本編 埴輪パニック!
ナ)夏休みに入り、小学一年生の
そして、一家が知依の家に滞在中のある日、陽仁と知依が二人で出掛けます。
彼らは遠出をしたらしく、最寄り駅へ戻ってくる頃には、日が沈みかけていました。
しかし、まだ遊び足りない陽仁は———
陽)「ねぇ、おばあちゃん、まだ遊びたいから公園に行きたい!」
知)「そうねぇ、もう少しだけなら良いけど、太陽が沈んだら、帰ろうか。」
陽)「分かった〜。じゃあ、ちょっとだけ遊ぶことにするよ。」
◆◇◆
ナ)陽仁の意志を尊重し、公園へ寄ることになったようです。しかし、陽仁は人気の遊具がある場所からではなく、反対側の入口から公園へ入ったのです。
知)「陽仁、何故こちらから入ったのかい?ここには、鉄棒も滑り台もないよ?」
陽)「でも、馬や船があるよ!」
知)「馬や船って......あれは
陽)「ううん。僕、これが良いの。それにおばあちゃん、人が沢山いると疲れるでしょ?」
知)あら、まだ幼いのに、気遣ってくれるなんて.......良い子に成長したねぇ。
「ありがとう、ばあちゃんの為を想ってくれて。」
陽)「どういたしまして〜。ところでおばあちゃん、埴輪って何?」
知)「あぁ、埴輪っていうのは、昔の時代のお墓である古墳から発掘された、人や動物をかたどったもののことだよ。土製のものをよく見かけるけれど、目の前にあるのはコンクリート製だねぇ。
数十年前.......ばあちゃんが学生だった頃に、この公園に古墳広場と埴輪が設置されたんだよ。
けれど、陽仁のお母さんが学生だった頃に、線路を作る際に邪魔になるからという理由で、古墳広場が撤去されて、埴輪だけが残されたんだったねぇ。」
陽)「う〜ん、僕にはちょっと難しくて、全部は分からないや。でも、埴輪だけが残されて、かわいそうだね。」
知)「ばあちゃんは、そうは思わないねぇ。子供達が使ってくれているのだから、埴輪も喜んでいるはずだよ。」
陽)「そうかな?あっ、僕、馬に乗りたいから、おばあちゃんに抱っこして欲しいな。その方が、安全に乗れそうだし。」
知)「確かに、落ちたら危険だねぇ。ばあちゃんが抱えてあげるから、馬の上では絶対に動かないんだよ!」
陽)「分かった。僕、大人しく乗るよ。」
◆◇◆
ナ)動かないことを条件に、陽仁は、馬に乗る許可を得ました。ですが、どうやら異変が発生したようです。
陽)「わぁ、馬が揺れてる〜」
知)「陽仁!動いてはダメだって、ばあちゃん言ったよねぇ?」
陽)「えっ、僕は動いてないけど。」
知)嘘よ。陽仁が動く以外に、揺れを感じる訳が......
ナ)陽仁の馬が揺れているという発言を不審に思った知依は、再度、陽仁と馬の埴輪を見つめます。
知)確かに、陽仁は動いていないねぇ。けれど、馬の埴輪が揺れているようにも見えない。つまり、陽仁の気の
「陽仁、ごめんよ。ばあちゃんの勘違いで叱ってしまって。」
陽)「ううん、僕は平気だよ。そろそろ馬に乗ってるのも飽きてきたから、降りたい!」
知)「分かったよ、ばあちゃんが下ろしてあげるから......」
"ブルルッ(馬の低めの鳴き声エフェクト)"
ナ)陽仁が馬の埴輪から降りようとした瞬間、埴輪が鳴いたのです。
知)今の鳴き声は、聞き間違いよね?きっと疲れて、幻聴が聞こえたのよ。
ナ)知依は自身の気の所為ということにしたいようですが、そうはいきません。
陽)「すごい!この馬リアルだな〜。揺れるし、鳴くんだね。」
知)まさか、陽仁にも聞こえていたなんて。この埴輪は、普通じゃないねぇ。とりあえず離れて、別のもので遊んで貰おうか。
「陽仁、もうこれは楽しんだだろうから、次は、船の埴輪のところに行こうよ。ばあちゃん、立ちっぱなしで腰が痛くてねぇ。」
陽)「えっ!?おばあちゃん、腰が痛いの?早く船のところにいって、座らないと!」
知)良かったよ、馬への興味を失ってくれて。船なら生き物をかたどっているわけではないし、さっきのようなことは起きないはずだからねぇ。
◆◇◆
ナ)陽仁を誘導して、馬から離れさせることに成功したようです。さぁ、船の埴輪では、何事もなく過ごせるのでしょうか?
陽)「うわぁ〜、船が大きくてカッコいいね。僕が船長になりたいから、一番端っこの席に座りたい!」
知)「好きな席を選んでいいよ。けれど、船の先の部分に立って、滑り落ちるのだけは止めて欲しいねぇ。」
陽)「うん。僕はきちんと座るから平気だよ。」
知)「そうかい。なら、ばあちゃんは陽仁の後ろに座って見ているよ。」
ふぅ、風が心地良いねぇ。日中は暑くて仕方が無かったけれど、今くらいなら快適に感じるよ。
ナ)陽仁は船長ごっこを楽しみ、知依は休息を取り、各々が充実した時間を過ごしていました。
しかし、二人の平穏は、一瞬で破壊されるのです。
何と、船の埴輪の隣にある、人型の埴輪二体の目が光りだし、その後、船の方へと移動を始めたのです。
知)「なっ、どうなっているのよ!」
埴輪がこちらへ向かってきているなんて、どうしたら良いものか。
逃げたとしても、追いかけられたら、絶対に捕まってしまうよ。何せ、老人と子供の足だからねぇ。
......そもそも、
仮にも人型なのだから、歩いて欲しいものだよ。
陽)「おばあちゃん、埴輪が船に乗ってきた!どうしよっ」
ナ)知依は陽仁の口を塞ぎ、次のように
知)「陽仁、このまま待機するんだよ。ばあちゃん達が何かしない限り、あちらから危害を加えることはないだろうからねぇ。」
陽)「うん.......」
ナ)「知依の勘は的中し、埴輪達は、特に行動を起こしません。
しかし、二体が座った後、
"ザザーン ザザーン(磯に打ち付ける波のエフェクトを小さめの音量で)"
ナ)そして、波の音が段々と大きくなり、船の埴輪が、まるで海上にいるかのように揺れ始めました。
知)これで、本当に逃げられなくなってしまったよ。
しかし、信じられないねぇ。波の音に、船の揺れ......忠実に再現されすぎていて、気味が悪い。
ところで、陽仁は船酔いしていないかねぇ?乗船経験が無いはずだから、心配だよ。
陽)「うっ、ぐうぅ」
知)やっぱり、船酔いに苦しんでいるねぇ。
でも、ばあちゃんですら、船の止め方が分からないから、今は、仰向けに寝かせておく位しか、出来ないんだよ。
ナ)二人は、船が止まることを静かに祈り続けていました。その願いが届いたのか、およそ十分後に、船の揺れが止まり、波の音も消えて無くなりました。
知)とりあえず、埴輪達の動きを見てから、船を降りようかねぇ。
ナ)知依が埴輪達を見つめていると、彼女達は突然立ち上がりました。そして、次の瞬間———
巫)「到着したわ、着いてきなさい。」
武)「......」
"ザッ ザッ ザッ (草の上、もしくは土の上を歩くエフェクト)"
ナ)巫女の埴輪の呼びかけに応えるように、武人の埴輪は、無言で立ち上がり、着いて行ったのです。
この光景を目撃した知依と陽仁は、
知)「埴輪が、喋るって、どうなって、いる......のよ?」
絶対、おかしい。早く、船を降りて、ここから立ち去りたいねぇ。
「はっ、陽仁。また船が動き出しても困るから、早く降りようか。」
陽)「僕、未だ、フラフラして気持ち悪いから、船を降りたら、近くで座りたいよ。」
知)「う〜ん、近くで座れそうなのは、端にある、家の埴輪かねぇ?」
陽)「分かった。そこで少し休んだら、家に帰ろう。」
知)さっきまであんなに元気だったのに、すっかり弱ってしまっているよ。楽しく遊ぶ為にここへ来たのだから、もう何も起こらないと良いけれど......
ナ)知依の想いは届かず、船から降りた直後に、次なる恐怖が訪れます。
知)「へっ?」
船の埴輪の外側に、赤い汚れがついているよ。普段なら、ペンキの汚れかもしれないと思うところだけれど、鎧を着た、いかにも強そうな埴輪が動いている様子を見た後だからか、嫌な想像をしてしまうねぇ。
もし、先程の埴輪達に敵意を向けられたら.......なんて、考えたく無い。いや、考えるのは止めておこうか。
陽)「おばあちゃん、どうしたの?早く、移動しようよ〜。僕、結構キツくて。」
知)「吐き気が堪えられないようなら、一度出してしまった方が楽だよ?」
陽)「さっきみたいに寝っ転がれば、平気になると思う。」
知)「分かったよ。休めるところへ行こうか。」
ナ)休息を取る為、知依と陽仁は、家の埴輪へ向かいました。今度こそ、何事もなく過ごせるのでしょうか?
◆◇◆
陽)「ふぅ。入口が二つあって、窓っぽい穴も四つあるから、風が入ってくるね。」
知)「うん。加えて、二人分のスペースはあるから、快適だよねぇ。」
陽)「そうだね〜。でも、ビックリすることばっかりだったから、頭の中がぐちゃぐちゃかも。」
知)陽仁も、混乱しているのかねぇ。まぁ、無理もないよ。本当に、不可思議なことばかりが起きたからねぇ。
けれど、あと少しで終わるよ。陽仁の体調さえ戻れば、直ぐに帰宅出来るのだから。
ナ)二人が、先程までの出来事に関して思案していると、窓の辺りで、何かが動きました。
知)うん?窓の辺りに何か居るのかねぇ。
ナ)知依が窓を覗きこむと、そこには、船に乗っていた、武人の埴輪がいたのです。
しかも、隣の窓からは、巫女の埴輪が顔を出し、知依が反対側に目を向けると、尖った帽子を被った男子の埴輪に加え、手に何かを持った、女子の埴輪までもが現れたのです。
知依達は、計四体の埴輪に包囲されてしまいました。
陽)「おばあちゃん。僕、もう平気だから、起きるね。」
知)「ダメよ!今起きたら......」
陽)「うわわっ、僕達は埴輪に囲まれていたの?どうしよう、逃げないと。」
ナ)幸いなことに、出入り口は塞がれていなかったので、陽仁は家の埴輪から脱出することを提案します。
知)外へ出たとして、どうなるかは分からないよ。けれど、閉じ込められて、身動きが取れなくなる方が困るかねぇ?
「陽仁、公園の出口に近い方から出るよ。」
陽)「分かっ、えぇ!?」
ナ)陽仁は出入り口の様子を見て、困惑しました。何せ、他の埴輪より、一際小さな、筒状の埴輪が新たに現れ、退路を塞いでいるのですから。
そのことに気づいた陽仁は、知依に代案を出します。
陽)「おばあちゃん!こっちからは出られないから、おばあちゃんの方から出ようよ。」
知)「ごめんねぇ、どうやらばあちゃんの方の出口も、同じ状態のようなんだよ。」
陽)「そんな.......僕達、逃げられないじゃん。」
ナ)現状に絶望し、陽仁はただ、目の前の埴輪を見つめています。すると、表面に描かれた無機質な表情が視界に飛び込み、さらに陽仁の恐怖心を
知)陽仁が、青ざめて、震えているよ。いや、
この子だけでなく、ばあちゃんだって怖いもの。
でも、祖母として、
何か、良い案は......
ナ)知依は、自身の脳を最大限活発化させ、打開策を模索し始めました。
そして、数十秒が経過した頃に、策と言うにはあまりにも拙い、リスキーな案を思いつくのです。
知)「陽仁。跳び箱は何段まで跳べるかい?」
陽)「えっと......五段位は飛べた気がするよ?」
知)「そうかい。じゃあ、大丈夫そうだねぇ。」
陽)「へっ、どういうこと?」
知)「今から、ばあちゃんが跳び箱の要領で埴輪を跳び越えるから、陽仁も続いて欲しいのよ。」
陽)「確かに、あの埴輪は、跳び箱五段より全然低いけど。って、おばあちゃん!?」
"タンっ(足を踏み切るエフェクト)"
ナ)陽仁に作戦を伝えた直後に、知依は埴輪を飛び越えて行きました。
陽)「僕もやる!」
ナ)知依の成功を見届け、次は、陽仁の挑戦です。
"タンっ(足を踏み切るエフェクト)"
ナ)少々バランスを崩しながらも、無事に成功し、二人は公園の出口を駆け抜けて行きました。
巫)「また来るといいわ。......待っているから。」
完
※機械設置場所:馬の埴輪正面の街灯付近を希望
とある夏の夕暮れ 一ノ瀬 夜月 @itinose-yozuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます