第20話
時間ぴったりに待ち合わせ場所へ着くと、かがみはすでに待っていた。
よ、と声をかけると、おはよー、といつもの間延びした声が返ってくる。
あまり気負っていなさそうなその声を聞いて、余分に入っていた肩の力が抜ける。
今日のかがみの服装は、シンプルな白ティーシャツに薄手のベージュのカーディガン。
ライトグレーのチュールスカート。
足元には大振りのスポーツサンダルを合わせていた。
空色のペディキュアがよく映えている。
さらにボディバッグを採用し、スポーツキャップをかぶっている。
落ち着いた色合いながら、どこかアクティブさを感じさせるコーディネートだ。
普段のかがみのふわふわしたゆるい雰囲気とは少々ギャップがあるが、むしろそこがいいなと思った。
早足を緩めつつ隣までいくと、かがみがじっと俺の方を見た。困惑し、なに、と訊ねる。
「爽太と渚には知らせていませんが、今日は一応ダブルデートということになっています」
「? そうだな?」
「だったら会ったときにまず言うことないんですかね?」
「あ、えーっと、今日も可愛いですね……?」
「はい、正解。だけど減点ね。疑問符がなくて自分から言えたら満点だったけど」
「面目ない」
かがみは冗談めかしたトーンで講釈を垂れる。
「デートに来たら褒める。髪を切っても褒める。少し違った服装をしていたら褒める。何が違うかわからなくても普段と何か違うと思ったらとりあえず褒める。とにかく脊髄反射で褒めることが、チャラくなるための基本ね」
「別にチャラ男になりたいと思ってないんだけど」
「志が低いなー」
かがみは可笑しそうにくすくす笑う。
「だいたい、そんなテキトーな褒め方をされてかがみは嬉しいのかよ」
「嬉しいよ? 少なくとも、マイナスにはならないよね」
「そんなもん?」
俺がいまいち納得できないでいると、正面に立ったかがみが上目遣いに俺の目をじぃっと見つめてきた。
なに、とたじろぐ。
「うまく言えないんだけどさ。今日の凡夫、なんかカッコいいね。さっき会ったとき、ドキドキしちゃった」
かがみはきれいにニコッと笑う。カッと顔が熱くなったのがすぐにわかった。
思わず手で顔を覆った俺に、かがみは悪戯が成功した子供みたいな顔をした。
「ね?」
「本当ですね……」
いや、ズルいでしょ。
というかこれは、かがみみたいな可愛い子が言うから効果が高いのであって、俺が言っても違うのでは? と思ったけど、それは言わないでおいた。
そんなやり取りをしているうちに、「おーい」と声が聞こえてきた。
声の方向を見ると、渚が元気よく手を振っていて、隣を爽太が歩いていた。
渚は白のロゴティーシャツにオーバーサイズのチェックシャツを羽織っている。それにショートパンツを合わせ、足元はオールスターのスニーカーだ。
あと、リュックを背負っている。
全体的に可愛らしく、むき出しにした素足が元気いっぱいって感じ。
つい、今習った通りに褒めようと口を開きかけ、やめた。違う。それは俺の役目じゃない。
爽太の服装は、全体的にワイドシルエットなイカつい感じだ。
青系のパキッとした色のシャツがなんかオシャレ。
残りは割愛。以上!
集合し、めいめいに挨拶を交わす。
爽太に「一緒に来たんだ」と言ってみると渚を指さして「こいつが朝っぱらから家にきた」と迷惑そうに顔を顰めていた。
「だって爽太、寝坊しそうだし」
「ガキじゃないんだからしねーよ」
「ほほーう。この前の中間試験の日、遅刻ギリギリで走ってきたのは誰だったっけ?」
「まあまあ」
二人を宥めて「行こうぜ」と合図する。
かがみが俺に並び歩き、後ろから爽太と渚が言い合いながらついてくる。
とはいえ険悪な雰囲気はなく、親密が故の軽口を叩きあっているといった感じだ。
「順調そうだね」
かがみがコソッと言ってくる。
俺は、だな、と頷き返した。
いつの間にか家に出入りする仲になっている。
順調に親密度が上がっている証拠だろう。
「俺たちの出番ないかもな」
「それならそれでいいよ」
チケットを買い、遊園地に入った。
さて、まずはどこへ行こうかと考えていると渚が
「まずはジェットコースターだよね!」
と言い出した。俺とかがみは異論なく同意する。
爽太はなぜか微妙な顔をしていたが、反対はしなかった。
内心で疑問に思っていると、渚は「じゃあ行くよっ」と待ちきれないとばかりに走り出した。
俺たちは慌てて着いていく。
これが地獄の始まりだった。
「――ちょ、ちょっと休憩しよ……」
かがみが息も絶え絶えに言う。
それもそのはず。
遊園地に来てから早二時間。
休日のわりに今日は空いていて、極めて順調にアトラクションを消化できた。
が、それがよくなかった。
今までに乗ったのは、ジェットコースター、フリーフォール、バイキング、それらの種類違いを含む計六アトラクション。
言うまでもなく渚の主導だ。
ダブルデートどころではなく、もはやトレーニングの様相を呈している。
このまま放っておくと、勢いのまますべての絶叫系を制覇すると言いかねない。
「あー、そうだね。いつの間にかお昼時だ」
「そういう意味じゃないんだけど……」
片手で俺の肩を掴んで身体を支え、もう片手は膝について休むかがみ。
さすができる女。
こんなときにすら趣旨を忘れない。
いや、これは単純に疲れているだけか。
「ご飯はしっかり食べないとね。昼からもいっぱい乗らなきゃだし!」
それを聞いたかがみの顔が、さっと青ざめる。
なんだ、この元気娘は。
体力無限か。
そういえばと思い出して、そっと爽太に視線を走らせると苦笑された。
この展開を予想済みだったらしい。
先に言えよ。
午後からは渚に任せず俺たちが主導しよう。
そう心に決めつつ、俺たちは軽食の食べられるレストランを探した。
お昼くらいはせめてゆっくり座って休みたい。
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