第3話 お母さんと魔性の女

「そんなに甘いものではないよ」

 我が弟子に返す。

 この間、坂木美古都さかきみことから壁ドンされた時の話である。おこたに入っているのに、指先が冷たい。

「はあ…。あれですか。美古都パイセンより、出町柳でまちやなぎさん派ですか。京終きょうばて先生は」

「それこそ勘違いだよ! あの人いっつも全力疾走してきて、首根っこ掴まえるんだもん」

「中年のおいかけっこ。微笑ましいじゃないですか」

 ニコニコしている。こちらは、顔をしかめる。

「と言いますか、帯解明おびとけめい氏より、出町柳禅でまちやなぎぜん氏のほうが先生と年齢近いですよね。え、何で、毎回とっつかまるんですか。もはや、わざとですよね」

「どんくさいだけだよ!」

 涙目。

「結局、京終先生が好きな女の子のタイプは黒髪ロングの大和撫子。だから、私などには興味がないのだと。そう美古都パイセンに弁明して、頭突きされたと」

 ちなみに、血が出たのは美古都君のほうである。ちょっと悪いことをしてしまった。

「で、出町柳さんですか。明ちゃんに手を出しても出さなくとも怒られるのであれば…」

 へっ。えっちゃんが突き放すように笑う。

「だから、明ちゃんは甥っ子なの!」

「別に、生涯を共にしなくたっていいじゃないですか」

 呆れたように言う。

「余計悪いよ! 出町柳小父でまちやなぎおじさんに恨まれるよ!」

 再び、涙目。

 いい加減飽きてきたのか、えっちゃんがうさぎのぬいぐるみを抱き締める。

「で、京終先生は可愛い男の子をどうしたいんですか。つきあうでもなく」

「ん~?」

 あぐらをかき、首を傾げる。

「まあ、成長を見守りたいよね!」

「お母さんかよ」

「おうっ…」

 やはり、男の子では恋愛対象にはならないのだ。

「だって、年少の男の子と言えば…。おうみ君…」

 黄檗おうばく家は、家族ぐるみで僕を嫁にしようと画策してくる。……。嫁?

「別に、僕、普通に黄檗家で育ってきたしなあ…」

「まあ、幼なじみ…。弟ですもんね。嫁にはならないか…」

 うん。頷く。

四葉よつばはいとこだし」

「まあ、逆に恋人ポジションですよね」

 えっちゃんがいれてきたココアを飲む。

「えっ…?」

 スルーされた。

「四葉きゅんに恋人できたら泣いちゃいますね。みつお兄ちゃん」

「うん、泣く…」

 想像したら、鼻がスースーしてきた…。

「うわ、マジ泣きだ」

 ……。引かれている。

「えっちゃんだって、口では坂木美古都のが好きとか言うけど、本当はあの男の子のほうが好きなんでしょ」

 プイと横を向く。

「わあ、恋の話してますね。私たち」

 うふふ。あはは。

「やはり、顔なのか!」

 くずおれるえっちゃん。

「と言うよりもね。えっちゃんは、高校入ってからまともに友達がいなかったんでしょう。だから、単純にベタベタしてくれる人に飢えているんだよ」

 あ…。マズイ。本当のことを言ってしまった。目を逸らす。

「そうか。四葉君もね…」

 ぼそっと不穏なことを宣う。

「あの…。僕のいとこが何か?」

「大丈夫です。ちょっと映画館の所在地が不明だったもので。それならばと、四葉君とたかはらまでデートしてきただけですよ」

 勝ち誇った表情のえっちゃん。

「て言うか、そのうさぎ! 四葉の家にも同じのある!」

「大丈夫、大丈夫。せっかく可愛い顔に産んであげた息子が研究一筋、孤高の学生生活を謳歌しているのを心配して。そう言えば、母が恋人連れてこいとは言わないから、せめてお友達を一人作ってとブチギレていたっけなあと四葉君が。いきなり女の子と映画館デートなんて嘘つきやがってとなりまして。で、写真送って。ありがとうのうさぎですよ」

 あわあわしながら聞いていた。

「ちょっとお風呂入ってくる」

「はい」

 お風呂で泣いた。

「うちの弟子が、魔性の女になろうとしている…」



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