第9話

 かがみの住むアパートは大学近くにある大型のショッピングセンターのすぐ側だった。

 日用品程度であれば何を買うにしてもそこに行けば揃うため、自然と買い出し場所も決まった。


 買い物は二手に分かれて行われることになった。

 食料班とドリンク班だ。


 ショッピングセンター内でまとめて買うこともできるのだが、ドリンクに限っては敷地内に併設されたリカーショップの方が売っている物の種類が豊富だし、何より安い。

 お酒は飲めないにしてもノンアルコールドリンクなら飲めるし、普通のジュースよりも雰囲気が出るだろう。


 班割りはかがみの「じゃあわたしと凡夫で飲み物買ってくるわー」の一言で自然と決まった。


 いつも通りの采配だしなんの不自然さもないんだけど、さっき爽太が余計なことを言ったせいで変に意識してしまう。

 というわけで、今かがみとリカーショップで二人きりだ。


「何飲もっかなー」


 かがみはふらふらとアルコール飲料のコーナーへ吸い込まれていく。陳列棚の目の前まで行くと、手にとって次々に物色し出した。


「家にもちょっとはあるけど、うーん」


 手にとった缶には5%の表記がある。つまりノンアルコールでなく思いっきりアルコール入りだ。

 あまりにも自然に選び出したので、ツッコミをいれる暇がない。


「あ、これ美味しそー。ピーチだって。んー、ライチってどんな味だっけ?」


 パッケージを見て首を捻るかがみに、なんとか「……酒飲むの?」と訊ねた。


「え、飲まんの?」


 かがみは心底驚いた様子を見せた。だが、すぐ何かに気が付き、ハッと目を見開いた。

 納得したように何度か頷き、「そうだったそうだった」と手に持っていた缶を棚に戻した。


「みんなまだ一八歳だった」


 こっそり飲酒を企てていたわけでなく、本気で忘れていたらしい。

 ばつの悪さなど微塵も感じさせない、のんびりとした口調に肩透かしを食らう。だが、今度こそ頑張ってツッコんだ。


「いや忘れてたんかい!」

「あははは。ごめんごめん」


 けたけたとかがみは笑う。

 そして天気の話でもするように軽く言った。


「いやね、実はわたしはもう飲めるからさ。てか家でもよく飲んでるし」

「ん?」

「浪人してたの。この前誕生日を迎えて二〇歳になりましたー」


 いぇーい、と手を挙げられ、咄嗟に手を差し出してハイタッチする。

 パンッと小気味よい音が鳴った。


「やー、ごめんね。なかなか言う機会なくてさ。わたしも言わなきゃなーとは思ってたんだよ? でもきっかけないしなー、いきなり言い出すのも変だしなー、とか考えてたら忘れちゃってた」

「えっと……」


 何と返せばいいか咄嗟にはわからなかった。

 「気にしないよ」と言うのも逆に気にしているようで何か違うし、「そうなんだ」とだけ言うのも味気ない。


 時々こういう、なかなか正解の見つからない会話があるが、あとから振り返っても答えが見つかった試しはない。

 これもその類だろう。

 なので、それは一旦脇に置き、一番気になったことだけ訊いた。


「誕生日――」

「ん?」

「誕生日、いつだったの?」


 俺の言葉を聞いたかがみは「え、気にするとこそこなん」と意外そうに目を丸くしつつ、日付を教えてくれた。


 確かに少し前で、もう一か月近くすぎている。

 ……と思ったところで思い出した。その日はオリエンテーションがあった日だ。


「あー、あの日かー」

「そうそう。あの日は一緒にいたけど知り合ったばっかりだったし、オリエンテーション終わったら解散しちゃったしねー」

「あとからでも教えてくれたらよかったのに」

「いやいや。あとになって自分から言い出すのはさ、プレゼントとか催促しているみたいで嫌じゃん。もちろん訊かれたら答えたけどさ。そんな話題もなかったし」


 そんな感じでかがみと会話しつつ、俺はポケットから携帯端末を取り出して、ささっと一通のメッセージを入れた。よしっ。オッケー。


「ま、あんまり気にしないでよ。わたしも面倒だし。……――よし、この話は終わり!」


 かがみは場をとりなすようにパンパンと手を叩いた。

 ぐぐぐーっと大きく伸びをする。


「んーーっ。あー、でもやっと言えたと思ったらスッキリした。今日は良い日だ。こんな日は飲んじゃお」

「いや、元々飲む気満々だったじゃん」

「うひひ。お姉さんですから。こんなのも飲めちゃうよ」


 棚から取って見せてきたのはレモンストロング缶だ。

 9%の表記になかなかの圧力を感じる。


「それ結構強いんじゃないの?」

「そーだね、酔っちゃうかもね」


 かがみがこちらに近づき、身体を寄りかけてくる。

 普段あまり目にすることない、形のよいつむじがはっきり見えた。


 動きに合わせてふわっと広がる、甘いバニラみたいな匂いが鼻腔に強く届く。 

 かがみが下から見上げるように俺を見た。


「潰れたらどうしよっかなー。そうだなー、爽太に介抱させたら渚に悪いからなー。ここはひとつ、同じかがみ民の凡夫に頼るしかないかなー」

「かがみ民ってなんだよ。てか、普通に渚がやるだろ」


 かがみの不意打ちはあまりにも『女の子』で、もちろんめちゃくちゃドキドキしている。

 しかしキョドったらダサいという謎の見栄を発揮した俺は、なんとか表に出さずに堪えられた。


「えー、凡夫は頼まれてくんないんだ。ふーん」


 冷たーい、と言い残してかがみは離れていった。

 何事もなかったかのように物色を再開する。


 ちゃっかりとストロング缶も入れてるし。


 ていうか今のなんだったんだよ。

 本気で勘違いするからな。

 いいのかよ。童貞ナメんなよ(?)。

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