第3話


「ふんぬぅぅぅぅ!」


 雪花が妖魔の足を押し返し、できた隙間の中で刀の切っ先を足裏に向けた。


 その時、


――ギシギシッ、ブチブチッ、バチバチッ。


 雪花の体から鈍い破裂音が発生する。


「なんっ!?」

「キエェェェェェァァァッ!」


 妖魔が雪花に全体重を乗せた。


 そして深く足を曲げ高くジャンプする。


「ふんがぁっ」


 雪花の両足首だけを地表に出し、あとはスッポリ地面に埋まってしまった。


 小海が妖魔の後を追って振り向く。


 妖魔の行く先にバスが月に照らされて停まっているいるのが見えた。


「ゴボゴポッ、雪花! あの遠くに停まってるバスは人が乗っているのでは!?」


 小海が叫んだ。


「あの妖魔、まさかバスの方へ!?」


 地面の中から雪花が叫ぶ。


「そうです、ゴボゴポッ!」

「ああ、おのれっ!」


 雪花が埋まった土の中からはい出そうと体をジタバタさせた。


 わらわとしたことがっ。


 ふんぬー!


 くそぅ、うまく抜けんーっ。


「もうっ、雪花、早くっ」


 小海がピチピチ跳ねて駆け寄る。


 ジタバタ動いている雪花の飛び出て居る足を掴み、引っ張った。


「よし、引っ張れ、もっとじゃ! ふんぬーっ」

「くぅーっ、ゴボゴポゴボゴポッ!」


 と、


「あぁぁっ!」

「ゴボゴポッ!」


 ふたりの力が合わさって、雪花がズボッと地表に出てくる。


 出て来るなり、雪花は小海をおんぶした。


 そして妖魔の姿を確認する。


 雪花の目に、妖魔が守るべきバスへと猛スピードで近づいていくのが映った。


 もう100メドルほど先を走っている。


 おのれ妖魔めっ、危険が及ばないように、遠ざけておいた事がアダとなってしもた!


 今から後を追うとなったら、犠牲者は必ず出てしまうではないかっ!


 雪花が全力疾走で、妖魔の後を追った。


 すると、


――ギッギギッ、ギギッギッ。


 走る雪花の体から嫌な音が出る。


「体、ゴボゴポッ、大丈夫なんですか? 変な音が出てますけど?」

「ちょいとしたもんがバカになっただけじゃ、わらわの体を舐めるでないわ」


 その時、走る雪花の目に、バスを守る護衛達が一斉に飛び出してくる雄姿が映る。


 でかしたっ、これで時間が稼げ――


「――ああっ?」


 護衛が街道から外れて森の中に逃げていきよる!?


 んんーっ、あのぼんくら共ーつ。


「ゴボゴポ……あの人たちには期待できないでしょ」


 おんぶされながら小梅が冷静に言った。


「良いですか、走りながら聞いてくださいよ。あの妖魔の名前は田中翔君……。2つの特能がありました。ひとつは死霊タイプお決まりの蘇生能力、ゴボゴポ……」

「元々、人間か……」

「この能力持ちは恨みを晴らすか、頭と心臓を完全溶かさない限り動きます。ゴボゴポ……その部分を切断し別々にして箱に詰め、運んで溶鉱炉で処理します、ゴボゴポ……恨みは無理ですので溶かしましょう。そして、あとひとつが、超強化再生能力です、ゴボゴポ……再生する際、ただ再生するのでなく次に同じようなダメージが来ても平気なように強化され再生されます。ゴボゴポ……私達の皮が分厚くなったりするのと同じ原理ですが、ゴボゴポ……短時間で切断した腕も再生されれるほどの強力な特能で――」

「――きゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁあああぁぁ!!」

「あああああぁぁぁぁっ!!」


 雪花たちの耳にまで、男女入り混じった大勢の悲鳴が聞こえてくる。


 護衛がいなくなったバスから、パニックになった乗客が逃げ出していた。


 ドアから窓から、次々に人が飛び出していく。


 ……ぐぐぐっ……。


 雪花は自分の心臓が冷たくなる感覚がした。


「小海! つまり奴の頭と心臓をバラバラにしたら良いんじゃな!」


 たまらなくなって、叫んで尋ねる。


「いえ、ゴボゴポ……あの妖魔の再生能は……たとえバラバラにしても、そこから体が再生してしまいます、ゴボゴポ……」

「では永遠に倒せぬではないかっ」


 その時、妖魔が一番手前のバスに到着した。


 左に回り込み、窓からバスの中を覗き込みだす。


 ……あのバスは、みんな逃げだし終わっとるよな……皆、ちゃんと逃げていてくれよ……。


「はい。しかも傷つける度に強化されていきます、ゴボゴポ……」

「はい。ではないわっ。最強ではないかっ、どうするんじゃ!?」

「ゴボゴポ……そうおもうと、引っ掛かるところがあります、ゴボゴポ……私の見る限り、妖魔は威嚇を続け雪花との戦闘を嫌がって見えま――」

「――キシャァアァァァァァァ!」


 奇声と共に妖魔の薙ぎ払う鎌が、目の前のバスを上下に真っ二つにする。


 走る雪花の目に、キャンディーの包装紙のような服を着た女の子の姿が映った。


 乗客は逃げ出した後で、中には女の子ひとりしかいない。


 その女の子は微笑んで、目の前に妖魔の元へ切断されたバスの上から外へ飛び出す。


 妖魔が背中を丸め、女の子の方にその顔を近づけた。


「させるかーい!」


 雪花が刀を放擲する。


 空気を切り裂き、妖魔に向かってまっすぐに飛んでいった。


 狙い通り、妖魔のこめかみに切っ先が当たる。


――カンッ。


 甲高い音を立て、地面に転がった。


 ぐぬぬっ……。


「苦虫を噛み潰したような顔してる場合ではありません。ゴボゴポッ、妖魔はすでに、攻撃力900の妖討隊の刀をはじく皮膚を手に入れておりますね、ゴボゴポ、それ以上の攻撃力となると、ゴボゴポ……」


 ぐぬぬぬ……。


 女の子が妖魔に襲われているというのにっ。


「キシャァアァァァァァァ!」


 妖魔が奇声を上げ、鎌を振り上げる。


「降ろすぞ!」

「きゃあ! ゴボゴポッ!」


 言うや否や、雪花が立ち止まり小海を投げ降ろし、左腕を妖魔に向け伸ばした。


「威力弱めてくださいよ!」

「わかっとる!」


 雪花の左腕前腕が光る。


 左前腕部に仕込まれた荷電粒子砲がその姿を現した。


 雪花は、自身の肘から先に、月明りに鈍く光る鋼色の砲身を妖魔に照準する。


――ドキュゥゥゥン!


 銃口の先から、荷電粒子が亜光速まで加速した際の爆発の光が、雪花の回りを照らした。


 発射の衝撃で、雪花の足がぬかるんだ地面にめり込む。


 髪や衣服が強風にあおられ、ハタハタとはためいた。


 腰を落とし、雪花は両足に力を込め踏ん張る。


 左腕から発射された拳大の光弾が、闇夜を切り裂き、光の尾を引いて妖魔へと迫っていく。


 光弾は一直線に妖魔の毛むくじゃらの右脇腹に衝突。


 刀をはじく鋼鉄と化した皮膚を破り、分厚い肉を焼き抉った。


 妖魔が吹き飛ばされ倒れる。


 そんな妖魔の姿を見た女の子が、森の中へと走っていった。


「雪花、13×6は?」


 尻もち付いた小海が、お尻をさすりながら雪花に尋ねる。


「えーっと、うーんと……10×6で60、3×6で18。合わせて……78、どうじゃっ」


 雪花は、どや顔で銃身から延びる白い煙を吹き消した。

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