第6話


 斬撃を防ぐ盾が、鈍い音を立て続けている。


「キェッ! キャァッ! キェェッ! キェッ!」


――ガンッガンッ、ガンッガンッ。


 必死に斬撃を受け止める小海に、雪花達の様子を確認する余裕はなかった。


 ただ、助けが来るその時が来るまで耐えなければならない。


 その一心で、囮役を務めている。


――ガンガンッ、ガンガンガンッ。


「きゃっ、ゴボゴポッ、くぅっ、しまっ――」


 しかし、そんな小海の盾を握る両手に限界が来た。


「――ああっ!?」


 妖魔の一撃に、盾が突き飛ばされてしまう。


 妖魔が宙を舞う盾を目で追っていった。


 が次の瞬間、小海の幻惑から解放される。


 盾が落ち、ぬかるんだ地面に突き刺さった時にはもう、妖魔は盾に何の興味もなくなっていた。


 妖魔の目が、ギョロリと動く。


 丸腰になって息が切れている小海に向けられた。


「キャァェェェエッ!」


 小海の目は、ただ奇声を上げ鎌を振り上げる妖魔を見ている。


 薙ぎ払われる右手の鎌に、小海はもう成す術ない。


 私は、囮もできないのか……。


 そう悲観していた。


 小海は覚悟し目を瞑る。


 そして次の瞬間、小海の左わき腹に衝撃が走った。


「大丈夫でありますかっ小海殿!」


 美柑は切られるすんでの所で小海にタックル、そのまま頭の上に小海を乗せ、妖魔の元から一目散に逃げた。


 妖魔の斬撃が空を切る。


「美柑ちゃん!?」


 小海が驚いて、落ちないようにお尻の下の猫耳をがっしと掴んだ。


「キェェェエェェッ!」


 後を追おうとする妖魔に、


「待てぇい!」


 左脚を引きずり走る雪花の声が叫んだ。


――バキュン。


 小指大の光弾が発射され、光の尾を描き飛んでいく。


 光弾は妖魔の後頭部に当たって、小さな爆発を起こした。


 カックンと、妖魔の頭が揺さぶられる。


 その隙に、美柑たちは早々と森の中へと姿を消した。


 目標を見失った妖魔が後ろを振り向く。


 自分に銃口を向けた雪花が、こっちにやって来るのが見えた。


「キャェェァァァァ!」


 怒り狂った妖魔が、鎌を振り上げ雪花に襲い掛かる。


 走った勢いそのままに、妖魔の左鎌での斬撃が繰り出された。


「キェェァァァァ!」


 雪花の傷口目掛け、薙ぎ払われる。


「今じゃ!」


 瞬間、雪花の荷電粒子砲の銃口が、妖魔と逆方向に向けられた。


「スキありゃぁっ」


 薙ぎ払われる鎌が空を切る。


 その下で雪花は妖魔の右足目掛け、勢い良くスライディングした。


 しながら、


――ドキュゥゥゥゥゥゥウン!!


 荷電粒子砲を妖魔と反対方向に向け撃ち放つ。


 銃口の先から放たれる爆発の光が、雪花と妖魔を白く照らした。


 発射の衝撃で雪花の体がロケットのように飛ばされる。


 猛スピードで雪花の体が矢のように飛んでいった。


「キァァァァ!」


 雪花のスライディングキックが妖魔の右足首に直撃する。


 妖魔が足を払われバランスを崩した。


 そのまま雪花は横滑りしブレーキをかけつつ、体勢を整える。


 振り返ると、妖魔が背中から音を立てて倒れているところだった。


 すぐさま雪花は紅葉に叫ぶ。


「今じゃ、紅葉!」

「わかってるって!」


 すでに紅葉は、パタパタ飛んで瞬時に倒れた妖魔の元へと来ていた。


 妖魔を怯えた目で横目に見つつ、


「すーーーーーーッ」


 紅葉が大きく息を吸い込む。


 紅葉の両羽が、真っ赤に燃えたように照りだした。


 紅葉は両手を上げながら息を吸い込み続ける。


 胸を張り、背中を反らし、頬を膨らませ、そして、


「フーーーーーーーッ」


 一気に口をすぼめ息を吹き出す。


 その息は紅く、紅葉の息は火炎と化して妖魔に噴きかかった。


「ギャエェェギャェェェギャォォォッ!」


 妖魔の耳をつんざく悲鳴が響き渡る。


 絶え間なく続く紅葉の吐く炎の息が、妖魔の巨体を丸ごと包み込んでいった。


 巨大な炎が辺りを真っ赤に照らしだす。


 森の中で様子を見ている美柑と小海が、その明るさに目をすぼめた。


 美柑があまりの迫力に、小海の後ろに隠れて体を抱きしめる。


「ギャエェェェェェ!」


 炎の中では、妖魔の悲鳴が止むことなく続いていた。


「フーーーーー……」


 と、急に炎の息の勢いが弱くなっていく。


 両羽の赤い光が無くなった。


「ふーーっ……うっ……」


 紅葉が息を吐ききる。


「ぜぇぜぇ……もう良いでしょ……もう無理、ぜぇぜぇ……」


 言いながら、全身に汗をかいている紅葉がヨロヨロと降りて来た。


 息を切らし、体全体で呼吸をしている。


「よーやった、休んでおれ」


 雪花が仁王立ちで、妖魔を見据えていた。


 巨大な炎が消えると、中から熱を帯びてジュージューと音を立てる妖魔が現れる。


 鋼の鎧みたいな皮膚は燃えもせず、変わらないままだった。


 しかし、熱を加えられた鋼の皮膚は鉄板のように内臓を焼いていた。


 妖魔の目玉は焼かれ、節穴となって夜空を望んでいる。


 だらしなく口は開き、口内は黒焦げだった。


「どうじゃ小海!」


 雪花が叫ぶ。


「魔力、どんどん減っていってます!」


 ディープブルーの目をした、泥と泥だらけの小海が嬉々として答えた。


「今、0です。0になりました! 再生途中で力尽きました! やりました!」

「死んだんじゃな、ふぅ……」


 雪花は安堵の息を吐く。


「おい、頭と心臓を分けろ、もぐもぐ……」


 碧の声が、雪花の頭の中に響いた。


「ああ、そうじゃったそうじゃった」


 雪花がパッと辺りを見渡す。


「あったあった」


 右足で踏み込み、転がっている刀の元に左脚を庇いながら飛んだ。


 拾うと、妖魔に向け再度跳ぶ。


 黒こげの妖魔の胸に着地した。


「さてとっ」


 首を切ろうと刀を下に向ける。


 と、雪花の動きが止まった。


「誰じゃ!?」


 いつの間にか、キャンディーの包装紙のような服を着た女の子が妖魔の死体のすぐ横に立っている。


 雪花の方を見て、人形みたいな顔の女の子が微笑んだ。


「おい君、危険じゃ、あっちいっとれ」

「雪花、魔力が回復しています!」


 突如、小海が叫ぶ。


「なんじゃとっ!?」


――グチョグチョ……。


 雪花の下で、グチョグチョという体細胞が変質していく音が鳴りだした。


 雪花の目の前で、黒焦げだった口内が治っていく。


 焼かれて節穴となった目に、目玉が現れた。


 その目がギョロリと動いて雪花をとらえる。


「キェェェェェェェエッ!」


 妖魔が叫び、体を大きく震わせ雪花を振るい落とした。


「回復しちゃったね」


 女の子が雪花の前に出て来て言い放つ。


「お主、お主もまさか……」

「あなたはシュウザー様に反旗を翻し、帝国についた裏切りもの」


 女の子は、恨みの籠った声で雪花に言うと、左腕を上げる。


「じゃね、バイバイ」


 女の子が手を振った。


 その体が、煙となって徐々に消失していく。


「この人形はね、魔力を与えられるの。それでこの虐待されて死んじゃった男の子を妖魔化したけどね、ちょっと残しといたの、こうやって邪魔が入るだろから、ふふふ」


 女の子が微笑んだ。


 その顔が、塗料が剥げて木の地肌をさらしだしている。


「魔力は我々のもの、あなたたちが帝国のために使ってるのは許さないから」

「人形め、どこかで操作しておるのかっ」


 雪花が辺りを見渡した。


「そうよ。大量に人形を作って、私と同じ子を大量に妖魔化させて、帝国を私の手で滅ぼして見せる、守り切れると良いわね」


 女の子の、木の体が音を立てて崩れる。


「キェェェェェェェエッ!」


 崩れる女の子の後ろで、妖魔が雄叫びを上げた。


 雪花が妖魔と距離を取る。


 立ち上がる妖魔の体は、黒く変色していた。


 そして今も、雪花の目の前で妖魔の口を覆う分厚いマスクが出来上がっていく。


 熱と炎に強くなって、妖魔は再生していく。

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