第4頁 ……誰?

 ザッカリーには、ひとつの予感があった。

 それは、最近の風の冷たさから来ている。

 まだ秋には間があるはずなのだが、今年はやけに気温が低いのだ。


「……」


 山脈の奥は、人間にとっては未踏の地で、恐ろしい場所でしかない。が、野生動物たちにとっては貴重な餌場だ。もしこのまま冬が早く訪れるようなことがあれば、餌が不足して狼や熊が食べ物を求めて降りてくるという事態も充分にあり得る。


「……」


 十何年もここに住みついて一度も経験していなかったが、いよいよ今年は何らかの動物が目の前に現れるかもしれない。その時、自分はそれを駆除しなければならないのか?


 魔道士相手に約束事が成立すると信じている村長はかなりどうかと思うが、こうも頻繁に顔を合わせられ、無理やりとは言え前報酬をもらっていると、こちらとしてもあまり考えなしに反故ほごに出来ない心境になってくる。


「……クソ」


 面倒くさい。カエルを探しながら、ザッカリーの気分は優れなかった。他に気がかりがあると、集中力を失うのは常である。なかなか生贄を確保できず、男は焦燥感を募らせていく。


 そもそも、生贄としてカエルは下等である。それすら捧げられないとなれば、いよいよ我らが君より愛想を尽かされる可能性すらあるのだが。


 ……ダメだ。


 平素なら昼前にあっさり手に入れられる生贄。しかし、この日はまったく駄目であった。食事休憩を取り、気持ちを入れ替えようとして挑んでも、状況は振るわない。川の中から傍、そこから離れた湿り気のある土地の辺りまでしゃがみ込んで調べてみても、それらしき姿はまったく見られない。


 (これは、俺の集中力がどうこうではなく、本当にカエルがいないのかもしれんな)


 ザッカリーは本気で焦りを感じ始めた。太陽は早々と西側の山脈に埋もれ始めている。夜にはまだ時間があったが、儀式の準備も計算に入れると、のんびりはしていられなかった。


(いっそ、本当に村から人をさらってやろうか)


 そんな思いが心をよぎった、その時。

 何者かが、視界の端に映った。


「?」


 訝しさに腰を上げ、それがいる方に向き直る。


(……子供?)


 それは、年の頃10歳くらいの少年だった。家が貧しいのか、ボロボロな大人用のチュニックをゆるく着ていて、ズボンもひどく汚れていた。彼は両腕で黒い何かを抱えながら、こちらをただじっと見つめている。


「なんだ、お前は?」


 こんな忙しい日に限って、来客が多い。魔道士はイライラを隠そうともせず、語気荒く少年へ当たった。彼は大きくビクリと肩を震わせたが、そこから一歩も下がることなく、こちらを見つめ続けている。


(まったく……情に訴えるような目つきしやがって。どいつもこいつも、俺をなんだと思ってるんだ?)


 のどまで出かかった言葉は、しかしながら何とか飲み込めた。村長ならいざ知らず、今目の前にいるのは年端の行かない子供なのだ。

 観念したザッカリーは、今度は気持ちを落ち着けて静かに声をかけることにした。


「どうか、したのか」


 委縮している人間相手に高圧的な態度をとっても、よりきつく口を閉ざすだけだ。あやすような言動は不慣れであったが、つとめて少年の心を刺激しないように彼は言った。


「そんなところで突っ立っていても、分からんぞ。何かしてほしいんだろ」


 自分でも引きつっていると分かる笑顔。

 それ故か、相手からの返事はない。

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