第2話

 だが、狐面を被った誰もが将司しょうじに視線を向ける。

 将司は少しはにかんでゆっくりと歩を進めると、彼らに促されるよう花嫁の前に立った。


 彼女の顔など見えない。だが、控えめに差し出した彼女のその手に、将司は見覚えがあった。

 いや、触れて分かったという方が正しい。指先のささくれは、彼女の小さな悩みだったのだ。

 将司は今、慈しむようにそれに触れた。


「来てくれたんだね。ずっと待っていたよ」


 狐面の奥で彼女が照れくさそうに笑ったように見えた。


 ◇ ◇ ◇


 五十年前、彼女は通り魔に殺害された。ひどい暴行を受けて。

 生きていてほしかった。だが、生きていれば、彼女は生きることに苦しんだのではないか、とも思う。


 彼女の遺体と対面した時、その手に触れて将司は涙を流した。指先にできた小さなささくれに乾いた血の痕が残っていたからだ。


 苦しかっただろう。辛かっただろう。最後に何を思ったのだろうか。

 彼女の目に最後に浮かんだものが自分の姿であればよいと思いながら、婚約者として彼女を荼毘に付した。


 それからというもの、将司は毎日、彼女の命の灯火が消えた時刻に近くの稲荷神社へ行き、すがるように願った。

 犯人への復讐ではない。

 どんな形でもいい。再び彼女と会わせてはもえらないだろうか、と祈ったのだ。


 だが、せいぜい夢に見るくらいで、それも日に日に色褪せていった。

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