第6頁 秋
案の定、秋の訪れは早かった。山脈から生えている数少ない木々が、日に日に葉の色を赤く変えていく。
落葉を始めるのももうすぐだろう。ザッカリーは自宅を取り囲む山々を窓から眺めながら、そんなことを思った。南の森はもう少し低い位置にあるせいか、赤や黄色に交ざって緑色がちらほらと存在している。景色を見れば美しかったが、ザッカリーの心を穏やかにする効果は持ち合わせていなかった。
山奥の様子はどうなのだろうか。野生動物が食べる餌は足りているのだろうか。飢えてこの辺りまで降りてくるような事態には、ならないだろうか……。むしろ最近は、この景色に気を揉む方が多い。狼などが姿を現したとしたら、自分はどうすれば良いのか? それを考えるだけでザッカリーの心は荒んだ。
やはり、四の五の言わずにさっさと殺処分してしまったほうが良いのだろうか。だがそれをすると、村民たちに感謝されてしまう。ありがとう、さすが魔道士様だ。便りにナルナア。コレカラモヨロシク……。
「ええい、くそ!」
ザッカリーは忌々しげに頭を掻いた。気候を見ても生贄の捕獲しやすさを見ても、ここは良い塩梅な土地柄だ。だからこそ、この一点の煩わしさがより際立って感じられた。
そもそも魔道士と言えば、野生動物よりもはるかに危険視されるはずの存在なのに。ザッカリーは何度もそう思ったものだが、彼自身に限って言えば血生臭い荒事は嫌いであったため、もしかしたらそれを村長に見透かされたのかもしれなかった。
魔道士は非道であれ。現ポロニア王国建国時に活躍した大魔道士グラントの言葉だ。あれほど英雄視されている人物でさえ、過去に何人もの女性を魔王に捧げていることを考えると、よくよく己のぬるさが分かるというものである。
一度、本当に村人をさらってきたらどうか……ザッカリーは性懲りもなく何度もそれを頭に浮かばせては、すぐに引き下げてを繰り返した。そりゃそうだ。そんなことをしたら、ここから追放されてしまうではないか。ここは人さえ来なければ最高な場所なのだ。今さらここを離れて新たに居を構えるには、彼はあまりにも長くここに住みすぎていた。
と、その時。
不意にドアをノックする音が聞こえた。
今日は村長が金を置きに来る日ではないはずだ。ザッカリーは思わず眉間に皺を寄せる。
だとしたら、あいつか。
不機嫌を隠そうともせずにザッカリーは玄関まで行き、ドアを開けた。
少年がひとり、無表情で立っている。夏場に重傷のカラスを持ってきた、あの子供であった。あれだけ脅かしたにもかかわらず、彼はあれから何度かここに来ていて、態度もふてぶてしいものに変化していった。初対面の時のびくついた感じは、今はもうない。
ひたすら邪魔なので、ザッカリーは毎回それっぽいことを言って彼を追い返す。が、どういうわけか忘れた頃にまた来るのだ。
「……何だ、今日は?」
尋ねたところで大抵返事もない。ただ黙って彼の家に勝手に入り、物珍しそうに色々と眺めて回るのみだ。もっとも、眺めて『回る』と言えるほど広々とした室内ではないのだが。
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