《第四章》機械少女の秘密と決意
第23話
遊園地から帰宅した俺は、普段滅多につけないテレビをつけて、ぼんやりと眺めていた。
と言っても、映像も音声も頭に入らず、雑音となって通り過ぎていくだけだった。
今こうしている間にも、今日の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていく。
爽太と渚が付き合った。
俺はかがみが好きだと気が付いた。
考えがまとまらない。
……いや、まとめようとすらしていない。
ぐるぐると止めどなく、いろんな考えが浮かんでは消えていく。
家に着いたら少しくらいマシになるかと思っていたけど、そうでもなかったみたいだ。
ただこれだけはわかる。
爽太と渚がめっちゃ羨ましい。
先ほどの焼き増しのようだけど
――片思いをしている人は、周囲の人に恋人が出来たり出来そうだったりすると、自らも焦ったり欲しくなったりするものと聞き及んでいます。
これマジで正しいと思う。
かがみと超付き合いたい。
けど、告白が成功するかを考えれば考えるほど厳しい気しかせず、ブルーになっていく。
はぁ~~~……と大きな溜息が漏れた。
「凡夫さま? どうかされましたか?」
様子のおかしい俺を、サイカが不思議そうに見た。
サイカに相談すべきか、否か。
きっと茶化されるけど、何か考えてくれると思う。
けれど、相談するとしても一体何を言えばいいのか。
というか、その前にサイカに今日のことを報告しておかないと。
一緒に行っていたわけじゃないから知らないもんな。
「えっと、実は爽太と渚が付き合うことになったんだ」
「それはよかったですね」
個人データベースを更新しておきます、とサイカは続ける。
「サイカのおかげだよ。ありがとな」
「いえ。私は何もしていませんので」
「アドバイスくれたじゃん」
「そのようですね」
いつものことながら他人事のようなサイカに、笑いが零れた。
周囲の関係が目まぐるしく変わっていく中、サイカだけは変わらないでいてくれることに安心感を覚え、心が軽くなった。
「ついでにさ、俺の話も聞いてもらっていいか?」
気が付いたら、そんなことを口にしていた。
きっとサイカならちゃんと話を聞いてくれて、ためになるかわからないがアドバイスの一つでもくれるだろうと、そう思ったのだろう。
「なんでしょう?」
「実は――」
サイカは黙って俺の話に耳を傾けてくれた。
かがみに恋心を抱いたこと。
告白すべきか迷っていること。
かがみの気持ちがわからず、成功する自信がないこと。
恋愛相談をするなんて初めての経験だったし、もっと恥ずかしいことだと思っていた。
けれど、サイカに対しては不思議なほど抵抗なく、言葉がするすると出てくる。
それだけサイカへの信頼が厚いということなのかな。
いつの間にか、最後まで話してしまっていた。
聞き終えたサイカはしばしの間、沈黙を守っていた。
俺の言葉を反芻しているように思えた。
やがて「凡夫さま――」と重々しく口を開く。
「――アホですか?」
「辛辣ゥ!」
しかし返ってきたのはあまりにも、あんまりな言葉だった。
斜め上からぶん殴られたような予想外の一言に、思わず叫んでしまう。
「アホです。その悩みはさすがにアホすぎます。無駄でしかない時間を過ごしていることを自覚してください」
「そ、そんなに……?」
俺としては結構真面目に悩んでいるつもりだったんだけど。
だが、そうまできっぱり言い切られると、やはり俺が間違っていたような気がしてくる。
「何を童貞が一丁前に悩んでいるんですか。ろくな女性経験もないのに、答えなんて出せるわけがないでしょう」
「そりゃそうかもしれないけど……」
言葉はキツいが的を射た指摘に、胸がグサッと痛くなった。
さらに容赦なくサイカは続ける。
「『かがみの気持ちがわからない』? それなら訊くしかないでしょう。うじうじ悩んでも仕方ありません。考えてもわからないことは、調べるかわかる人に訊く。小学生でも知っていることです。余計な知恵ばかりつけて守りに入らないでください。百年早いです」
「いや、でもさ――」
と言いかけた俺の言い訳をサイカは許さない。
「結論の出ないことを悩むより、重要なことは行動です。いいですか。その悩みは悩みではありません。ただ失敗する姿を無意味に妄想しているだけです。その誤った考えは歩みを鈍らせる敵でしかない。本当になんの意味もない。即刻、捨て去ってください」
ズバッと言われてしまった。
けれど、確かに立ち止まっているだけで解決するなら、そんなに楽なことはないか。
……うん、納得だ。
「一応忠告しておきますけど、そのときに『かがみは俺のことをどう思ってる?』なんてズルい訊き方はご法度ですからね。『俺はかがみのことが好きだ。だから付き合いたい。返事を聞かせて欲しい』せめてこのくらい、はっきりと意志を伝えてください」
……うん。告白する側の俺が自分の気持ちを伝えないまま、かがみに気持ちを訊くわけにはいかないよな。
もしかしたら答えてくれるかもしれないけど、そんな回りくどい手を使うやつが、成功するとはとても思えない。
けれど今言われなかったら、やらかしていたかも。
危なかった。
今、サイカに言われてよかったと本気で思う。
「時間がもったいないです。どうせ悩むなら、どう振る舞えば成功する確率があがるのかを考えた方がよっぽど生産的です。ですが、これもあまり意味はないでしょう。考えるための材料がありません」
サイカの言葉は真っすぐだ。
オートマタならではなのかな。
普通はなかなかここまではっきりとは言えない。
その前にいろいろと考えて、やめてしまう。
共感も、同調も、慰めも、一切何もない正論は強く刺さるし、くじけそうになるけど、臆病な俺にはむしろこのくらいの方がちょうどいいのかもしれない。
そこまで言ったサイカは、ずっと真剣だった表情を緩めた。
「これまでの行動を鑑みると、幸いにもかがみさまは友情に厚い方のようです。たとえ失敗したとして、凡夫さまたちには今まで積み上げてきたものがありますから、きっとそう悪いことにはなりませんよ。安心して玉砕してきてください」
「そこは励まして欲しいところなんだけどなぁ」
思わず苦笑いが漏れた。けど、まあ――
「わかったよ。ありがとな、サイカ」
サイカと話したことで、スッキリした。
やるだけやってみよう。
もしもダメだったらそのときだ。
結局伝えられないよりはずっとマシだよな。
と思っていたら、サイカがすかさずとんでもないことを言いだした。
「では、思い立ったが吉日です。どうせなら今、約束を取り付けましょう。さっさとデートの一つでもして告白してきてください」
「い、今!?」
さすがに急すぎない!?
そんな俺の動揺を見透かしたように、サイカが言葉を継ぐ。
「メッセージの一つくらい、別にかまわないでしょう。迷惑になるほど遅い時間というわけではありませんし。大学生なら今の時間に眠っている方が稀です」
携帯端末で時間を確認すると、まだ二二時を過ぎたくらいだった。
今の時間ならメッセージを送ることはときどきあるし、もし寝ていたとしても、明日見るだけか。
「あとに延ばしたとて決心が鈍るだけでしょう。物事はやる気になっているうちに片付けてしまった方がいいのですよ」
「わかったよ……」
サイカに言われるがまま、俺はかがみへメッセージを打った。
――明日ちょっと会えない?
回りくどく書くと不自然になりそうだし、あえてシンプルなものにしておいた。
さすがに会う前から告白するとバレてしまっているのは、想像するだけで気まずいし。
普段通りに過ごして、徐々に雰囲気を作って告白したい。
そんなことが本当にできるかどうかはわからないけど。
するとすぐにかがみから返事が返って来た。
――いいよー。
何の気負いもない、いつも通りの返事にホッとする。
その後、かがみと数度のやり取りを重ねて、場所や時間などを無事に決めた。
「ふう……」
俺は一仕事終えた気分で、深く息を吐いた。
「これでいいか? サイカ」
「はい」
サイカは俺の携帯端末の画面を確認し、優しく微笑んだ。
そして頭を下げる。
「すみません、先ほどは少々言い過ぎました」
突然、いつもの毒舌家らしくない殊勝な態度をとったサイカに可笑しくなった。
「いいって。実際、あのくらい言われないと動けなかったと思うし。むしろこっちの方がお礼を言わないといけないくらいだ」
「そうであれば良いのですが」
サイカは不安げだ。
さっきの台詞の数々は、もちろん本音も混じっているんだろうけど、俺を鼓舞するためのものだったらしい。
その気持ちが嬉しくて、つい口端が上がってしまった。
「ここまでしてくれてありがとな。俺、サイカの期待に応えられるように頑張ってくるよ」
それを聞いたサイカは、再び柔らかく微笑んだ。
けれど一瞬だけ、なぜかその笑みが、とても寂しげに見えた。
まるで親に置いて行かれてしまった子供みたいな――。強烈な違和感を覚えた。
「サイカ……?」
「なんでしょう?」
けれど、そう思った次の瞬間には元に戻ってしまっていた。
今ではさっき見せたあの表情が、本当のものだったのか、単なる見間違いだったのかすら、わからない。
どうにも心に引っかかる。
けれど、もうサイカはすっかり元通りだ。
やっぱり気のせいだったのかな。
うーん……。
「凡夫さま」
「ん?」
「頑張ってくださいね」
「ああ……」
切り替えよう。
サイカもこう言ってくれているし、今は、かがみへの告白に集中しないと。
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