第25話
それだけの言葉を伝えるだけで、ものすごい体力を使った。
今まで感じたことのない緊張が全身を支配して、喉がカラカラになった。
吐きそうになりながら、必死に唾を飲み込んだ。
かがみの反応を待つ数秒の間、心臓の鼓動がうるさいほどに大きく鳴っていた。
期待と不安が何度も交錯する。
告白した状況は当初に想像していたものとはだいぶ違ったけれど、気持ちはきっと伝わった……はずだ。
「うーん……」
かがみは少し考えるように目を伏せた。
目線は俺ではなく、手元のカップに注がれている。
かがみは小さく唸ったまま、手に持ったスプーンでコーヒーをゆっくりとかき混ぜている。
その間も、俺の心臓は高鳴りをやめない。
今考えをまとめているのかな、と思った。
「この展開にはわりと唐突感があるけどさ、まーわたしとしては、付き合うこと自体はやぶさかではないって感じかなぁ」
「え、本当に?」
思いがけない返答に驚いて、目を見開いた。
期待と不安が入り混じって、手に汗をかいた。
「まぁね。だって凡夫なら、わたしのことを大切にしてくれそうだし」
かがみはスプーンをソーサーに置いた。そのまま再び考え込むように腕を組む。
「浮気の心配とかもなさそうだよね。きっとそんな発想すらしなさそう」
「あ、当たり前だろ! 絶対大事にするって約束する」
かがみの言葉に、食いつくように反応する。
これ、期待していいやつだよな? と思いながら、次のかがみの言葉を待った。
「だからまぁ、全然ナシじゃない。わたし、凡夫のことは結構気に入ってるしね。まだ恋愛感情ってほどじゃないけど、もし付き合ったらきっといつかちゃんと好きになれると思う」
「おお……っ!」
これは結構良い反応だと思う。
少なくとも、悪い反応ではない。
だって、付き合える水準には達しているってことだろ?
これはもしかして……いけるのか!?
否応なしに期待が膨らんで、つい前のめりになった、が――。
「――でも、ごめん。それでも今は『付き合おう』って言えない」
「え?」
頭が真っ白になった。
直前まで膨らんでいた期待が急激に萎んでいき、その部分にぽっかりと隙間が空いてしまった。
思考が停止し、何を話せばいいかわからない。
まごついていた俺を落ち着かせるように、かがみがゆっくりと話し出した。
「正直に言って、今の凡夫の告白には、何か引っ掛かってる」
心臓が締め付けられるほど痛んだ。
なおもかがみは、俺を見透かすように言葉を紡いでいく。
「何か……迷ってない? わたしに告白したいってことはわかった。わたしのことが好きっていう気持ちも、多分本当なんだと思う。けれど、今こんな状況なのに、本気で向き合われている気が全然しない」
先ほど告白したときよりも、さらに一段大きく心臓が跳ねた。
『本気で向き合われている気が全然しない』というかがみの言葉に、心当たりがあったからだ。
実は、昨夜からずっと考えている。
こうしてかがみと向き合っている間も、ずっと。
かがみに告白することを告げたときに、サイカの見せたあの表情――あの寂しそうな笑みを。
あれがどうしても、脳裏に焼き付いて離れない。
きっとそのことが、かがみに強い違和感をもたらしている。
そんなことはない、と言おうとした。
だってそんなのは、かがみに対してあまりにも不誠実だから。
だけど、どうしてもサイカの顔が頭から離れてくれず、俺の行動を妨げる。
結局、俺の口は言葉を発することはなく、ただ無意味に開閉を繰り返しただけだった。
「やっぱりかー……」
いい加減気まずくなって顔を逸らすと、かがみの落胆したような声が聞こえてくる。
「ごめん……」
俺は項垂れ、小さく呟いた。
「いや、そこで『ごめん』って言われたら、なんだかわたしがフラれたみたいじゃん」
顔を上げると、かがみは少し残念そうな、けれど優しい表情で微笑んでいた。
それはまるで、俺に赦しを与えているかのように見えた。
「大丈夫。わたしは凡夫が適当な気持ちで告白する人だなんて思ってない。だから、よっぽどのことなんじゃないの? よかったらその話、聞かせてよ」
*
「――なるほどね……」
俺は昨日サイカと話した内容と、告白することを告げた後に見せた寂しそうな表情についてかがみに伝えた。
もう気持ちだってバレているんだ。
怖いものなしだ。
いつの間にかそんなふうに開き直ってしまったみたいで、なんでも話せそうだった。
「うーん……」
「何かわかった?」
「正直、それだけじゃ全然わからないけど」
「だよな……」
かがみは腕を組み、うーん、と考え込んだ。
そして、じっと見つめてくる。
その視線は真剣で、俺は思わず身を正した。
「でもさ、凡夫にはどうしても気になるんでしょ?」
「うん……」
「そういう感覚って案外馬鹿に出来ないんだよ。特に親しい人が相手のときは、ね」
かがみは優しく微笑んだ。
本当ならこんな中途半端な状態で告白しようとしたこと自体、怒られても仕方がないと思う。
けど、かがみは怒るでもなく、むしろ協力してくれようとしている。
なら、なんとか応えないと。
「その表情の意味……凡夫には何か心当たりはないの?」
「わからない……」
かがみには言えないけど、正直なところもしかしたら、という考えはある。
けれど、そんなこと本当にあり得るのか?
だってあのサイカだぞ?
と思っていたらいつの間にか、かがみが胡乱な目で俺を見ていた。
「……凡夫、何か心当たりあります、って顔してるけど」
「え!? あ、ああ……」
やべっ。見破られた。
慌てるが、むしろかがみは安心したように表情を軽くした。
「それならさ、話が早いじゃん。訊けばいいんだよ、普通に」
「訊く?」
「だってさ、サイカちゃんは凡夫のなに?」
なに、か。改めて訊かれると難しいな。
なんだろう。
しばらく考える。
考える。考える……そして、わかった。きっと、これしかない。
「……家族、かな」
口に出して見ると、めちゃくちゃしっくりきた。
今までは家族のような信頼感をよせているくらいのつもりだったけれど、改めて考えてみると、サイカは俺の中ではとっくに本当の家族同然の存在だった。
「うん、そうなんだね」
かがみは満足そうに頷くと、俺の目をまっすぐに見つめた。
俺を後押しするように言う。
「家族なら、話さなきゃ。そうしないと何も前に進めないよ。素直に言えばいいんだよ。『どうしても心配だから、何かあるなら教えてほしい』って」
ふと、昨日サイカに言われた言葉が脳裏をよぎった。
――考えてもわからないことは、調べるかわかる人に訊く。小学生でも知っていることです。
そうか……。これは他ならぬサイカ自身に言われたことだもんな。
当の本人相手に躊躇してどうするんだ。
「サイカちゃんのこと、大切なんでしょ?」
俺は頷いた。
「正直、わたしはサイカちゃんのことをよく知らないから、ちゃんとしたことは何も言えない。けれど、家族が寂しい思いをしているかもしれないのに、放っておいちゃダメだよ」
……うん、かがみの言う通りだ。顔を上げた俺の目に、かがみの瞳が飛び込んできた。
その瞬間、かがみの唇がゆっくりと緩み、柔らかな微笑みを湛えた。
まるで俺の心を後押しするような、温かな笑顔だった。
「すっきりした顔してる。迷いは晴れた?」
「うん、ありがとな」
「よかった」
かがみがホッと息を吐いた。
「じゃあ、こんなところで油を売ってないで、早く行かなきゃね」
「そうだな。行ってくる」
かがみと一緒に喫茶店を出た。
歩いて家まで送る。
去り際に、言われた。
「もし、全部片付いた後でまだ告白する気があったら、また聞いてあげる。けど、忘れちゃってもいいよ。今日のことは聞かなかったことにするから」
「ごめん……じゃなかった、ありがとう」
「うん、行ってらっしゃい」
手を小さく振るかがみと別れ、俺は足早に家路を急いだ。
サイカがなぜあんな表情をしたのかどうしても気になる。
サイカが何を考えていたのか知りたい。
けれど、わからない。だから、教えて欲しい。
そうしないと、俺は前に進めない。
けど……――あり得ないよな。
俺はずっと頭の片隅にある、突拍子もない妄想から目を背けた。
サイカが俺のことを好きだなんて、そんなことあるはずがない。
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