第4話 黒アゲハと虚無僧と黒マントの女

 謎の封筒である。

 定期的に送られてくる出版社からのゲラ。もちろん、私は小説家ではない。

「で、私にどうしろと…?」

 ただゲラのみなのである。京終きょうばて先生宛かもと思いはした。

「でも、松本まつもとエリーゼ様って書いてあるしなあ…」

 大学の講義中などに、取り出して読んでみる。

 ミステリー小説である。舞台は、私の出身地。新紙幣のモデルの一人が作った大学である。

 ちなみに、私の出身高校の文芸部は、全国的に有名らしい。

 筆者名は黒塗りされている。まあ、あの人だろうけど…。

 ところで、近奈良前には噴水と行基像がある。彼は、東大寺の方を眺めている。

 そして、大抵、同じように虚無僧が立っている。

 初めて見た時は、幽霊かと思った。美古都みことパイセンに話したら、同じことを思ったと言われた。黒アゲハの生息してない地域の人が見たら、確実に驚くやつだよね。死の予兆? みたいな…と。

 最近、出るのである。

「はい? 虚無僧も黒アゲハ蝶もちゃんと存在するよ。幻覚じゃないよ」

 困った顔の京終先生。

「違います」首を振る。「黒マントの女ですよ」

「ん、黒マント…?」首を傾げる。「昔の学生が着ていたみたいなやつ?」

「そうそれ!」

 テーブルに手をつき、身を乗り出す。反射的、身を引く京終先生。

「私の大学を出て、新大宮駅の方に行くでしょう。途中、住宅街に注連縄巻かれた木があるでしょう。神社でもないのに、お酒やら何やら供えてある」

「あれは水神様…。まあ、蛇だね」

「はあ、そうなんですか。まあ、とにかくいたんですよ。えんじ色の着物に、黒マントの女が」

 どうでもよさそうな京終先生。曰く、和装の人なんて珍しくもないと。えっちゃんの大学の裏の道だって、よくスクーターに乗ったお坊さんがいるだろうと。

「だから、昔の学生が着ているような黒マントなんですよ。女物じゃなくて」

「それは、確かにおかしいねえ」

 そんな馬鹿な…。あの人は、東京の大学に通っているのでは。にしても、何故、私にちょっかいを出してくる?

「そう言えば、美古都パイセンが、私が坂木さかき父の本の表紙を自分に無断で描いたと言って怒っていたっけ。え、あれ、私は何を怒られたのですか?」

 顔を上げる。びくっとする京終先生。目線を流し、頬を指でかく。

「え? それは、美古都君だって本出す予定があったんだろうに。それなら、当然、えっちゃんに頼みたいと思うよね。それなのに、先に坂木秀明さかきしゅうめいの本に関わった訳でしょう。要するに、美古都君、坂木さんの順番なら良かったんだよ」

「ん?」

 頭の中で、話を反芻する。

「だから、もはやえっちゃんは美古都君の専属ではなくなった訳だ。例の女の子がえっちゃんに仕事を依頼したって構わない。だって、本名で柿の版画発表しちゃったでしょ」

「ひゃうっ…!」

 変な声が出た。続いて、汗がダラダラと…。

「どうしよう、京終先生! これから、黒マントの女が来るよ!」

「うん…。自分で対処しなさい」

 この人、自分の仕事を増やしたくないだけだよ…。言葉に出さずとも、意図は伝わったらしい。京終先生が微妙な顔をする。机に肘をつき、耳打ちする。

「大丈夫。美古都君にバレなければ」

「いや、無理でしょ」

 沈黙。

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