第2話 歓迎せざる来客

「邪魔するよ」


 姿を見せたのは、たたずまいのしっかりした初老の男性である。身の丈が高く背筋も伸び、まとっている衣服も質素ながら乱れがない。隙のない風貌に、頭髪だけが寂しかった。


「……また、あんたか。毎月毎月、ふもとからご苦労なことだな」


 呪句を詠唱する以外ではあまり使わない声帯を、ザッカリーは億劫に働かせる。この男さえいなければ、ここでの生活は快適そのものであったのに。そう思ったところで、来てしまうものは仕方がない。


 男は、ザッカリーの断りもなく家に上がった。一人暮らしに最適化した住居は、異分子が一体紛れるだけでたちまち手狭になる。積み上げた本や、薬物・乾物の入った箱などが、この男の不用意によって崩れはしないかと、家主の魔道士は内心気が気ではなかった。


 もっとも、男としても慣れたもので、慎重に器用にそれらを回避しながら、いつも家主が使っている粗造りの椅子に腰を掛けた。当然、椅子はその一脚のみだ。ザッカリーは仕方なくその傍らに立ち、腕を組んで男を見下ろした。


「ほれ」


 男は、ずっと手に持っていたらしい紐付きの革袋を、ややぶっきらぼうに差し出してきた。


 仏頂面でそれを受け取るザッカリー。念のために中身を確認すると、幾ばくかの銀貨が入っていた。

 顔色をまったく変化させないまま、彼はそれを腰ひもに括り付ける。


「俺はただ、ゆっくりと自分の魔道を醸成する時間があればそれで良いんだがな。いい加減、放っておいてはもらえんか、村長?」


「そうはいかん。ディムエッジから兵が撤退した今、狼から村を守る手立てはお前だけなんだぞ」


「……やっぱり、その話になるんだな」


 うんざりするザッカリーとは対照的に、村長と呼ばれた男は不敵に笑った。


 ここより北の山奥に、狼の群れが住んでいる。餌が足りなくなると南下して村を襲うため、狼と人の居住区域の境、ディムエッジと呼ばれる地域に砦を立て、村まで狼が来ないようにしていたのだ。


 が、狼の目撃情報と村の人口とが極端に減ったため、国は15年前に砦から兵を撤退させた。ザッカリーがここに住みついたのはその翌々年、彼が26の時だった。以来、村長がこの魔道士に銀貨を支払い、狼が村を襲わないよう見張りを依頼し続けている。彼の家はディムルーラルとディムエッジの間にあり、いざ狼が村に来るとなれば、非常に確認が容易な立地にあった。

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