第19話
ダブルデートなんていささか大仰だが、要するに四人で遊びに行こう、ということだ。
その中で俺とかがみが付き合う一歩手前みたいな空気を醸し出しつつ、さりげなく爽太と渚を二人にする時間を作ってやればいい。
実に簡単なものである。
……簡単って何だっけ?
とはいえやると決まったからにはやるしかない。
あの二人に上手くいってほしいのは俺とて同じだ。
このままただ見守っていて、例えば来年になって爽太がサークルに入ってきた可愛い一年生と付き合ってしまったり、ましてやお酒が飲めるようになった渚が飲み会の席で泣きながら男の先輩に愚痴っている間になんとなく……みたいなことになったりしたら最悪である。
事実上、この四人組も崩壊しかねない。
というか、それは俺が嫌。推しカプがそれぞれ別の人と付き合い出すとか一種の
俺にNTR趣味はない。
そのくらいには、俺は今の友人たちを気に入っているのだ。
さて、まずは最初の関門として、約束を取り付ける必要がある。
が、これは超簡単だった。
――前に話してた通り、中間試験の打ち上げにみんなで遊びに行こうぜ!
この一言で足りた。
爽太は結構ノリ気といった感じで、渚は即答で合意。
かがみに至っては断るわけがない。
ちなみに勉強会の次週にあった中間試験の結果は散々だった。
爽太も似たようなもので、渚は期末がヤバかったら救済に使ってもらえるかな? といったくらい。
一方、かがみはほとんど満点だったらしい。
さすがすぎる。
そのことをサイカに話したら「かがみさま、すごいですね」と目を丸くしていた。
しかしその後、ついでのように「他人のことばかり自慢げに話すのではなく、凡夫さまも見習ってください」と叱られてしまった。
それにしても、かがみの点数が良さそうなんて、なんとなくわかりそうなのに、驚くようなことだろうか。
単に俺に説教するためのダシにつかっただけなのかな。
そんなわけで、あっという間に約束の日がやってきた。
場所は遊園地だ。
集合は開園時間の一〇時に合わせて九時四五分。
しかし念には念を入れ、俺とかがみだけは九時三〇分に集まることとなった。
鏡を前にした俺は、そこに映る自分の姿を見て首を捻っていた。
あまり冴えないがダサすぎるわけではない(と自分では思っている)姿。
寝癖があるわけでもないし、襟がよれているわけでもない。
服の色合いもまあ、無難だ。
普段ならまったく気にならない、いつも通りの自分。
しかしこれは一応『デート』なのだ。人生初のデートが、いつも通りの俺で本当にいいのだろうか?
しかもこのデートには俺の成功はかかっておらず、他人の成功がかかっている。つまりより責任が重い。
「凡夫さま、どうされましたか?」
洗面所にこもったままなかなか出てこない俺を心配したらしいサイカが入ってきた。
鏡の前で腕を組んで首を傾げる俺を見て、怪訝そうに眉を顰める。
「なぁ、サイカよ。この姿を見て、どう思う?」
サイカはちらっと鏡を一瞥し、言った。
「冴えない童貞がいますね」
「言い方ァ!」
「事実でしょう」
飄々と躱される。
けど、確かに事実なのだろう。
こういうとき、はっきり言ってくれた方がありがたい。
きっとサイカもそう思って言葉を選んでくれたのだ。
うん。きっとそう。
「で、何をすれば『冴えない』を脱却できると思う?」
「……整髪料でもつけてみては?」
「あー、そうね」
ワックスかー。
苦手なんだよな。
つけてもベタベタするだけであんまり変わらないし。
まあでも、こういうときくらいはつけてみるか。
洗面台の鏡を開け、ワックスを取り出す。
指の先に乗るくらいの量を適当にとってから指先に伸ばし、早速頭頂部のセットにかかった。
「――ってなにをやっているんですか」
と思ったら髪に届く前に、サイカに腕を掴まれて制止させられた。
ピクリとも動かない。
「え、なに?」
「大学生にもなって整髪料の付け方も知らないんですか」
「付け方とかあんの?」
付けたいように付けるだけじゃ?
「そんなにべったりと付けたら、持ち上げるどころか重みで倒れるでしょう。すぐにぺしゃんこに潰れて、ただ油っぽいだけになってしまいますよ」
貸してください、とワックスを取り上げられる。
サイカはさっきの俺と同じくらいの量を手にとると、手のひら全体に伸ばし出した。俺はサイカの身長に合わせて屈んだ。
「いいですか、こういうものはまず後頭部の方からつけるんです。こちらは多少は付けすぎても誤魔化しが利きやすいですから、ここで適量に調整してください」
「ほうほう」
「握り込むようにしながら空気を入れるように揉み込みます。しかし髪の付け根には決してつけないでください。でも、前髪を除くその他には満遍なくしっかりと伸ばしてください」
サイカは解説をしながら手際よく作業を進めていく。
「全体に行き渡ったら細部を整えて、最後に前髪に流れだけ作れば――ほら、完成です」
「……おおっ!」
鏡にはさっきまでの俺とは見違え、自称雰囲気イケメンといった感じの男が映っていた。
真のイケメンからはほど遠いが、先ほどまでよりずっと良い。
「結構変わるもんだなー」
首を回して前から横から観察してみる。
どの角度から見ても良い感じだ。
何が違うか分からないが俺がやったのとは大違い。
「セットし慣れていない方は正面から見た姿しか意識しない傾向にありますからね。しかし見る機会の多いのは、むしろ横から見た姿です。立体感を意識するとグッとよくなりますよ。特に遊園地では移動が多いのでなおさらかと」
「確かに」
「凡夫さまは別に元が悪いわけではないので、心がけ次第で相応に成果は得られるかと」
上背もそこそこありますしね、とサイカは男性平均プラス五センチくらいのところにある俺の頭の先の方を見上げた。
そう言われると悪い気はしない。
ちょっと頑張ってみようか、と前向きになれる。
「サンキューな、サイカ」
「いえ。私は凡夫さまの敬虔なる従僕でございますから」
「嘘つけ」
笑い飛ばす。
こんなに生意気な従僕がいてたまるか。
俺たちの関係を言葉にするなら、そうだな……〝きょうだい〟くらいがちょうどいいと思う。
姉弟か兄妹かはわからないけど。
「緊張するなー」
「そんなに心配しなくとも、きっと大丈夫ですよ」
「その心は?」
「基本的に人とは一緒に過ごす時間の長い人ほど好きになりやすいものです」
「なるほど」
それなら爽太と渚なら大学入学以前からの知り合いだし、多少は安心していいのかも。
しかし逆に、友達付き合いが長くなると恋愛関係には発展しにくくなるとも聞く。
ここら辺がその分かれ目になるのかもな。
「――というか、そろそろ出発の時間では?」
指摘されて携帯端末を見ると、確かにだいぶ約束の時間が差し迫ってきていた。
のんびりしていたら遅刻するけど、ちょっと急げば十分に間に合うくらいの絶妙な時間だ。
「本当だ。やべっ」
慌てて玄関へ行き、スニーカーを履く。
外へ出る前に振り返り、サイカに声をかけた。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃいませ」
頭を下げるサイカに手を軽く上げ、ドアノブに手をかけたところで「あ、凡夫さま」と名前を呼ばれた。
振り返る。
「なに?」
「……――ご夕飯、いらないようでしたら連絡くださいね。遅くなってもかまいませんので」
「あ、うん。わかった」
「ありがとうございます。お手間を取らせ、申し訳ありません。では改めて……――いってらっしゃいませ」
「いってきま……す?」
何かわからないが、微妙な違和感を覚える。
なんだろう。
いつも決まった位置に置いてあるものが、今日に限ってないみたいなそんな感じのやつだ。
「……サイカ?」
「はい? なんでしょう?」
「……いや、なんでもない。勘違いだったみたい」
今のサイカは普段通りに見えるし、俺が緊張で神経質になっていただけかな。
俺は疑念を振り払うように足に力を込め、外に出た。
空は青々と晴れ渡っていて、このところ強くなってきた日差しが眩しいくらいだった。
カラッとした天気に、こちらの気分まで明るくなる。
絶好のデート日和だ。
さあ、頑張るぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます