #


 テラノヴァが準備をしているあいだ、レーニは客間に通された。

 ひろい客間で所在なく待っていると、12歳くらいの少年がお茶をもってきて、話し相手になってくれた。


 よくしつけされた少年は、物腰がやわらかく、言葉づかいも丁寧。

 宿にまれにやってくる、豪商の少年や、貴族の小姓がこのような雰囲気だった。


 レーニは助手として来たと挨拶すると、少年はおどろいていた。

 イドリーブ市に来るのがはじめてで、これから食事に連れて行ってもらえると言うと、少年はおいしい食べ物の店をいくつか教えてくれた。

 レーニは感謝し、この服もテラノヴァが買ってくれたと話すと、少年は突然、むっとした表情になった。そして謎の対抗意識を燃やしはじめた。


「テラノヴァさんはこの工房に住んでいて、おおきな祭りで特別賞を取ったんです。ほかのたくさんある工房のなかから、特別賞ですよ。それだけでもすごいのですが、ここを襲ってきたならず者を、ひとりで倒したこともあります。すごいでしょう。実は僕も算術や魔法語を習っていたんです。ながい付き合いですから……!」

 

 少年は自分のことのように自慢している。

 レーニはぽかんとしていたが、やがてマウントを取られていると理解した。

 子供に自慢されると、レーニもやりかえしたくなった。運命的な出会いをアピールする。


「テラノヴァさんは宿場町を救ってくれたんです。森オークをあいてに、ひとりでですよ。しかも報酬は受け取らないで、かわりに私を、わたしだけを・・・・・・、助手に選んでくれたんです。わたしを見逃すのは、惜しいって言ってました」


 そこまでは言ってないが、誇張はゆるされるだろう。

 少年は穏やかな表情をしていたが、わずかに下唇をかんでいる。悔しげな仕草が見えたので、レーニは勝利を味わった。


「ふふん」

「くっ……」

 

 扉がノックされ、テラノヴァが入ってきた。


「レーニさん、食事に行きましょう。デニス、《ゴメズのメイズキッチン》はもう開いているでしょうか?」

「開いてますけど、お昼に凝った料理は出てきませんよ」

「そうですか。レーニさんに珍しい料理を食べてもらいたいのですが、他にいいお店を知ってますか?」

「うーん、そうですね……」

「どうしてこの子に聞くんですか?」

「デニスは街に詳しいです」

「テラノヴァさんは世間に興味がないんですよ」


 とデニスが言った。お前はそんなことも知らないのかと、表情が語っていた。今度はレーニが黙る番だった。

 デニスはいくつかのレストランをあげ、場所を教えた。

 レーニが全く知らない料理の名前や、コンセプトのちがいなどもくわしく説明された。話が終わるとデニスは勝ち誇って、口角をわずかにあげた。


「たのしんでください」


 レーニは頬をふくらませてすねた。


 #


 《命の小鳥亭》でふたりは食事をしていた。

 テーブルの上にはメインディッシュの黒兎の煮込みが、うまそうな匂いをただよわせている。24種類の薬味を入れて、炒め煮された兎の肉は、触れるだけで骨から肉が簡単にはがれる。

 濃厚なあじつけの肉は、口にいれるとあっさりと溶けて消えてゆくが、飲みこんだ後に余韻が長くのこった。


「こ、これ……すごいです。はじめて食べました」


 付け合わせのマッシュされた芋は、逆にまったく特徴がない。色どりで緑のハーブの粉末がふられているだけで、何の味付けもされていなかった。その素朴さが兎料理の濃厚さとマッチしていた。


 レーニは今まで知らなかった料理をあいついで出され、情報の処理が追いついていない。

 夢想キノコと水レタスのプリンソースサラダは、異なる食感がたのしく、さわやかなヨーグルトのソースが調和していた。

 数種類の豆と発酵した青菜のスープはほっとする味で、どこかしびれるような余韻がのこった。いつまでも味わいたいような、すぐにもう一度食べたくなるような味だった。

 未知の刺激にレーニがぼんやりしていると、テラノヴァが料理の秘密を教えてくれた。


「レンズ豆の一種には、興奮性の毒をもった種類があります。このスープにはわずかにそれが入っているので、あとをひきます」

「はぁー……」


 レーニは感心しっぱなしだった。

 そのほかにも知らない料理が出た。半透明で野菜がすけている料理をたべ、あまく味付けされた酸味のすくないヨーグルトを食べ、謎の氷塊が口のなかではじけるアイスを食べた。あまいだけで貴重なのに、そのうえ複雑な風味がある。とんでもない贅沢をしている気分だった。


 食べ終わったときは何も言えないほど、満ち足りていた。

 宿に案内されているときも、まだうわの空だった。また食べてみたい。それだけを考えていた。


「あの、さっきの食事っていくらだったのですか?」

「ひとり金貨6枚です」

「はわぁ……」


 レーニはフリーズした。まだ金銭感覚がついていけてなかった。


「さっそく実験を手伝ってください」

「はい……」


 心ここにあらず。ほうけた返事だった。


 高級連れこみ宿のロビーにすわり、テラノヴァは契約の羊皮紙をとりだした。

 そこにはふたなり薬をつかった実験を行うと書かれており、性交を行い、実験内容を口外せず、もし違反した場合は罪になると魔法文字でしるされていた。

 レーニは文字が読めなかったが、かろうじて名前は書けたのでサインをした。


 そのまま2階にあがった。

 テラノヴァは配信をつけた。


「月の人たちが好きなエロ配信です」


 すぐに通知が飛んだのか、普段よりも多い人数があつまる。


『エロ待ってた!』

『相手は誰だ?』

『リードちゃんじゃないけど、また若い女か』

『純朴そうでかわいい』


「私の助手をしてくれる子です」

 

 まだ日も高い午後の空、ベッドに寝かされたレーニはなんども目を瞬いている。表情には不安が浮かんでいた。


「あの……? これ、まさか……嘘ですよね?」


 ベッドのシーツをつかみ、おびえた目で見ている。


「これが実験内容です。契約書にも書いていますが、あなたは書類にサインをしました。私の言うことを聞いてください」

「でも、あの……まさかこんな、いやです」

「大丈夫です。長くても一月です。それまでの滞在費と日当は出します。納得しましたか?」

「えっ、あの、えっ?」


 ふたなりポーションを飲みほす。効果が出てくるまでのあいだ、マントを壁にかけ、ローブの紐をはずす。


「レーニさんも服を脱いでください。汚れてしまいます」

「あの……こういうのはやりたくないっていうか……ふざけてます?」


 下半身に違和感を覚える。下着を落とすと、レーニが息をのむ音が聞こえた。

 股間から男性器がぶらさがっている。


「え……!?」


 ぱくぱくと口を動かし、指をさしている。テラノヴァがベッドに座ると、レーニはベッドヘッドまで逃げた。


「これがふたなりポーションの効果です。射精機能はあるのですが、まだ膣内にいれて射精できるか試していません。レーニさんにはその協力をしていただきます」

「い、いや──」

「それから、まえに試そうとした子は、入れようとしたら痛がったので、これを作ってきました。希釈した麻痺ポーションです。これで痛みが消えるはずです。それでも怖いのでしたら、睡眠ポーションもあります。レーニさんが眠っているあいだに私が済ませます」


 差し出した麻痺ポーションを、レーニは払いのけた。ふかい絨毯にびんが落ちた。

 羞恥と怒りでほほが真っ赤にそまっている。


「いや!」

 

 レーニは立ちあがり、扉のまえでふり返った。


「こんなこといやです! できません!」

「そうですか……残念です。すこしまってください……」


(断られてしまいました。どうすればいいですか?)


『契約をしたなら、違反した罰があるだろ。それを言え』

『無理やりやれ。早くしろよ』

『レイプ! レイプ!』


(わかりました。契約書を盾にします)


「レーニさん、嫌な気持ちはわかりますが、魔法の契約書にサインをしているので、違反すると罰金になってしまいます」

「っ、そんなの無効です! 私は知りませんでした──知ってたらサインしていません」

「聞いてください。罰金を払えないと、レーニさんは奴隷になってしまいます。これは私でも止められません」

「ううう、お金を払います! ……罰金はいくらですか?」


 レーニはジト目でにらんでいる。ぞくぞくと背中に快感がはしった。きわめて男性的な、相手を屈服させたいという欲望がテラノヴァのなかにわいた。


「期限は一か月ですから、罰金は金貨150枚です」

「そんな……うそでしょ! 払えません!」

「では奴隷になりますか? 私はレーニさんを奴隷にしたくありません。ですが、魔法の契約書は絶対です。逃げても絶対に奴隷になります」

「そんなの無効です! いや! 無効です!」


『そろそろ優しくしろ』

『殴ろうぜ。暴力でわからせてやれ』


「レーニさん。私の実験を手伝ってくれるなら、お金をさしあげます。お給料は金貨50枚です。食費と住居費はべつに渡します」

「……」

「奴隷になるよりも、お金をもらって働きませんか?」

「……でも、でもこんな役目なら娼婦でいいじゃないですか……なんで私に……」

「あなたがいいと思ったからです。あの宿場町で、あなたが一番きれいでした。ほかの誰よりも、あなたがよかったです」


 テラノヴァは本心を言っていた。本心から、演劇の本の一部を思い出して、再現していた。

 レーニの近くに行き、手首をつかみ、強引に抱きしめる。魔力の塊になった体は、その興奮と欲望を伝えてゆく。


「やさしい人だと思っていたのに……」

「私は善人ではありません」

「じゃあどうして、宿場を助けたんですか。放っておけばよかったじゃないですか」

「助けないと、後悔するからです」

「後悔……?」

「はい。困っている人を見捨てたあと、あのとき助けてあげればよかったと、思い出したくないからです」

「うぅぅ……なんて自分勝手な人……」


 レーニが逡巡しゅんじゅんしているあいだにも、抱きしめたままベッドに連れてゆく。ふたりで横になる。はなそうと抵抗されるが、片手で腰を引きよせ、自由な手でサンドレスをまくりあげていった。買ったばかりの白い下着があらわになる。さらにドレスをまくり上げると、ひかえめな胸がみえた。


「ううう……なんで……」


 レーニが腕をつかんで止めた。しかし葛藤があるのか、つかんでいるだけで力は入っていない。視線が揺れている。

 レーニのなかでは拒絶と容認、損得勘定が目まぐるしく入れ替わり、グラデーションを描いていた。


「かわいいです。じつはひと目見たときから、レーニさんと一緒にいたいと思っていました。嘘じゃありません。どれだけお金を使っても、こうなりたいって思っていました」

「ひ、ひきょうです……」


 抵抗が弱まる。サンドレスをはぎ取った。

 下着姿の肉のついていないからだは、ほっそりとして骨が浮かんでいる。食事で血色は良くなったが、あばら骨が浮かんでいた。局部を隠した手をどけて、下着のうえから触れる。


「嫌です……私が手でしますから、許してください。手だったらいくら汚してもいいですから。手で、手でゆるしてください」


 そういってからだを離し、テラノヴァのまえにひざまずく。だらりとたれさがったふなたりペニスを両手でにぎった。

 冷たい手が、ペニスをつかむが、おびえてうまく握れていない。

 テラノヴァを見上げる瞳が不安定にゆれている。


「お客さんに、喜んでもらえましたから……じょ、上手だってゆわれましたから……」


 手のひらに唾液をたらし、亀頭をやさしくなでる。もう片方の手は竿を上下にうごかしている。やりかたは知っているのだろうが、恐怖がつよく、うごきが機械的でぎこちない。

 ペニスはたれさがったまま。


「ち、ちがうんです。ほんとはもっと上手なんです。待ってください」


『かわいそうになってきた』

『泣き顔がみたいから、勃起しないで耐えろ』

『戦火みたいで興奮する。首にナイフを当てながらやってほしい』


(正直、私は奉仕されるのに慣れていませんから、嬉しいというより困惑します。でもレーニさんを無下むげするのも悪いです……)

 

『だったらしばらく我慢して、気持ちよくしてやれ』

『テラノヴァちゃんって奉仕的でかわいいネ。おじさんにも奉仕してほしいナ!? なんちゃって』


 なんで、なんでとつぶやいて、レーニは半泣きになっていた。じつのところ、その表情が痛々しくて、テラノヴァは興奮していなかったのだが、それが伝わっていなかった。


「もういいです。私にまかせてください。悪いようにはしません」

「うあああ……ちゃんとできるのに……嘘じゃないのに……」


 ベッドに押したおして、逃げられないように股のあいだに太ももを置く。キスをしようとすると、顔をそむけられた。じっと見つめると、見つめかえしてくる。

 眼力でテラノヴァをしりぞけるように、涙目で見つめてくる。


「ん……いや、です」


 

 しばらくあと。

 レーニはかろうじて息をしているが、完全に失神していた。


『いっぱい出たね……』


 途中からミュートにしていたコメントが、ちらりと見えた。余裕ができたので月の人と話をする。


「お待ちかねのエロ配信は、どうでしたか?」


『よかった』

『長い。でも楽しかった』

『相手が初めてなのに、容赦しないテラノヴァちゃんがすごかった』


「すこしやり過ぎました……でも誘惑してくるレーニさんが悪いと思います。こんなに魅力的ですから仕方ないです」


『性犯罪者みたいな理屈で笑う』

『そんなにやって疲れないの?』


「疲れはあまり……ポーションの効果で精力が高まっているので、何度でもやりたくなりますし、疲れません」


『すげぇ、俺もほしい』

『ふたなりポーションかぁ……こっちでも売ってないかな』


「薬がなくても大丈夫です。回数を増やしたいなら、あいてを何人も用意するといいと、本に書いていました。射精したあとでも、新しいあいてがいると欲望が持続するそうです。こんどリードさんも一緒にすれば、この2倍はできるかもしれません」


『クズ男みたいな話をするな』

『レーニちゃんが寝ているから言っていいけど、起きているときに言ったら刺されるぞ』


「あくまで仮定の話です。勘違いしないでください」


 話しているうちに疑似ペニスが消滅し、冷静になった。ポーションを飲み、レーニにも飲ませる。


「う、うう……」


 レーニが目を覚ました。身体をよじって、顔をしかめた。


「股にまだ何か入っている気がします……」

「回復ポーションをもっと飲みますか?」

「ううん、いいです。おなか、ふくらんじゃってます」


 大量に出した精液で、下腹部がぽっこりと膨らんでいる。あらためて言われるとテラノヴァも照れてしまった。

 もし初潮が来ていたら確実に妊娠していただろう。


「たくさん出しすぎです……妊婦さんみたいで恥ずかしいです」

「その──」


 適切でないコメントが目に入って、思わず声にだしてしまった。


「ロリ妊婦みたいですごくかわいいです」

 

 レーニは唖然としている。

 ろくでもない発言を聞かせてしまったので、何か言わなくてはいけない。

 こういうときは本に書いてあった睦言にたよる。


「ええ。もちろん愛しています。あなたが微笑んでくれないと、私の心は冬になります。えっと、つまり普段とは違うすがたも新鮮でかわいいです」


 たしかこのような台詞だった。

 その迂遠うえんなほめ言葉は、レーニに通用したらしく、頬を赤くそめ、口をもごもごさせていた。


 テラノヴァもごまかせてほっとしていた。愛するという言葉がよかったのかもしれない。

 人を愛するとは、もっとも無防備な状態をさらけだすことだと、テラノヴァは理解していた。

 それならば今の状況は、寸鉄を帯びていない全裸であるため、条件を満たしていると言える。つまり愛とは信頼の言いかえだろう。


「愛しています。レーニさん」

「……きらいです」


 レーニはふたたび枕に顔を埋めた。耳まで赤くしていた。



 太陽が落ちはじめた夕方、連れ込み宿をでた。

 5時間以上の交合で、レーニは体力、気力ともに消耗していた。肩をかして何とか立っている。

 

 ポーションを飲んでもレーニは腰がぬけてうごけなかったので、精液でいろどられたからだを拭いてやり、着替えも手伝った。

 馬車を呼んで用意した宿に送ろうと考えたが、歩けないため防犯上よくない。

 テラノヴァは予定を変更して、工房に連れ帰った。


 残って仕事をしていた職人たちは、脚をがくがくと震えさせたレーニと、事後に行水したとはいえ、色気のある雰囲気を漂わせるふたりをみて、いったい何をやってきたのかといぶかしんだ。


 寝床にレーニを寝かせ、瞑想の準備をしていると、配信球が登録者の増加をつげてきた。課金コメントの量も多かったが、読みあげは後日にした。


 次の日、レーニはそのまま部屋に置いてほしいと頼んできたが、公私の区別をつけるため、これから一か月間、滞在するための宿に送った。

 宿は比較的治安のいい場所にあるため、料金はそれなりにかかる。部屋はあまり広くないが、個室で鍵がついている。

 安宿の危険性と、安宿付近の路上でおこる犯罪率の高さを考えると、妥協はできなかった。

 当座の資金を手わたす。

 

「これは食費です。朝ごはんと夕ご飯は、宿に言えば作ってくれます。お昼はお休みなので屋台やお店で食べてください。それからこちらが服のお金です。やぶれたり足りなくなったら買ってください。買い物をするときは、あまり人前でお財布をださないほうがいいです。目をつけられて襲われるかもしれません。ほかにも、何かあったら私に言ってください」


「あ、あの……お仕事の話ですけど、週に何回くらい、助手をすればいいですか?」

「ポーションの改良に時間がかかりますので、今週と来週は自由にすごしてください。もし職能を身につけたいと思うのでしたら、私がニコラスさんに相談するので、気軽に言ってください」


「ポーションができるまでは会いに来ないのですか?」

「はい」

「……それじゃ、早く作ってください」

「安定化の時間は決まっているので、どうしようもありません──レーニさん?」

「すこし出かけてきます」


 レーニが立ちあがって、テラノヴァを一緒にそとに追いだした。

 疑問符が浮かんだが、理由がわからなかったので工房に帰った。


 #


 レーニは市街地を散策した。数時間、宿にもどってきた。

 テラノヴァは鍵をもっているので、部屋にいるかもしれないと思ったが、そっと開けると無人だった。

 ほっとため息をつき、買い物袋をおいてベッドに寝っ転がった。


 枕に顔を埋めて、感情を整理する。

 商店のならんだ地区は楽しかった。自分の知らない服や家具、見たことのない形の洗練された日用雑貨がならんでいた。人がたくさんいて、祭りのような雰囲気である。ただ見るだけではない。お金があるので実際に買えた。


「私、どうすればいいのかな……」


 ベッドで聞いた言葉をに受けてはいけない。

 そう聞いた記憶がある。

 ベッドのなかでは男女ともにいい加減な事を言う、と。それは嘘だとレーニは思った。


 テラノヴァは愛していると言ってくれた。たくさんお金もわたされた。

 数日前の超低賃金労働者だったときとは、隔絶した生活だ。

 

 背徳感があるが、気持ちがいいだけの実験につきあうだけで、お金がもらえる。

ほかに労働とよべる負荷はない。いまの境遇を幸せとよばずして、何とよぶだろう。 

 宿場町のひとたちに、見染められた自分を見せてやりたくなった。


 レーニの口元がしぜんとゆるんだ。

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