第35話

 期末試験まであと二週間と迫ってきた休日のこと。

 昨夜遅くまで勉強していた反動で、少々遅くまで寝てしまっていたら、サイカに起こされた。


「あまりお待たせするのは感心しませんよ」


 その一言だけ残して、サイカは去っていく。

 なんのこと……? と思っていたら、携帯端末に何か通知が来ていた。


 かがみからのメッセージだ。

 二時間ほど前に送ってきたものらしい。


 急いで画面を点けて内容を表示させると、昼食へのお誘いだった。

 現在時刻は一一時。

 そろそろ返さないと、かがみも困ってしまう時間になっていた。

 サイカに心の底から感謝した。


 当初は携帯端末を掌握されていることに不安を感じたが、もはやサイカに隠し立てするようなことは何もない。

 すでにさんざん情けないところを見られているのだ。


 今さら何を見られたところで株が下がるようなこともあるまい(開き直り)。


 すぐにメッセージを返す。

 返事が遅くなったお詫びとともに、お誘いを了承した。


 場所は以前利用した喫茶店を指定された。

 思い返してみれば軽食メニューがあったような気がする。


 サイカに昼食の準備を確認するとこれからだというので、それは無しにしてもらった。

 朝食に出す予定だったらしいサラダだけ作ってあったので、それだけ食べて支度をして出かけた。


「サイカちゃんから連絡があったんだけど最近遅くまで勉強してるんだって?」


 喫茶店について開口一番、そんなことを言われた。

 かがみの詰問するような口調に、思わず目を泳がせた。


「まぁ……。実際、そのくらいやらないとかなりヤバいし。てか、サイカから?」

「わたしたち、ときどきメッセージをやりとりしてるから」

「えぇ……」


 いつの間に。

 一体、何を話しているんだろう。

 気になるけど、訊けないよなぁ。

 無粋だし。


 店員が注文を取りに来たので、ナポリタンを注文する。

 喫茶店のナポリタンは結構好き。

 変に凝ってなくて普通っぽいやつがいい。


「あのね、凡夫」


 かがみが言い含めるような口調で言った。


「やる気があるのはいいことだけど、本当の本当の直前だけならともかく、今の時点でそれはやめた方がいい。試験までもたないよ」


 でも、と反論しかけた俺の言葉を遮るようにかがみが先を言う。


「前にした、体調を崩して医学部を受けられなかったって話なんだけど」


 突然始まった話に困惑しつつ、耳を傾ける。


「実は根を詰めすぎて直前で倒れちゃったんだよね。それで少しの間、入院してたの。確かにずっと体調は悪かったけど、まさかそんなことになるとは思ってなかったな」

「それはもうなんていうか……」


 かがみの口調はあっけらかんとしていたけど、一方の俺は何と返していいかわからず言葉を濁すことしか出来なかった。


「今はこれも巡り合わせかなって思ってるけどね。それにオートマタやAIなんかの研究をしていけば、普通に医学を学んでいたのじゃ出来なかったアプローチで医療に関わることもできるんじゃないかなって考えてるんだ。だからむしろ世界が広がってラッキーだったのかも。それとここに来てよかったって思える理由がもう一つあって――」


 かがみは少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「これからずっと一緒に切磋琢磨出来そうな友達もできたからね」


 友達、か。


 かがみへの恋心を未だ諦めていない俺としては、そう言われてしまうとなんとも微妙な心境になるが、すっかりそんな空気じゃなくなっちゃったしな。

 これもまた巡り合わせなのか。


 ただ一方で、今の関係も居心地良くて、悪くないと思ってしまう。

 一緒に夢に向かって頑張る仲間。

 それが、これからの俺たちの関係なんだろうな。


 それと……そうか。

 無理をするなって実体験に基づいた話だったんだな。

 説得力ある。


 しかし倒れるほど自分を追い込むなんて、かがみはひょっとして(いろんな意味で)ものすごいやつなのでは?


 そんなことを考えていると、急にかがみが焦ったように早口でまくし立てた。

 きっと自分の発言が照れくさくなったのだと思う。

 頬をうっすらと赤らめている。


「それはそれとしてさ、気が逸っているのはわかるけど、まだそれなりに日があるのに今からあまり根を詰めすぎちゃダメ。もしも倒れて試験を受けられなかったら元も子もないでしょ? 適度な息抜きも勉強と同じくらい大切だよ」

「うん……そうだな。ありがとう」


 反省する。

 確かに受けられもしないのは、一番まずい。


 科目によっては再試を受けられるかもしれないけど、その場合の評定は最高Cらしいし、そもそも試験放棄はそのまま留年する可能性だってある。

 今気付かせてくれてよかった。


「わたしも付き合うから今日くらいは息抜きしよ? どこか行きたいところや、何かやりたいことはある?」


 行きたいところや、やりたいことか……何があるだろうな。

 と思考を巡らせていると、そのタイミングで注文していたナポリタンが運ばれてくる。


 かがみの方はパンケーキだ。

 それで足りるの? と思っていたら滝のようにシロップをかけ出した。

 もはや何も言うまい。


 ナポリタンは期待通りの味だった。

 美味すぎないのが美味い。

 昨夜からろくに食べていない胃に染み渡るようだった。

 どこか懐かしさを感じるケチャップ味を噛みしめていると、そういえば、としたいことが思い浮かんだ。


「じゃあ欲しいものがあるんだけどさ、買い物に付き合ってくれない?」

「お、いいよー。何が欲しいの?」

「俺も何を選べばいいか具体的には決まってないんだけどさ、実は――」


 今日の目当てについて話す。

 かがみは話を聞いた後、「任せて」と頷いた。

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