狐の嫁入り

佐藤 楓

第1話

 山野に突として小さな炎が生まれた。それが種火となって数を増やし、連なって闇夜にゆらめく一筋の光となった。

 将司しょうじは、それが列を成す人の群れであることに気が付いた。

 彼らが向かう先はおそらく、ここ――。


 人里離れた山奥の一軒宿。宿泊者たちが浴衣に羽織を重ね、興奮した面持ちで「怪火かいかだ」と外に飛び出した。

 将司もまた部屋の窓からこの光景に気付き、浴衣のみで宿の外へと出た。履き慣れぬ下駄を不器用に音立てながら。


 周りでは興味深そうにその光景を眺め、宿が企画した催しものだろうと声を弾ませている。


 静寂に一歩一歩、地を踏みしめる草履の音が響く。

 宿の前の舗装された道路に彼らの姿が現れると、その全貌が明らかになった。


 手元には、提灯ではなく松明を掲げ歩いていた。

 先頭には仲人、その後ろには白無垢の女、そして後を続くように紋付き袴、黒留め姿の付添人、花嫁の両親と思しき者たちがいた。誰もが狐面を被っている。



 言わずもがな、狐の嫁入り――。

 


 皆の歓声が上がる中、その一行が宿の前で足を止めた。

 やはりか、と将司は思った。


 仲人と付添人が静かに将司を見やると、挨拶でもするかのようにこくりと頷いた。

 周りの宿泊客が怪訝そうに将司を見つめる。老いたこの男がこの婚礼の儀にいったいどう関りがあるのだろう、と言わんばかりに。

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