第2話
静寂が空間を支配する。
サイカの目は俺にまっすぐ向けられたまま動かない。
妙に迫力があり、射竦められているような気持ちになってきた。
ついつい溢れてきた生唾を飲み込む。
その時ふと、サイカがまばたきをしていないことに気が付いた。
やっぱりオートマタなんだな。
こうして一つずつ違いを見つけていかないと違和感が仕事をしなさすぎて人間でないことを実感できない。
「ところで凡夫さま」
サイカが首を傾げた。
「話とはなんでしょう」
「えっと、そうだな……」
実際のところ、訊きたいことは山ほどある。
なんでここに来たとか、なにをしたいとか、その皮膚にしか見えない素材はなんだとか、あわよくば一度触らせてくださいとか(ほっぺとかね!)。
けれど何を一番に訊けばいいのやらと考えていたところで、サイカが「ああ、わかりました。アレですね」と手を打った。
「どんなプレイをお望みでしょうなのでしょうか?」
「……ん?」
とんでもないことを言われた気がして訊き返す。
「わかりづらかったでしょうか? ではもう少しストレートに言いますと、私とどんな卑猥で、淫靡で、いやらしいことをしたいのですか?」
「待て待て待て待て」
なんでこのオートマタはすぐそういう方向に話を結び付けるんだ。
え、もしかして、そういう目的の機械だったり? 愛玩的な。
普通ならそんな目的でこんなに精巧で高度知性的なものを作るはずがないけど、あの爺ちゃんならやりかねない。……念のため確認しておこうか。
「そもそも爺ちゃんから何をしろと言われてここに来たんだ?」
「各務博士からはただ一言。『凡夫の役に立て』と」
……やっぱりそういう話だよな。別にがっかりはしていない。
「……で、なんでそれでそういう話に繋がるんだ」
「だって一八歳ですよね? その年齢の童て――ゲフン、男性は女性に興味がお有りのことは各種統計を踏まえれば確定的に明らかです。よってQ.E.D.、証明完了――――」
「雑な考証だな、おい!」
「――とまあ最初の掴みはこの辺にしておきまして」
「今までの流れはわざとだったのかよ」
サイカは俺の言葉を黙殺し、注目を集めるように自身の胸に手を当てた。
「改めまして、自己学習型AI搭載共同生活用オートマタのサイカです。少々、自己紹介にお時間をいただいても?」
「あ、ああ……」
今さらだろ、というツッコミが喉のところまで出かかったが、今は堪えてスルーしておいた。
「凡夫さまも把握されているようですが、私は各務研一博士によって作られました。その目的は、大学入学を控えて一人暮らしを始めた凡夫さまの新生活におけるサポート全般です。博士は非常に憂いておられました。自活能力の欠片もない凡夫さまが一人暮らしを始めることを。開始一か月もすれば飢えて骨と皮だけで構成された物言わぬ躯(むくろ)になり果てるのではないかと。またはゴミ溜めの中、異臭に埋もれて溺死するのではないかと」
「信用ねぇなぁ、おい!」
これでもあんたの孫だぞ!
いや、孫だからか?
爺ちゃんも発明以外はからきしだからな。説得力ある。
というより、むしろ説得力しかない。
「そこで私の出番です」
サイカは胸を張った。
「炊事、掃除、洗濯、買い物に家計管理、講義やサークル活動等のスケジュール管理などなど……求められるならそれ以外も、なんでもやらせていただきます」
「そりゃありがたいけど……それ以外とは?」
「仰せのままに。もちろん私の能力の許す範囲で、ですが。もしやすでに何か希望がおありで?」
「特にないけど……」
「そうですか」
やや好奇心を覗かせたサイカだったが、俺の言葉を聞いてすぐにスンッと引っ込めた。
この辺は下手な人間よりも感情表現が豊かかもしれない。
と思ったところで、さっきからずっと訊きたかったことを思い出した。
「そういえばその『自己学習型AI搭載』ってなんだ? いや、なんとなく意味はわかるんだけど、そもそもAIに自己学習の要件が入っていなかったっけ?」
俺が訊ねると、サイカは目を丸くした。
「意外とお詳しいのですね」
「ほっとけ!」
「いえ、本当に感心しているのですよ。……まあ、それはいいです」
サイカはゲフンと咳払いを一つしてから話しだした。
「仰る通り、Artificial Intelligence――AIと呼ばれるものには基本的に自己学習機能が求められています。ですが実は必須ではありません」
「そうなんだ?」
「はい。ただ特に言及されなければ普通はあるものとみていいでしょう。だから私も不思議でした。だってその分野の世界的権威である各務博士が、このことを知らないわけがないのですから。そこで私は訊ねました。なぜ、わざわざ名前に『自己学習型』なんてつけたのか、と。そこには深い意味があるに違いありません」
サイカは一旦、言葉を切った。
俺は身を乗り出し、固唾を飲んで続きを待つ。
数秒間の溜めの後、サイカが厳粛な空気を纏い「実はこれ、博士からは口止めされているのですが――」と意味深な前置きをした。緊張して飲み込んだ唾が、ゴクリと喉を通っていく音が身体の中から伝わってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます