第9頁 保留
依然、ザッカリーは透視の右手を動かしている。他の動作をしながら会話をするのは、存外に骨が折れた。
「俺なんかじゃなくて、もっと身近な大人に頼れよ」
「なんで?」
「なんでって……」
そしてそれが、聞き分けの悪い子供相手となればなおさらだ。
「お前、馬鹿じゃねえのか? 自分で言うのもなんだが、魔道士っていうのはいつ人に危害を加えるか分からない存在なんだぞ?」
「……」
「お前は、本当に思っていることが顔に出ねえな。やりにくくて仕方がない。いいか? まずは親にこの傷を見せろ。そして、誰につけられたものか、覚えているだけでもいいから全部言うんだ。分かったな?」
「……」
子供は返事をしない。
苛立ちが募るザッカリーはさらに何か言おうとしたが、ふと気になる透視が見つかり、手を止めた。
子供の左の太ももの辺り、広範囲に皮膚の痛みがあった。
切り傷でも擦り傷でもないそれは、ザッカリーの認識を改めさせる。
「……そうか」
言いたかったことがすべて無意味だと知ったザッカリーは口をつぐみ、透視もやめた。少年が訝しげにこちらを見つめている。
「小僧……名前は?」
前に拒否された質問を、今一度してみる。
すると、
「アモスだよ」
少年は、今度はいともあっさりと答えた。
ザッカリーはそれを聞くと、ゆっくりと深く首を縦に振った。
「分かった。アモス、とりあえず今日は帰ってくれ。そして、俺が話した内容をしっかり考えるんだ」
「……」
「そして……それでも、どうしても魔道を知りたいというのなら、15日後にまた来なさい。その時はちゃんと教えてやる」
「本当?」
少年の瞳が、わずかに輝いた。
「ああ。ただし、15日はちゃんと待つんだ。もしそれより前に来やがったら、絶対に教えないからな」
「うん、分かった」
アモス少年の顔は相変わらず表情に乏しかったが、それでも語気や身振りに活気が生じたのを、ザッカリーは見て取った。
最後に礼を言い、アモスは村に帰っていく。
見送るザッカリー。心中は穏やかではなかったが、まずは冷静に考える時間を少年に与えられただけでも良しとした。
10日ほどすれば、また村長がここに来る。その時に、アモスのことを訊こうとザッカリーは決めた。もしかしたら、何か知っているかもしれない。
「……」
魔道士は狭い厨房に行き、
軽く洗い流したところで自室に戻り、椅子に腰をかけてため息をついた。
(やれやれ……こういういざこざが嫌で魔道士になったんだがな……)
あの子供が二度とここに来ないよう、村長に話をつけてもらえば一番早いのかもしれなかったが、正直気が進まなかった。あの男は打算的だ。またなにか依頼事を重ねてくる可能性もある。
「……」
しばらく心を煩わせていたが、やがてザッカリーは考えるのをやめてしまった。
今日は、もう何も頭を使いたくない。
彼はすぐにまた厨房へ足を運び、夕飯の準備にとりかかった。
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