第7話


「キェェェェェェェエッ!」


 奇妖魔が雄叫びを上げた。


「雪花、ゴボゴポッ、妖魔がすごい勢いで再生をしています!」


 小海が叫ぶ。


「もう炎は効かんのか!」

「はい……なんとか、ゴボゴポ……もう一度殺してください!」

「……どうやってじゃ」


 雪花は息が切れて座り込んでいる紅葉を振り返った。


 次に、小海の隣にいる美柑を見る。


 そして自分の満足に動かない左脚を見た。


「くそっ」


 雪花は唇を噛む。


「雪花、荷電粒子砲をぶっ放しなさいよっ! ぜぇぜぇ……」


 紅葉の声が響いた。


「そうですね、ゴボゴポ……もうそれしかありません!」


 小海が叫ぶ。


 ……もう、しょうがない。


 ……倒すためじゃ……。


 雪花は、左腕の荷電粒子砲の銃口を妖魔に向ける。


「くぅぅぅ……碧殿、今からわらわは荷電粒子砲を全力でぶっ放す!」


 雪花が腰を下ろし、発射体勢を取った。


「雪花殿、また私とおままごとをいたしましょう!」


 美柑が励まそうと叫ぶ。


 雪花の顔が歪んだ。


 ……美柑ちゃん……。


 ……。


 ……恥を考えてる場合ではないっ。


 雪花は狙いを定める


 銃口を斜め上に向け、パワーをチャージしだした。


 荷電粒子砲の銃口が光る。


 銃口内から白い光が漏れだしていた。


「雪花、ゴボゴポッ、貫通した先に人がいたら危険ですから、方向をあっちに変えてください!」


 小海が指さしながら叫ぶ。


「……はいはい!」


 右足でケンケンし、妖魔の右側に回った。


 漏れる白い光が明るさが増していく。


「キェェエアァ!」


 その時、妖魔が雄叫びを上げた。


「再生を終えたようですゴボゴポッ!」


 小海が叫んだ。


「残り魔力3! もう一回死ねば、ゴボゴポッ、再生できるだけの魔力はありません!」


 鎌を振り上げ、目の前にいた雪花に襲い掛かる。


「よーっし!」


 雪花は気合を入れ、覚悟を決めた。


「食らえぇぇ!」

「キャェ――」


 ――ドッッッッキュゥゥゥゥゥゥウウン!


 強烈な光に、妖魔が目をすぼめる。


 雪花達もまた、驚いて目をすぼめた。


 発射の衝撃で、雪花の足が浮く。


 髪や衣服が爆風に巻き上がり、街道沿いの森が音を立てて揺れた。


 発射された直径50ゼンヂの光弾が、闇夜を切り裂き、光の尾を引いて妖魔へと迫っていく。


 一直線に妖魔の胸のど真ん中に命中した。


 鎧と化した分厚い鋼の皮膚を薄紙のように突き破り、そのまま肉を焼き抉り、妖魔の体を貫通する。


 そのまま光弾は勢いが衰える事無く、真っ暗な森を強烈に照らしながら突き抜けて、夜空へと消えて行った。


 雪花の左腕の銃口から、白い光がだんだんと消えていく。


 妖魔の体にできた穴は、巨大な筋肉の塊だった上半身を丸ごと消失させた。


 口を開けたままの妖魔の頭部が、ボトリと地面に落ちた。


 雪花の前には、下半身だけが残された。


「ゴボゴポッ、やりましたよ雪花!」


 小海が森から飛び出してきた。


「雪花殿、大丈夫でございますかっ」


 美柑が四つん這いになり、


「たたたたたた」


 と急いで駆け付ける。


「雪花殿ーー?」

「……」


 雪花は答えない。


 ただ左腕の銃口を妖魔に向けながら、ぼんやり佇んでいた。


「雪花、ぜぇぜぇ」


 紅葉もパタパタ飛んで駆け付ける。


「雪花殿?」

「あー、美柑ちゃんか?」


 雪花がぺたんと座った。


「疲れちゃったー」

「お疲れ様です雪花殿、見事でしたぞっ」

「うーん? ホントか?」

「はいっ」

「うっわーい!」


 雪花が両手を上にあげる。


 駆け付けた紅葉が、小海にアイコンタクトを取った。


 小海がただコクリと頷く。


「おー紅葉、お主もおったのか! わらわ、偉い!?」


 紅葉を見つけた雪花が、キラキラした目で見上げて尋ねた。


「え? ああ、偉いねー」

「うっわーい!」


 そこに小海が到着する。


「代償で、ゴボゴポ……4歳児ぐらいになりました」


 ディープブルーの目をした小海が紅葉に小声で言った。


「おっ小海までおるではないか。皆揃ってるのか! じゃ、遊ぼ遊ぼ!」


 小海を見つけた雪花が満面の笑みになり、すっくと立ち上がろうとした。


――ギッギ。


「うわぁっ!?」


 左脚から音がして膝が伸びず、雪花が転んだ。


 後頭部を強打した雪花が、


「うわーーーん、えーーーーんえーーーーん!」


 痛みに泣きだす。


「ああ雪花、しっかりしなさいよ」


 紅葉が体を助け起こした。


「えーーーん、痛いよーーーーー!」

「泣かないでよー」

「あーよしよしです、泣いちゃダメですよ雪花殿」


 美柑がやってきて、雪花の頭を撫でる。


「紅葉ぃ、痛いの痛いの飛んでけってやって?」


 雪花が涙目で懇願した。


「あーそうね……痛いの痛いの飛んでけっ」

「……もっとぉ。まだ痛いのじゃ……足が痛いー、頭も痛いのじゃー……」

「……痛いの痛いの飛んでけっ」

「もっとじゃ、えーーん、痛いのじゃー」

「……もうっ、痛いの痛いの飛んでけぇっ」


 と、その時、


「小海、妖魔の頭部を早く、もぐもぐ……蘇生するぞ」


 小海の頭に碧の声が響いた。


「ゴボゴポ……そうでした」


 小海が地面に落ちている妖魔の頭に、ピチピチ跳ねて向かう。


 生首の気持ち悪さに少し躊躇いながら掴むと、辺りを見渡した。


「心臓は消滅しました模様です。頭部を保持しましたので、このまますぐに基地内へ転送してください」

「了解、もぐもぐ……、基地の処理組にとっとと渡そう」


 小海が頭部を持って雪花の元へ戻る。


「痛いの痛いの飛んでけっ」

「まだ痛いのじゃ、もっとちゃんとやらんかっ」


 雪花が足をバタバタさせ怒っていた。


「ごめんって、もー……」

「雪花殿は偉い子なんだから、我慢しなくちゃダメでございますよっ」


 美柑は雪花の手を強く握っている。


「あーんっ偉くないっ、雪花は偉くない、痛いったら痛いのじゃっ」


 雪花が手足をブンブン振り回し始めた。


 と、そんな皆を緑の光が包み始める。


「なんじゃ!? この光は、碧か!?」


 光が強烈になり、雪花達は目を開けていられなくなった。


 皆がぐっと目を瞑る。


 ……。


 しばらくして、ふと、光が消えるのが瞼越しにわかった雪花達は、目を開けた。


 皆の物が乱雑に置かれた棚が目の前にある。


 た第4独立部隊の隊室の隅の、緑の丸が床に書かれている場所に雪花達は立っていた。


「さてと、美柑、雪花を運んで」

「了解ですっ」


 美柑が雪花を持ち上げ、頭の上に乗せる。


「きゃきゃきゃ! 美柑ちゃん力持ちー!」


 雪花は美柑の猫耳を掴んで引っ張りだした。


「痛いです、雪花殿、引っ張らないで―」

「いきますよ、ゴボゴポ……」


 小海と紅葉が歩き出す。


 その後を美柑が付いて行った。


 部屋のドア付近に、何個も整列して並ぶ棚を脇にどけて作ったスペースに、碧はデスクを構え、そこで椅子に腰かけステーキを食べている。


 ストレートパーマの長い髪が目に垂れてくるのを鬱陶しがりながら、ナイフで切った肉にかぶりついていた。


「ご苦労さん、もぐもぐ」

「ただいまーなのじゃー」


 雪花が両手をピンと伸ばし言った。


「おかえり雪花」


 碧が微笑む。


「さて、もう食わなくて良いか」


 言いながら食べているステーキの皿を脇にどけた。


「碧さんも代償が栄養なんて大変ですね、じゃ私は早速、ゴボゴポ……これを届けてきます」


 小海が妖魔の頭部を持ち上げ言う。


「ああ、頼む」


 碧は雪花に目をやり、


「強力な特能には代償がか……あーあ、知能が元通りになるのに、これはひと月かかりそうだな」

「そうね、わっちもしばらく数珠の中に帰れないわー」

「そう言うな、昔はこうやって遊んでたんだろ、え?」


 碧は美柑の上に乗っている雪花の頭を撫でた。


「よくやった、雪花のおかげで皆が助かったぞ」


 撫でられて雪花は、満面の笑みになる。


「子守りしてたのなんて10年前よ、それ」

「ふふふ、懐かしい……本当に甘えんぼで我儘だったなこやつは」

「雪花殿ー、引っ張らないでってばー」


 美柑が叫ぶ。


「きゃきゃきゃっ」


 雪花は悪戯顔で無邪気に笑っていた。


   ◇


 ……翌日、碧は妖討軍中将、宮下に報告書を提出しに赴いた。


 手渡される書類を見て、宮下中将がため息まじりに言う。


「今回の移民のバスが来て、帝都の治安はまた悪くなる……。まったく助けなくても良い命だった。助けたことで臣民はまた不安になる。まったく何が命は皆平等だ、あのアホ共め……こんな事、意義もやりがいもありゃしない」


 と、碧の報告書を受け取る。


「だいたい乗っていたのには、金もなけりゃ学歴もない奴らばかり。それどころか子供を虐待して殺して逃亡していた犯罪者も紛れ込んでたぞ。すぐに捕まえたが、そんなのがもし逃れて帝都で暮らすと考えると恐ろしい限りだ」


 碧はただ宮下中将の話を黙って聞いていた。


「それで隊員の調子はどうだ」

「はい、ひと月は戦闘不能です」

「ははは、それは良い、余計なことをしないでもらえると助かる」


 宮下中将は、碧の報告書をデスクに投げる。


「よし、たしかに貰い受けた、帰って良いぞ」

「失礼いたします」


 碧は敬礼し、部屋を後にした。


 ……人ならざる怪物、妖魔が跋扈する世界。


 人類は妖魔討伐軍を組織し、妖魔から世界を守っていた。


 しかし全て守り切れるわけもなく、守るべきものを取捨選択し、最下民層は見殺しにされている。


 そんな中、人権派からのバッシングに応えるべく、妖魔討伐軍、帝都防衛隊に第4独立部隊が新設された。


 部隊人数はわずかに2人、井上碧と坪井雪花。


 そして雪花の式神、小海と紅葉と美柑の3体。


 これだけだった。


 部屋を後にした碧は、最下民層の命を守るこれだけの戦力に、誇りをもって任務に戻る。


 自分らしか守らない人々を助ける事に、彼女は意義とやりがいしか感じていなかった。

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雪花 月コーヒー @akasawaon

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