家族の話

カサゴ

仕事と子供(白崎家)

 息子に起こされる。服を着る。顔を洗う。ひげを剃る。歯を磨く。髪を整える。息子と朝食を食べる。仕事に行く。ミスをして上司に怒られる。昼食をいつものコンビニで買い、近くの公園で済ませる。仕事に戻る。終わらない仕事に追われる。家に帰る。息子の寝顔を見て疲れを癒やす。息子が入った湯を沸き直し、風呂に入る。昼食の時と同じコンビニで買った夕食を食べる。歯を磨く。息子の寝顔を見ながら眠りにつく。毎日毎日、その繰り返し。何をやっているだ俺。


 朝が来た。いつものように息子……ゆうが起こしにきた。服を着る。顔を洗う。ひげを剃る。歯を磨く。髪を整える……。たまには早く帰ってきて一緒に夕食を食べた方が……いや、そんなの他は当たり前のようにしているのだろう。勤めている会社がブラック企業なのは分かってる。でも……。息子と朝食を食べる。仕事に行く。ミスをして上司に怒られる……。こんなダメダメな奴雇ってくれるとこ、他にあるのだろうか……。昼食をいつものコンビニで買い、近くの公園で済ませる。仕事に戻る。終わらない仕事に追われる。家に帰る。息子の寝顔はいつもと変わらず健やかなものだ。息子の入った湯を沸き直し、風呂に入る。昼食の時と同じコンビニで買った夕食を食べる。歯を磨く。今日も可愛い顔で寝ている……眠りにつく。


「朝だよー!起きてっ!!」

幼い声だが大人びている。これがゆうの声だ。俺は重いまぶたを擦りながら欠伸をした。

「また夜遅くまで仕事してたでしょ。倒れても知らないからね。」

ゆうはそんな俺見て呆れて言った。はあ……子供に呆れられるとは父として失格だな。俺は掠れ笑いをする。

 ゆうは何も言わなくとも自分でさっさと朝食の準備をし、朝食を食べる。本当に手間のかからないしっかりした子だ。俺も朝食の準備をし、一緒に食べた。前は朝食は食べなかったが、ゆうが食べないと機嫌が悪いので仕方なく食べるようになった。正直、食べるよりももっと寝ていたいのだが……。

「ゆう、行ってくるね。」

「いってらっしゃい!!お父さん!」

ゆうは無邪気に笑って見せる。小さい頃からゆうは我が儘を言わない子だった。いや、俺が我が儘を言わせないようしてしまってはいるのだろう。こんなボロ雑巾のような疲れ果てた父親に我が儘など到底言える訳ないだろうし……勝手に思って落ち込んでしまった。本当に俺は駄目な父親だ。


「朝だよー!起きてっ!!」

次の日ゆうは相変わらず元気だ。

「おはよう、ゆう……。」

「おはよう。」

ゆうは俺の頭を撫でた。ゆうの手は温かった。

 俺が洗面所から戻ってくるとまだゆうは朝食を摂っていなかった。いつもならさっさと準備をし、食べているのに……。

「朝ごはんは?」

「今日はいいや。宿題終わってないし。」

ゆうはニッと笑った。なんだか無理をしているようだった。

「具合い悪いの?無理しちゃ良……。」

「大丈夫!!無理しないし!!」

ゆうは俺の言葉に被せて慌てて言った後また、ニッと笑った。

「そう……無理だったら、連絡してね。休みの連絡入れておくから。」

「もうお節介だなあ。大丈夫だよ。お父さんこそ仕事中倒れないでね。じゃあね。」

ゆうはそう言うといつもより早く家を出ていった。俺は止めるべきだったか一瞬迷ったが、勘違いだったら迷惑かと思い、そのまま仕事に向かった。


 また今日も案の定ミスをして上司に怒られた。お昼になったのでいつものコンビニで昼食を買い、近くの公園で食べる。食べていると自分と同じ年くらいの男性とゆうと同じ年くらいの子が楽しそうに歩いていた。そういえば、今日は学校が早く終わる日だ。朝、ゆうが言ってかないからすっかり忘れていた……あ、ゆうは大丈夫だろうか……LINEを見たが何も連絡はなかった。大丈夫なんだろう。


 仕事が終わった。

『今から帰るよ』と犬がビジネス鞄を持って歩いているスタンプ添付。

送信っと。

ちょっとするとゆうから、なんだか分からない生物が敬礼するスタンプが送られてきた。思わず、ニヤけてしまう。確か、ゆるたんだっけ?やっぱりまだ子供なんだな。


 家に帰る。ゆうの寝顔……。

「ゆう?!大丈夫!?」

ゆうがぐったりしている……息し辛そうだ。

「ひどい熱……ゆう。大丈夫!?病院……まだ開いて、無理だよな。母さん。」

俺は思わず母に電話をかけてしまった。自分ではどうすることも出来ないと思ってしまった。自分が情けない……。

「もしもし、どうしたの?こんな夜中に……。」

「ゆうが……っ!?その……ええっと……。」

母に怒られる……そう思うと言葉思うように出てこない。

「ゆう君がどうしたの!?」


 しばらくして、母がやってきた。案の定……。

「それで、ゆう君の容態に気づかなかった……何も気づかなかったの?」

「朝、様子が変だったけど大丈夫だって……。」

「それで、学校に行かせたの?」

「行かせたんじゃない!」

「行ったのも行かせたのも一緒です。貴方、ゆう君に何したか分かってるの?こんなの虐待。自覚は?普通こんなことしません。」

「分かってるよ!でも、こっちにも事情ってものがあって……。」

「例えば……?例えば、何があるって言うの?言ってみなさいよ早く!!」

「……すみませんでした。」

「私じゃなくて、ゆう君にでしょ。貴方は良く自分の事しか見えなくなる。あの人と同じです。いつも気をつけてって言ってるでしょ?仕事と子供どっちが大事なの?」

母はゆうの頭を撫でながら言う。あの人とは父の事だ。俺の高校生の時自殺した。理由は仕事でのトラブル……。俺はゆうに酷い事をした。初めて自覚した。仕事はゆうのためにしている。でも、何時しか仕事が優先になってしまっていた。

「ごめん……!!ゆう。ごめんね……ごめんね……。」

俺はゆうに駆け寄り、手をギュッと握った。こんなこと普通じゃない。俺はどう考えても異常だった。ゆうをいつも一人にして、俺は仕事に追われているのを理由にし夜遅くまで帰らなかった。いつもおはようといってきますしか言ってなかった。ただいまもいただきますもおやすみなさいも言えてなかった。悔やんでも悔やみきれない……。


「お父さん……。」

朝、ゆうの声で目が覚めた。

「ゆう!?大丈夫?熱は!?下がってる……他は鼻水とか頭は?咳でない?怠くない?目眩は?食欲ある?」

「お父さん!!大丈夫だよ。ごめんね。お父さん、いつも忙しそうだから本当のこといえなかった……。ごめんなさい。」

やっぱりゆうに無理させていた。本当に父親失格だ。俺はゆうをギュッと抱きしめた。

「なんで、謝るの。謝るのこっちだよ。ごめんね、ゆう。いつも我慢させてごめんね。」

「いつもは我慢してないよ?」

ゆうは優しく微笑んだ。


 次の日俺は仕事を辞めた。もっと、働き方も考えないと。ゆうを一番大事にしてあげないと。ゆうはまだ子供だ。どんなにしっかりした子であっても。愛してあげないと……。

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