第5頁 子供とカラス

「……」


「ほら。そいつが、どうかしたのか?」


 よく見ると、少年が抱えていたのはカラスだった。しかも、片翼の根元の辺りを手痛く負傷している。


「……」


「よし。じゃあ、当ててみようか」


 ザッカリーは、子供から直接情報を引き出すのをあきらめ、自分の推論を確認する作業に移行した。


「カラスが怪我をして倒れていたから可哀そうだ。手当をして、もとの元気なカラスにしてほしい……そんなところじゃないのか?」


 少年は無言のまま、首を横に振る。


「?」


 違うのか。

 そうなると、なおさら理解が出来ない。

 いよいよ困りだしたところに、ようやく少年が口を開いた。


「……あのね」


 かすれた声はとても小さく、注意しなければ聞き取れないほどだった。


「お父さんに捨ててこいって言われたから、捨てに来たの」


「こんな場所までわざわざ、か?」


 ふもとの村からここまで、大人の足でも1時間ほどかかったはずだ。それをこの子供の歩幅で来たとなれば、一体どれくらいの時間をかけて来たというのか。


「うん。カラスは不吉だから、村のみんなの目につかないトコまで行けって言われて」


「だからここまで来たってか。ご苦労さんだな」


 うんざり声を返すザッカリー。だが、展開としてはむしろ運がよかった。カラスは弱っているが、生きている。これをこのまま生贄として捧げれば、とりあえずしばらくはまだ魔道士を名乗れるはずだ。


「分かった。それじゃあ、その鳥は俺が引き受けよう。小僧、名前は何て言うんだ?」


 何気ない一言だったが、少年はその質問に大きく動揺すると、カラスを投げ捨てて一目散に走り去ってしまった。ザッカリーの足元で、飛び立てないカラスがみじめにもがいている。


「……フン。教育が行き届いているな」


 魔道士に名前を教えるのはタブーなのだ。名前を知った魔道士は、いつでもその人間を意のままに操ることが出来る。少年の反応は、明らかにそれを知っているものであった。


「まあ、いい。とりあえず今日はこれを捧げさせてもらおう。まったく、俺も悪運が強い」


 日没の時間が迫っている。儀式の準備を急がなければならない。

 藤のカゴは大きめに作ってあるが、それでもカラスを押し込むと窮屈そうだった。


「そう暴れるな。どうせあと数時間の命なんだ。もっとおとなしくしろ」


 自分勝手にそう言いながら、ザッカリーも自宅に戻る。

 去り際、一瞬だけ少年が気になった。


(あの小僧、日が暮れる前に帰れるのか……?)


 しかし、すぐにどうでもよくなる。

 今夜の生贄はキズ物だ。より誠意をもって捧げなければならない。


 家に入ったザッカリーはすべてのカーテンを閉め、外から誰も見られないようにした。生贄の儀式は神聖なるものだ。万が一にも第三者の目に晒せるようなものではない。


 誰も見ていない中で、魔道士の生贄の儀式は、静かに行われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る