第10話

 みんなで「かんぱーい!」と缶を打ちあわせ、宅飲みがスタートした。

 と言っても二〇歳未満組はアルコールなしで、アルコール入りを飲んでいるのは一人だけだ。実に健全。


 かがみのアパートの間取りは少々珍しい2Kで、前後に二部屋が連なっている構造だった。

 俺たちのいる手前側が多分六畳くらいだから、奥側も同じくらいだと思う。二部屋合わせればかなり広めに使えそうだ。

 部屋の間にはレール式のパーテーションがついていて、現在は締め切られていため、奥側を見ることは出来ない。


 おそらく主に奥側を居室として使っていて、こちら側はダイニング代わりなのだと思う。

 物が少なく、ローテーブルとカーペットくらいしかない。

 四人いても圧迫感を覚えにくく、宅飲みの場所としてはかなり適切なのではないだろうか。


 料理はオードブルやピザなんかを中心に、絶対に食べきれない量が並んでいる。

 もちろん爽太と渚の仕業だ。

 渚曰く「足りないよりいいでしょ」とのことで「余ったらかがみに進呈!」だそうだ。かがみも「わー、ありがとー」と喜んでいた(?)のでいいけど。


 話題は入学から今日にいたるまでを中心に、ときどき過去話を交えながらふらふらとあっちにいったりこっちにいったり、取り留めなく流れている。

 とはいえ、これまで大体一緒にいたからあまり新鮮味はない。

 となると一番のトピックは先ほどのアレになり――。


「それにしてもかがみが年上だったなんてー。早く教えてくれたらよかったのに!」


 ガンッと缶をテーブルに叩きつける渚。

 それ、ノンアルコールだからな。酔っぱらった人みたいになっているけど。

 飲み会という状況に酔うなんて、飲み会未経験でもあり得るのか?


「いやー、なかなか機会がなくってさ」


 一方のかがみは少し頬が赤らんでいる気がするものの、普段とほとんど変化がない。

 そんなかがみの前には、既に空になった缶が五本並んでいて、今六本目だ。

 なかなかにザルらしい。


「でも納得だわ。どうりで落ち着いてると思ったよ」

「そう? お姉さん感じちゃった?」


 爽太の言葉に、かがみが機嫌よさげにふふんと鼻を鳴らす。


「あ、そいつ子供ガキっぽいだけかも」

「あんたはいちいちあたしを落とさないと気が済まないんか」

「まあまあ」


 最後の台詞は俺。前の二つは言うまでもなし。

 とまぁ、こんな感じでだらだらと話している。

 他にはサークルの見学に行ったかとか、バイトはどうするとか。


 バイトは俺も迷っている。

 社会経験としてやっておいた方がいい気はするが、正直なところ仕送りだけでお金には困っていない。


 なら、その時間を他の有意義なことに費やせばいいのだが、現状やりたいことは特にない。

 うーん、どうしたものか。


 会は進行し、それなりに話が一段落して無言の時間が増えてきた。

 そろそろかなと渚に目配せすると、「んー……?」と完全にわかっていない風に首を傾げた。


 それに気づいた爽太が肘打ちを入れると、一瞬むっとした様子を浮かべる。

 しかし意図は理解したようで「トイレ行ってくるー」と言い残し、部屋を出ていった。


 一方で、かがみは機嫌よさそうに、ついにストロング缶に手を伸ばしていた。

 そろそろ二桁に達しそうなんだけど、大丈夫なの?


 それほど間を置かずして、渚が戻ってきた。

 手には大きめの箱を持っている。

 俺と爽太がさっとテーブルの上を片づけた。


「じゃーん!」


 渚がそう言って、手に持っていた箱をテーブルの空いたスペースに置いた。

 かがみは「え、なになに?」と興味深げに見る。

 そして中身を見て目を見開いた。


「「「誕生日おめでとー!」」」


 箱の中身は六号のホールケーキ。

 イチゴと生クリームのシンプルなもので、真ん中に『Happy Birthday』のチョコレートプレートが乗っている。


 かがみは「なんでなんで?」と本気で驚いたようだったが、やがて合点がいったらしく「あー、あのときか」と俺を見た。


「そ。凡夫からメッセージもらってさ。もうびーっくりしちゃって! いきなりだったから小さいやつをいくつか買うしかないかなーって思ったんだけど、ショッピングセンターの中のケーキ屋さんに行ってみたら、一個だけホールが残ってて。もうこれしかないでしょー! って買っちゃった」


 やっぱり誕生日はホールだよね、と渚。

 だな、と俺と爽太も同意する。


 かがみはケーキを指さした。


「これ……どこに隠してたの? 冷蔵庫になかったよね?」


 かがみの問いに、間髪入れず渚が答える。


「保冷剤ガン詰めしてもらって戸棚の中に隠してた」

「どれだけ本気出してるの」


 かがみがお腹を抱えてけたけた笑った。

 ツボに入ったのか、笑いすぎて涙目になっている。

 ひとしきり笑ったあとで目尻に溜まった涙を袖でぬぐった。


「あー、おかしい。こんなに笑ったのはいつ以来だろ。ほんと、みんなありがとね」


 かがみの見せた今日一番の笑顔は、らしくないくらいに晴れやかだった。

 そのため本気で喜んでくれたことがよく伝わってきて、こちらまで温かな気持ちになった。

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