第8頁 暴かれた傷
たまらず、ザッカリーは問う。
「なあ……お前、そんなに魔道のことばっかり訊いてどうするんだ? まさか『魔道を覚えたい』だなんて言うワケじゃないだろう?」
少年はそれを受けて、キョトンとした顔でザッカリーを見た。
しばらく沈黙していたが、やがてポツリと言った。
「……ダメなの?」
「当たり前だ。もし魔道なんか覚えてみな、たちまち村の全員からつまはじきだぜ」
「?」
「……あのなあ。昔から、魔道は外道と言ってだな。こんなものは、人の道を踏み外した奴らが覚えるものなんだよ。お前みたいな子供が手を出していいモンじゃねえ……だから、帰れ」
真意を知った以上、一刻もここに居させてはならない。ザッカリーは思った。万が一にもうっかりこいつに魔道を教えた日には、ただでさえ面倒な村との距離感がさらにおかしくなってしまう。
しかし、
「……僕、今もうつまはじきにされてるんだけど。だったら魔道覚えた方が得じゃない?」
少年の言葉に、ザッカリーは顔をよりしかめた。言葉を選びかねて沈黙する。
「ねえ、いいでしょ? 教えてよ」
子供の口調は無邪気にも聞こえたが、その顔にはあくまでも感情らしきものが見られなかった。これくらいの年齢だったら、もっと感情が素直に表へ出てもいいと思うのだが。
「……」
しばらくザッカリーは黙っていたが、やがて少し待つように少年を諭すと、多数ある箱の中から木製のしっかりしたものを選び、机の上に置いた。
移動させた箱たちを適当に元へ戻し、箱を開ける。中には様々な大きさのビンが入っていて、魔道士はその中からひとつ、大きめのものを取り出した。
ビンに入っていたのは、薄緑色をした糊状の物質だった。ザッカリーはそれを、軟膏の要領で右の手のひらへ塗り込む。
ビンのふたを閉めると、右手をゆっくりと少年にかざし、呪句の詠唱を始めた。
呪句は古代語を用いるのが常で、当然目の前の少年に意味が分かるはずもない。子供は困惑気味に首を小さく傾げたが、目の前の魔道士が『何か』をしようとしているのは察したらしく、それ以上の大きな動きはしないまま黙っていた。
物質を塗った部分が、うっすらと光り出す。ザッカリーは、その光る右手を子供のあちらこちらにかざしていった。
「……!」
寄りっぱなしの眉間に、さらに深くしわが寄った。
「まさかとは思ったが……こいつはひでえな。服の上からじゃ見えねえが、キズだらけじゃねえか」
「すごい。分かるんだね」
「これは透視を助けるための軟膏でな。塗ると色々なものが透けて見えるようになるんだよ」
「へー」
「まあ実際は見えるというより、感じられるようになる、と言った方が正確かな? ……いや、そんなことよりもお前、本当にひどい怪我の数だな」
透かして見た少年の体は、まさに傷だらけであった。傷は古いものから新しいものまで様々で、普段から日常的にそれらを負ってしまうような環境にあることが、容易に推察できた。
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