第11話
宅飲みはその後も続き、だんだん夜も更けていく。
眠気が脳にまとわりついてきて、妙なテンションになってくる頃だ。
かがみは相変わらず飲んでいたが、さすがに酔いが回ってきたのか、いつにもましてふにゃふにゃしてきた。
そしてこれは本当に意味がわからないんだけど、渚まで一緒にふにゃふにゃしていく。
これが共感力のなせる技かと、驚愕を禁じ得ない。
「かがみー、ずっと飲んでるけどさー、お酒ってそんなに美味しいの?」
「んー、美味しいっていうかねー、お酒はいいよー。嫌なこととかぜーんぶ忘れられるから」
「へー。ていうか嫌なこと……? それはズバリ――失恋ですか!?」
何やら女子二人が恋愛トークを始めたらしい。グラスに注がれたジンジャーエール(ショウガ味の利いたウィルキンソンのやつ)を傾けながらこっそり聞き耳を立てる。
「んー。そうだねー。そうとも言えるかなー」
「いつとか訊いてもいいやつ……?」
「んー……別に語るほどのこともないけどね。もう一か月くらい経つかなぁ?」
かがみには謎めいたイメージがあるからあまり自分の過去を話さないタイプかと思っていた。
しかし酔った勢いもあってか、意外にも饒舌だ。
もちろん俺は酔っていないし興味津々である。
「最近じゃん。だいぶ長かったの?」
「そうだなー。三年くらいはそのことしか考えてなかったなー。結局片思いに終わっちゃったけど」
「うわー……大恋愛だね」
「そうだよー。わたしは大失恋して傷心中の身なのさー」
へー。ほー。あのかがみが失恋ねー……。
イメージわかないなぁ。
しかも三年もって相当だよな。
相手の男ってどんなやつなんだろ……。
とか思いつつハードボイルドっぽく目を瞑ってちびちびグラスを傾けていたら(ただし中身はジンジャーエール)、その状況を想像して感極まったのか、渚が「わあっ」と動き出してかがみの前にあったビール缶を掴んだ。
「あ、あたしも飲む! 話を聞くくらいしか出来ないけど何時まででも付き合うから!」
そう言いながら本当にプルタブに手をかけてプシュッとやろうとした渚を、かがみが「こらこら。一八歳は飲んじゃダメだぞ」とたしなめた。
「だってぇ……」
不満そうに口を尖らせる渚の頭に、かがみが手をかざすように置く。
「気持ちだけで十分。それにもういいの。吹っ切れてるしさ。本当、渚は可愛いねぇ」
そしてかがみは、渚の髪を梳くように優しい手つきで撫でだした。
「わたしのことはいいから、渚は自分のこと頑張んな」
「ふぇぇぇ~~~! かがみぃ~~~!」
とうとう泣き出してしまった。
渚は飲んだら絶対泣き上戸になるタイプだな。
関わっていくうちに自然とみんなの知らなかった一面が見えてくるようになってきて面白い。
そういえばずっと静かだなと思って、ちらりと爽太に目をやってみると、大口を開けて爆睡していた。
おい、発案者。
*
最初こそ本気でオールするつもりだったのだが、午前三時を回ったあたりには、もう目を開けていることすらつらくなってきた。
それでもうつらうつらしながら頑張っていたのだが、空が白み始める午前五時頃には、みんな仲良く落ちていた。
意識が朦朧としてきて、誰が何を話しているかも曖昧になってくる。
「ねっむ……。おい誰だよ、平日にオールしようとか言ったやつ……」
「爽太でしょ……」
「今日は二限からだっけ?」
「サボる?」
「いや、斎藤(教授)はテストないし出席点だけだから休むのは痛い」
「そういやそうか、ふわぁぁ」
「今から帰ればちょっとは寝られるんじゃない?」
「だな」
「うん」
「あたし無理ー。絶対起きられない……」
「渚は泊まってけば? あとでシャワー浴びていいし。服も貸すよ」
「ほんと? 助かるー。かがみん大好き!」
「なにそのゆるキャラみたいな呼び方。サイズ合わないだろうからあんまりいいのないかもだけど」
「なんでもいい。ジャージでも」
「女捨ててんな」
「うざ」
「じゃ、オレらは帰るか」
「だなー」
「うーっ、外寒っ。春でもまだこの時間は冷えるな」
「起きれるか不安だわー」
「来なかったら
「マジで」
「マジ。でも今度学食でも奢れよ」
「オッケー。つか凡夫は寝ないん」
「寝るけど俺にはサイカがいるしな」
「え、なに?」
「そんじゃここで」
「……おう。おつかれ」
「おつかれー」
「凡夫さまお帰りなさい」
――は?
「ただいまー。よく帰ってくるのがわかったな」
「位置情報を拾っていましたので」
――え? あ? 誰?
「あー」
「それより、今後は一晩帰ってこないなら一言くらい連絡くださいね」
「あー、ごめん。忘れてた。てかサイカ、ちょっと寝るから九時に起こして」
「承知しました」
――は? え、ちょ、待て凡……――
なんか爽太が叫んでいたような気がするけど……まぁいいや。
起きてからで。
眠……。
おやすみ……。
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