第5話


――プシュゥゥゥッ。


 飛び散る白い血のしぶきの中で、雪花の刀の形にした右手の光の中から、猫耳の付いたミディアムボブの頭が現れた。


 続いて猫耳がちょこんと立って左右に振る中、キョロキョロする猫目が現れる。


 雪花が胴体にめり込んだ鎌を掴み、引き剥がしつつ飛び退った。


――ギッギッ。


 雪花の体から嫌な音がでる。


――ビシャビシャッ。


 刃が雪花の体から離れ、傷口から白い血が大量に地面にこぼれた。


 雪花の緊急応急処理機構が動く。


 噴出する白い血の勢いが、急激に収まっていった。


 それでもチョロチョロと流れ出る血に、雪花の軍服が濡れていく。


 光の中からは、大人用の黒の軍用ジャケットの袖から手が出ていない小さな胴体が現れた。


「キヤェェァァァァ!」


 左鎌がもう一度、雪花を狙って振り下ろされる。


「うぅっ」


 雪花が右にステップして躱した。


 そこを妖魔は息つく間も与えず襲い掛かる。


「キャァッ! キェェッ! キェッ! キャァッ! キェェッ!」


――ギッギッ、ギッギッ。


 雪花は現出する美柑に攻撃が当たらないよう、そして自分の体の不調をいたわりつつ、斬撃を躱していく。


 くっ……まだ絶対大丈夫……。


 こんな、子供みたいな大振りの攻撃なんて、楽勝じゃ……。


「キェッ! キェェッ! キァッ! キャッ! キェッ!」


――ギギッ、……バンッ!


 連続して繰り出される斬撃を躱すうち、雪花の体の中で何かが砕ける大きな音がした。


「キェェッ!」


 鎌が振り下ろされる。


「くっ」


 迫りくる刃に、雪花は動けない。


 ただ目を瞑り、全身に力を込めた。


――ガンッ。


 鈍い音が、雪花の近くで起こる。


 雪花が確認すると、


「小海、駄目じゃ、危険じゃ」


 雪花は盾を構えている小海に言った。


「黙っててください、盾にこの妖魔の恨みの元と思われる男の思念を入れました、囮ぐらいならできます」


 盾を構え妖魔の斬撃を受け止めた小海が、雪花の方を向きもせずに言った。


 小海が盾を構えつつピチピチ跳ねて、雪花から離れていく。


「キャァッ! キェェッ! キェッ! キャァッ! キェェッ!」


 妖魔は雪花に見向きもせず、小海に襲い掛かりだした。


 繰り出される旋風のような斬撃に、


「きゃっ、きゃっ、ゴボゴポッ、んぅっ、くっ」


 小海が苦しい声を出す。


 防御した盾が斬撃を受け止める度、衝撃にゆすられていた。


 小海の軽い体が衝撃に少し突き飛ばされている。


 しかし、それでも細い指に力を込め、尾びれで踏ん張り、小海は何とか耐えていた。


「小海、すまん……」


 雪そう呟く雪花の指先の光から、フサフサの尻尾をふりふりしている小さな女の子が現出し、光が消えた。


「雪花殿っ、お呼びでございますか」


 日向美柑がビシッと敬礼した。


「。いかがなさいま――って、はぅわ! お怪我をなさっています!」


 白い血を出す雪花に驚いて、美柑の目と口がぱちくり見開く。


「キヤェェァァァァ!」

「って、はぅわ! 小海殿がピンチであります!」


 奇声を出して斬撃を繰り出している妖魔に驚いて、美柑の頭の耳がと尻尾が逆立った。


「急にごめん、美柑ちゃん……」

「かか、構いませんっ。不肖ながらいつでも力沿いいたしますですっ」


 美柑が雪花に再び敬礼する。


「良いか、今すぐ、逃げてったあのバカ連れ戻すんじゃ!」


 雪花は50メドルほど先を、パタパタ必死に逃げていく紅葉を力いっぱい指さした。


「紅葉さん、また逃げたでありますか?」

「そうなんじゃ……」


 チラと、雪花が苦しそうに妖魔を見る。


「こっちはわらわ達に任せてくれ」

「はい、連れて来たら良いのでありますねっ。美柑、了解いたしました!」


 美柑が四つん這いになって、


「たたたたたたたたっ」


 走る時に声を出す癖を出しながら、四肢動物のように走り出した。


 そのスピードのすさまじく、あっという間にパタパタ飛ぶ紅葉に迫っていく。


 よしっ、あの様子じゃ、すぐに戻ってくる……。


 雪花は小海の方に振り向いた。


――ガンッガンッ、ガンッガンッ。


 斬撃を防ぐ盾が、鈍い音を立てている。


「キェッ! キャァッ! キェェッ! キェッ!」

「んっ、きゃっ、ゴボゴポッ、ああっ」


 小海は致命的にはバランスを崩すことなく、盾を妖魔に構え続けていた。


 妖魔の目が、悲しいような怒っているような目で盾を睨み、両手の鎌で斬撃を繰り返していた。


 妖魔は、小海ではなく盾を攻撃している。


「キェェェェァァァアアッ!」


 盾を壊そうと、奇声を上げ鎌を必死に振り続けていた。


 頑張れ、小海……。


 何の恨みがあるのか知らないが……お主を大人しくせねばならん……。


 雪花は荷電粒子砲の側面を撫でる。


 もう一発、わらわの体が吹き飛ぶぐらいなら、大丈夫……。


 少し左にステップして背後を誰もいない森にした。


 グッグッと左脚を踏み込み脚の具合を確かめる。


 あんまり動けないかっ……。


 ……。


 いかん、頭もぼーっとしてきた……。


 雪花は妖魔が盾を攻撃している様子を見る。


――ガンッガンッ、ガンッガンッ。


 あの鎌を避けるのは、もう無理じゃの……。


 とそこに、


「たたたたたた」

「来たかっ」


 振り向くと、羽を両手で鷲掴み紅葉の体を引きずって走ってくる美柑の姿が、雪花の目に映った。


 雪花の元へと一直線に走ってくる。


「雪花殿、只今戻りましたですっ」


 キビキビした幼い声を発して美柑が言った。


「いやーっ、美柑ちゃん、離して―、羽がくしゃくしゃになるよー、あと足を引きずってるのー、痛いよー」


 引きずられて泥だらけの紅葉が泣き声を出している。


「早いぞ美柑よくやった、離してやれ」


 雪花は微笑み、美柑の首の付け根をやさしく揉んだ。


「むにゃにゃ、了解しました」


 美柑が気持ちよさそうに目を瞑りながら、紅葉の羽から手をぱっと離す。


「あー……、やっと離してくれた―……」


 離された紅葉は、ぐったり地面に横たわった。


 紅葉が体の汚れを払いながら、ゆっくり起き上がる。


 そんな紅葉を、雪花は口を一文字に結んで睨みつけた。


「早よ立て、そしてあの妖魔を燃やすんじゃ」


 木ぞしい口調で言い放つ。


「ちょっと雪花イヤよ、わっちはイヤー、怖いのイヤー」


 紅葉は首を振り、雪花の方を見ずにゆっくり立ち上がった。


「今がチャンスなんじゃ、おとなしくなっとる合間に早よせんかっ」


 雪花が紅葉のお尻を蹴飛ばす。


「きゃんっ」


 衝撃で、紅葉は美柑の手から離れ空中に浮かんだ。


「もうっ、何すんのよーっ」


 宙返りして逆さになりながら紅葉が、眉を力ませ睨んでいる雪花を見る。


「えぇ……そんな怒らないでよー……あれ?」


 その時、紅葉が雪花の怪我に気づいた。


「あれ、血が流れてんじゃん……」


 しゅんとする紅葉に、雪花は気丈に微笑む。


「ふんっ、このくらい心配いら――」

「――キモ」

「キモいとはなんじゃ」!


 紅葉のつぶやきに、雪花が左手の銃口を向けた。


「ごめんごめん! つい言っちゃっただけ!」


 紅葉が両手を合わせる。


 それを見ていた美柑の眉が吊り上がった。


「皆の殿、ふざけてる場合じゃありませんです!」


 美柑が尻尾を逆立て、地団駄を踏んで叫ぶ。


「紅葉殿、あのように小海殿も戦っているのですよ」


 と小海の方を指さした。


「え?」


 紅葉が、美柑の指差す方に向く。


 この時、初めて小海が妖魔と戦っている事に紅葉は気づいた。


 紅葉は言葉を失う。


 小海の体は泥だらけだった。


 盾を持って妖魔の斬撃を必死に受け止めている。


 受け止める度に突き飛ばされて、それでもなんとか盾を構え続けていた。


「あんた! 小海ちゃんに何やらせてんのよ!」


 紅葉が睨んでいる雪花の、その10倍の迫力で睨みつけ怒鳴る。


「やらせたくてやらせてるわけなかろう!」

「……んん、ん……」


 苦虫をかみつぶしたような顔をして、雪花を睨むと視線を小海に戻した。


「皆のために戦いましょう、この美柑が全力を尽くして守りますのでご安心してください!」


 美柑が力強く言い放つ。


 小海は苦しそうな顔を、紅葉は見つめていた。


 繰り出される斬撃を一心不乱に受ける小海の体力が、限界に来ている。


 その事は紅葉の目にも理解できた。


 紅葉は焦燥感にかられ、背中が凍る。


 雪花に振り向き、


「雪花、何ボケっとしてんの! 早く助けてあげるよ!」


 雪花に怒鳴り、羽を羽ばたかせ高く飛んだ。


「全力で燃やすわ!」

「よし、わらわが今から大人しくさせるからの、ちょいと待っておれ!」


 満を持して、雪花は荷電粒子砲を構え妖魔を見据える。


「美柑ちゃん、小海を頼んだからの」


 雪花が頭を撫でながら力強く言った。


「はいです! 離れた場所へ運ぴます!」


 美柑が肩を回し、四つん這いになる。


「紅葉は高く飛んで、わらわの後ろに入るなよ」

「え? なん……なんでも良いや、わかったわよ」


 紅葉が高く飛んだ。


 雪花の頭上に紅葉が、足元では美柑が、妖魔を見据え戦闘態勢を取る。


「行くぞ!」


 雪花の掛け声と共に、ふたりが駆けだした。

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