第15話
「もう遅いし泊まっていくでしょ?」
食事が終わっても(かがみだけ)だらだら飲み続け、すっかり酒の在庫も空になった(らしい)ところで切り出された。
「え?」
「もしかして帰るつもりだった?」
「まぁ……。だって一昨日は帰ったし」
「一昨日はみんないたからね」
「普通逆では?」
かがみの考え方がよくわからない。
とはいえもう深夜だし、お言葉に甘えることにした。
歯ブラシは買い置きのものを分けてもらった。
明日の朝も使うからと、コップを借りて立てかけた。あとでかがみもそこに立てていた。
これ、なんか同棲しているカップルっぽくない?
その後、交代でシャワーを浴びた。
メイクを落としたかがみの顔はいつもと比べてどこか幼く見えた。
着替えはかがみの持っていたオーバーサイズのTシャツと、大きめのジャージを借りた。
着てみるとぴったりで、かがみはなぜだか不服そうにしていた。
一方のかがみはキャミソールに厚手のパーカーを羽織っている。
ファスナーがラフに留まっているため、屈んだときなんかに実は結構あるらしいとわかった深い谷間がチラチラと見えてかなり危ない。
下は部屋着っぽい柔らかそうな生地のショートパンツで、普段ほとんど見ることのない白い太ももが剥き出しになっていて、直視出来なかった。
初めて入った奥の部屋は、生活感がありながらもよく整理されていた。
淡いパステルカラーで統一されていて、寒色系メインなのに、優しい印象。
つかみどころはないわりに実は人懐っこいかがみに、よく合っているような気がした。
ちゃんとデスクがあり(俺の家にはない)、ラックには教科書がきちんと並んでいた。
一部、理数系と英語は受験用の参考書も混じっていて、よく使い込んであるのが一目でわかった。
中には俺がとても手を出せなかったかなりレベルの高いものもある。
うすうす感じていたけど、ひょっとしてかがみって相当頭がいいのでは?
本棚にマンガはあまりなく、小説や実用書が多い。
レシピ集もいくつかあるが、付箋が多いものは決まってお酒のつまみ系統のもので、ハマるときちんと勉強するタイプなんだとわかる。
そんな感じで見まわしていると、かがみが「恥ずいからあんま見ないで」と言ったので慌てて目を反らした。
どこを見ればいいかわからず視線をさ迷わせていると、かがみが「あ、ベッド使っていいよ」と言った。
「え、いいの?」
かがみが頷く。
ちょっと戸惑ったものの、大人しく従った。
キモいことを承知で言えばほんの少しだけ下心もあったし。
いざ入ってみるとめっちゃいい匂いがした。
なんでどこもかしこもこうなのか。
体臭? 柔軟剤? 女の子ってみんなこうなの?
「電気消すよー」
かがみがベッドサイドテーブルのリモコンを操作すると、天井のシーリングライトが暗くなり、代わりに豆球が灯った。
真っ暗派ではなく豆球派らしい。
「なぁ、かがみは――っ!?」
他に布団が用意されていないことに気が付き、どこで寝るんだと問いかけるべく視線をやると、かがみがおもむろに着ていたパーカーを脱いで、キャミソール一枚になった。
「え、ちょっ」
そのままベッドに入ってくる。
挙動不審になっていると「もっと奥行ってよ。狭いんだから」と言われ、わけもわからず従った。
結果、シングルのベッドに、年頃の男女が二人。
え、え、なにこれ。
「いやいやいやいや」
「ん?」
「俺、出るよ」
「なんで? いいじゃん、別に」
俺は狼狽えるばかりだが、かがみはまるっきり平常運転だ。
おまけに「何かするつもりなの?」と訊いてきた。
いやいやいやいや。
「し、しないけど」
「あ、しないんだ。そう」
してよかったの!?
そんな疑問を発する間もなく、かがみは九〇度回転して背中を向けてしまった。
「おやすみー……あ」
「なに?」
「朝、もし先に起きてもあんまりこっち見ないでね」
「わかったけど、なんで?」
「今ブラつけてないから。もし浮いてたら恥ずかしいし」
「浮いてたら……って、え!?」
かがみはそれ以上何も話さず、すぐにくうくうと穏やかな寝息を立てだした。
一方、童貞の類い稀なる妄想力を発揮している俺は、まったく眠れそうになかった。
かがみの背中から感じる体温とか、呼吸に合わせて身体が上下する感覚とか、全部が全部刺激にしか感じられない。
いやいやいやいや。
*
生殺しのような一夜が明ける。
結局、明け方まで眠れず、ようやく寝つけたのは空が白み出した頃だった。
そこそこの時間にかがみに起こされて、朝食を出された。
かがみは当然のようにしっかりと着込んでいた。
寝不足でふらふらになりながら、家に帰った。
昨夜は帰らないと伝えてあったので、お小言はなかった。
それはそれとして、あまりにも眠そうな俺がサイカは気になったようで。
「おや、寝不足ですか? あ、ひょっとして、ついに童貞を卒業されましたか? そうであればお赤飯を炊きますが」
いらんわ! 心の中でそう叫びつつ、口では別のことを言う。
今の俺の心には、癒しが必要だ。
頭を空にして思いっきり遊びたい。
「サイカ」
「はい」
「起きたらゲームしねぇ? この前やった対戦ゲーム」
「ふ。ボコボコにして差し上げます」
「行動解析機能は切れよ? あとコントローラーで操作しろよ? 電脳操作は禁止だからな!」
「承知しました」
言い残して、眠りについた。
ぐーぐー眠り、起きたら昼だった。
サイカの作ったご飯を食べた後は約束通りゲームをした。
宣言通り、ほとんど一方的にボコボコにされた。
サイカは勝ち誇った顔をしていた。くそー。
*
「この前はごめんね!」
週明け大学へ行くと、渚が開口一番に謝ってきた。
俺が戸惑っていると渚は
「かがみに説得されたの。凡夫があれだけ言いづらそうにしているのは何か話せない事情があるんだろうって。そっとしておいてやれって。確かにその通りだな、って思ったし、学校に行っていないのだって、本人が納得しているなら自由だしね」
と一口に言いきった。続けて言う。
「それはそれとして、サイカちゃんとは友達になりたいから、今度遊びに行きたいなー。いいでしょ?」
「ああ、もちろん」
うまくまとまったらしい。
やはりかがみはすごい。
今後も何かあったら頼らせてもらおう。
「あ、でもでも、いくら公認で一緒に住んでるからって、付き合ってもない女の子に手を出しちゃダメだからね。それやっちゃったらさすがに凡夫を軽蔑する――……ってまさか、もうすでにだったり?」
「いやいやいや。大丈夫。やってないし、しないから」
手を横に振って否定しながら頭に浮かんでいたのは、サイカでなく、かがみだった。
サイカに関しては何と言うか……最初こそ全裸美少女という衝撃にやられたし、同居を始めてしばらくは、一緒に住んでいると時折どうしても発生する際どい瞬間に、目を奪われそうになることはあった。
けれどいつの間にかそういう気持ちはほとんどなくなってしまった。
繰り返すが、サイカは美少女だ。
整いすぎた顔貌には人形めいた不思議な魅力があるし、傑出度で言えば、かがみや渚よりも上だと思う。
オートマタとはいえ、あまりに自然に動くので、普段はそれを強く意識することはない。
それなのになんでなんだろうね、これ。
なんか枠が違うというか。観賞用? 推し? うーん……どっちもしっくりこない。
まぁ、いいか。
一方のかがみは、掴みどころがなさすぎて本当に何を考えているのかわからない。
それでもこの前「何かするつもりなの?」に対して別の答えを返していたら一体どうなっただろうか、と妄想してしまうのは童貞の悲しい性か。
十中八九引かれただろうから、正解だったと思うんだけども。
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