第24話
待ち合わせ場所に指定されたのは、かがみの家から徒歩五分ほどのところにある喫茶店だった。
大学近辺にはカフェや喫茶店はいくつかあるけど、ここには来たことがない。
落ち着いた雰囲気の一軒で、初めてだとちょっと入りづらそうな店構えだ。
店の看板は木の質感を活かしたデザインで、温かみがある。
引き戸を開けて中に入ると、真鍮製のドアベルがカラコロと心地よい音を立てた。
店内に入ると、カウンター席とテーブル席、奥にはソファー席があった。
アンティーク調の内装で、大きな窓から差し込む日差しが優しく照らしていた。
BGMにジャズがかかっていて、ゆったりとした時間が流れているかのようだった。
先に来ていたかがみを見つけ、窓際のテーブル席へと向かう。
かがみは文庫本を読んでいたが、俺の足音に気付いたのか、本を閉じて顔を上げた。
「よっ」
「おはよー」
挨拶を交わし、かがみの向かいの席に腰掛けた。
テーブルの上にはすでにカップが置かれている。
コーヒーの芳ばしい香りが、ふわりと鼻をくすぐった。
「ごめん、もう頼んじゃった」
「俺も同じものを頼もうかな」
軽く手を上げて店員を呼び、コーヒーを注文した。
店員が離れるのを待ってから切り出した。
「いいお店だな」
「でしょ。たまに来てるんだー」
「へぇ。俺はこういうお店、一人だとなかなか入る勇気出ないな」
「わかるわかる。わたしも初めて来たときは親とだったもん」
かがみはふふっと笑い、ゆっくりとコーヒーカップを口元に運んだ。
上品な仕草だ。一口飲んで満足そうに目を細める。
俺もつられて自分のカップを手に取って口に運ぼうとし、やめる。
――そうだ、その前にやることがあったんだった。
かがみのことをざっと見る。
テーブル越しだし座っているし、見える部位が少ない。
えーっと……。
あ、あれがよさそうだな。
「そのネックレス、初めて見た気がする。オシャレだな」
「ああ、これ?」
かがみがネックレスをこちらに見せるように、軽く持ち上げた。
「誕生日に親からもらったんだよね。痛んでも嫌だし休日しかつけてなかったから、あまり見慣れないのかも」
「なるほどな」
どうりで見覚えがないわけだ。
そんなふうに納得していると、かがみが何かに気が付いたように、ハッと目を見開き、次の瞬間には笑顔になった。
「これって昨日わたしが言ったアレか。よしよし、よく出来ました。えらい、えらい」
「茶化すなよ」
もちろん嘘を言ったわけじゃないけれど、昨日待ち合わせたとき、とにかく脊髄反射で褒めるように、とかがみに言われていたからな。
かがみも思い出したみたいだ。
ネックレスを褒められたのがよかったのか、それとも俺が言ったことを覚えていたことが嬉しかったのかわからないけど、かがみはしばらく上機嫌そうにニコニコとしていた。
あまりに可愛くて、顔が赤くならないようにするのが大変だった。
落ち着こうとコーヒーを一口すすると、まろやかな味わいが口の中に広がる。
ほろ苦さの中に、ほのかな甘みを感じて、溜息が漏れた。
「そういえば今日はどうしたの? 急に誘われたからびっくりしちゃった」
かがみが鞄に文庫本を鞄に仕舞いながら言う。
心臓が高鳴ったが、なんとか平静を装った。
「ダメだった?」
「ううん、大丈夫。暇だったし」
かがみの瞳は穏やかで、どこか楽しそうに見える。
一瞬、今ここで告白してしまうのもアリかとも思ったけど、さすがにタイミングが早すぎる。
雰囲気も何もあったもんじゃないし。
でも、こういうときって何を話せばいいんだろ。
緊張しているせいか、なかなか浮かんでこない。
一度そうなると、ますます焦ってしまい、さらに言葉が出て来なくなる。
負の無限ループにハマってしまった。
何か会話のきっかけになるものは……と考えて、そうだと思いついた。
「さっき読んでいた本、なんだったの?」
「有名なタイトルじゃないし、知らないと思うよ。普通の恋愛小説だと思う、多分」
「多分?」
「わたしも内容を知らないから。この前、本屋さんに行ったとき、なんとなく選んだだけ」
「へぇ~。じゃあ読み終わったら、今度貸してよ」
「え、凡夫って小説なんて読むの?」
「……読まないかな」
「そ、そっか……」
再び沈黙が訪れる。
あれ、これダメじゃない?
告白どころか、それ以前の問題だよな?
今度こそ何か……と必死に視線を彷徨わせていると、前方からくすくすと笑い声が聴こえてきた。
顔を上げると、かがみが笑っていた。
「ご、ごめ……っ。なんかおかしくて」
「え?」
「だってさ。なんか必死に話題探してない? そんなこと、今までしたことなかったのに」
完璧にバレてる。
恥ずかしくて、顔がカッと熱くなった。
ダサすぎて頭を抱えたくなる。
かがみは「あー、おかしい」と目尻の涙を拭うと、こちらに向き直った。
「では笑っちゃったお詫びに、わたしの方から話題を提供してあげよう」
ゴホン、とかがみは咳払いした。
「そうだなぁ、じゃあ凡夫が朝起きてから、ここに来るまでに何をしたか教えてください。はい、どうぞ!」
「起きてから?」
ええと。俺は目を閉じ、かがみに言われるがまま、今朝からの記憶をたどった。
「朝起きて……」
「うん」
「顔を洗ったり、朝食を食べたり、歯を磨いたり……みたいな朝の支度をして」
「うんうん」
「家を出てしばらく歩いていたらここに着いた……?」
「なるほどー」
かがみはしたり顔で頷いている。え、なに?
「この質問、なんだったの……?」
「特に意味はないかな」
「ないのかよ!」
「でも、緊張はほぐれたでしょ?」
「あ……」
本当だ。さっきまで頭が真っ白だったのに、いつの間にか普通に話せるようになっている。
「人って何を話していいかわからなくなると、どんどん話せなくなっちゃうんだけど、絶対に話せることを与えられると案外普通に話せたりするもんなんだよ」
「へぇ~」
知らなかった。物知りだな。かがみの博識さに感心していると――
「――って、さっきまで読んでいた小説に書いてあったから、試してみただけ」
「おい!」
「あははっ」
本気で感心したのに!
けど、おかげで本当に緊張はほぐれたから文句は言えないか。
「それよりさ、今日わたしを呼び出したのって、本当は何かちゃんと用事があったからでしょ?」
「……うん、まぁな」
これ以上隠すのも無理がありそうだし、もう言っちゃうしかないか。
俺がそう決心を固めようとしていたら、かがみが思ってもみなかったことを口にした。
「もしかしてだけど……わたし、これから告白されちゃうとか?」
「えっ」
不意に核心を突かれ、ドキリとした。
言葉に詰まる。
「え、当たっちゃった?」
「まぁ……うん、そのつもりだった」
歯切れ悪く返事する。
すると、かがみは合点がいったかのように、うんうんと頷いた。
「あー、そっかそっか。うん、それであんなに緊張してたんだ。納得」
「なんでわかったの?」
「なんとなくかな? というかそもそも、いきなり『明日ちょっと会えない?』なんてあからさまに変でしょ。昨日の遊園地の帰りだってどこか様子がおかしかったし」
「う……」
バレてたんだ。
確かに俺、絶対変だったもんな。
仕方ないか。
「で、どうかな……?」
「何が?」
やはりはっきり言葉にしないといけないらしい。
意を決して、俺は告げた。
「……――かがみのことが好きだ。付き合ってくれないか?」
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