第2話


「小海の事は心配するな、……もぐもぐ……奴も一人前の軍人、自分でやれる」


 碧の声が雪花の頭の中に響く。


「うーん、そうじゃの……」


 雪花は頭を抱えた。


「だいたい、戦闘要員がひとりしかおらぬのが問題じゃ」

「急ごしらえにできた、ほやほやの部隊だ……もぐもぐ、仕方ないだろう……そういえば、だいたい不意を突かれるとは注意が足りんぞ」

「転送されたら目の前に妖魔がいたんじゃ。轢かれそう――」


――なんじゃ?


 雪花は気配を感じ振り返る。


「キエェェキエェェェッ!」

「何!?」


 妖魔が立ち上がっていた。


 頭を串刺しにしている刀がずぶずぶと抜け落ちる。


 響く奇声に、小海が振り向いた。


 その毛むくじゃら姿が、鋼のように固くなって月光に輝いている。


「なんじゃ、もう……切ったはずの腕が……」


 雪花は妖魔の右腕を見て驚き呟く。


 右腕には、切断したはずの大鎌があった。


 妖魔の目玉がギョロリと動いて、雪花をとらえる。


「小海、こやつの特能はなんじゃ」


 雪花が尋ねつつ、小海から妖魔を引き離すように移動した。


 妖魔は雪花をとらえたまま、身を回転させ雪花と向かい合う。


「待って、すぐに終わらしますから」


 小海がディープブルーの目に変わり、雪花の方を見ずに言った。


 小海の特能、念視が再開される。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ……。

 攻撃力: 402( 402)

 防御力:1030( 503)

 素早さ……。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 ステータス分析と同時に流れて来る記憶映像では、男の子が生活のために働き始めていた。


 その金は全て父に渡すも、生活は楽にならず、父からの暴力は激しさを増し、男の子の体はみるみるやせ細っていっていく。


「どうした、……もぐもぐ……」

「妖魔が生き返った、死なな――」

「――キェャァァァェェェェェェエッ!」

「ぐのぉっ」


 雪花が、薙ぎ払った妖魔の鎌が襲い掛かるのを、後方へでんぐり返りして避けた。


 またスカートを押さえつつ、


 おのれぃっ。


 雪花は左腕を妖魔に向けた。


――いやっ駄目じゃ。


 首を振り、すぐに降ろす。


「キエェェェェェッ、キエェェェェェッ」

「とっ、おっととっ」


 雪花が2連撃の斬撃を前宙して躱した。


 その着地と同時に、右脚を踏み込む。


 雪花が、鎌をフルスイングして無防備に晒している脇腹に向かって突進した。


 刀をっ取らなければっ。


「生き返ったか……もぐもぐ、では死霊かもな……。そいつについてはまったくわからん。小海の分析はどうした」

「とぅ!」


 ふところに潜り込み、落ちている刀を拾う。


「キャエェェェェェッ!」


 妖魔が飛び退り、雪花と距離を取った。


「キエェェェェェッ!」


 雪花に向け、鎌を振り上げ威嚇を繰り返す。


「小海、奴の特能はなにか。まだわからぬかっ」

「ゴボゴポ……わかるところだけ言いますと、半人半妖の妖魔です。魔力が減っております、ゴボゴポ……、見た目と違って魔術タイプなのですか?」

「魔法など使っておらぬわ」

「あっそういえば知能が低いです、じゃなぜでしょ、ゴボゴポ……」


 小海は両手をつけたまま、苦しい顔をしたまま首を捻った。


「そんな事より、こやつの特能はどうなっておる」

「キエェェェェェッ! キエェェェェェッ! キエェェェェェッ!」


 妖魔が声を荒げ、鎌を大きく広げ、雪花へ威嚇を繰り返しだす。


 んむ……?


 雪花が首を捻った。


 威嚇しかしてこない……?


 つまり、これはわらわと戦うのが嫌なんじゃな……。


「うんと……攻撃力400越え、雪花の体でも真っ二つ……防御力、うわっ高い……高くなってる……? ゴボゴポ……」

「小海、なんやらボソボソ言わず早くせんかっ」

「キャエェェェェェァァァッ!」


 妖魔が威嚇の叫び声を上げる。


 うーむ……威嚇のみだが、いつ襲ってきてもおかしくない……。


 ……小海はまだ時間がかかるとみえる……。


 もう一度殺して静かにしておくか……。


 こんな子供みたいな大振りの攻撃……楽に躱してカウンター食らわしてやる……。


 雪花はゆっくり近づいていった。


「キエェェェェェァァァッ!」


 近づく雪花に、妖魔が襲い掛かる。


 鎌を振りかぶり、雪花の首筋めがけ薙ぎ払った。


 やはり自分の間合いに入ったら、やってきたわい。


 予見していた雪花は後ろに体を倒す。


 同時に体に捻りを加え、刀を振った。


 真上を通過してい奴の左鎌の、その付け根に目掛け斬撃を加える。


――カンッ。


 あれ?


 妖魔の腕に当たった斬撃が弾き返された。


「ぐっ!?」


 雪花が弾き返された刀と共に地面に叩きつけられる。


 なぜじゃ!? 斬れな――


――雪花の目に妖魔の足裏が見えた。


「このくそっ」


 雪花は瞬時に両手で頭を守る。


 妖魔が右脚で雪花を力いっぱい踏みつけた。


「これぐらいっ」


 雪花が踏みつける脚を跳ね返してやろうと右脚を上げる。


 妖魔の足裏を右足一本で押し返して行った。


「キァァァッ!」


 妖魔が全体重を右脚にかける。


「ぐぐっ」


 雪花の体がぬかるんだ地面にめり込んでいく。


 押し返そうとした右脚も押し負け、無理やり折りたたまれていった。


「ぐあああぁぁぁ!」


 雪花が苦しい声を上げる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ……。

 攻撃力: 402( 402)

 防御力:1030( 503)

 素早さ: 394( 394)

 分類 : 死霊

 特能……。

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 小海の念視の映像では、男の子の体は汚れ、痩せこけ、生傷だらけになっていた。


 せっかくあった働き先からも、なんの使い勝手もないと判断され捨てられてしまう。


 それほど衰弱していた。


「ごめんなさいっお父さん、ごめんなさい」


 暗い部屋の中で男の子は、弱弱しく叫び続ける。


 もう大きな声も出す力もなかった。


 親指と人差し指のない大きな手が、男の子を殴り続ける。


 男の子が倒れた。


 その倒れた体を、義足の足が蹴りつける。


 蹴られ、踏みつけられ、やがてこの子は動かなくなった。


 あたりが真っ暗になる。


 そして、キャンディーの包装紙のような服を着た女の子の姿が映った。


 右手に心臓が付いた鎌を握り締めている。


 金髪縦ロールの、人形のような女の子は小さな口を開いた。


「あなたは私と同じですね。それに結構良い特能を持てそうよ、ふふふ」


 死んだ男の子に力強く問うた。


「私と、シュウザー様と共に帝国を倒しましょ? その生まれた魂は絶対に無駄にしない、ねっ良いでしょ?」


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 特能 : 蘇生〈それは恨みあるゆえに、永遠に彷徨う〉  

      超強化再生〈それは生き延びる本能により、力ある限り強さを求むる〉

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 小海の目がオーシャンブルーに戻り、


「わかりましたよ」


 雪花に振り向く。


 そこには右脚に体重を乗せる妖魔と、右脚の下から少し見える雪花の足だけが見えた。


 小海は驚き固まる。


「雪花、大丈夫なのですか!?」


 小海の声が聞こえた雪花は、


「問題なーい! ふんぬぅぅぅぅ!」


――ビシビシッ、パチパチッ、ビリッビリッ。


 雪花の体のどこがで鋭い破裂音が発生した。


 無理やり折りたたまれた右脚を力いっぱい伸ばし、妖魔の脚を押し返していく。


「これくらいぃぃぃぃ!」


 雪花はもう左足も使い、逆さまになって妖魔の脚を押し戻していった。

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